The Beatles Box 東芝EMI EAS-77011〜18(LP8枚組)定価18,400円
リヴァプールより愛を込めて:今世紀最大のアーティスト、ザ・ビートルズの偉大なる足跡(1962年〜1970年)を完全網羅。124曲(8枚組)にもおよぶザ・ビートルズ集大成。――日本盤オビより
Sleevenotes: Hugh Marshall (Halsey, Leigh & Young) / Compiled by: Simon Sinclair / Tapes compiled at EMI's Abbey Road Studios, London. / Co-ordinators: Bryan Tyrrell & June Pengelly (Thanks to Mike Heatley for his help) / Graphic Design: Frank Watkins/Out of Town Creative. / This compilation (c) 1980/World Records Ltd.
箱に FROM LIVERPOOL と大きく書いてあることから“リヴァプール・ボックス”とも呼ばれる。1980年の末、イギリスで通販用商品としてリリース。偶然にもジョン・レノン死去の直後、81年初頭に日本でも発売。新聞(テレビ欄だったと思う)に広告が載った。当時ぼくは中学三年生。ちょうどビートルズに興味を持ち出した頃で、親にせがんで予約してもらった。予約特典の(?)特大ポスター付き (*) で家に届けてくれたレコード屋さんに「高校受験直前なのに大丈夫?」と心配されたのを覚えている。無事合格した高校入学後も、盤が擦り切れるほど(とはオーバーだが)聴いて聴いて聴きまくった。数年後にはNHK-FMでビートルズ全曲を一挙放送したことがあって、ボックス収録曲以外も聴くことができ、全曲脳内にインプットされた。
1987〜88年、ビートルズの全カタログがCD化された際に買ったのは(持ってない曲の割合が多い)ホワイト・アルバムのみ。しばらく後に全CDをまとめたボックス(16枚組セット)を購入し、それ以来このアナログ・ボックスは押し入れの奥にしまわれ、その役目を終えたのだった。
が、最近のキャピトル・ボックス騒動(レココレ6月号の特集記事参照)がきっかけとなって、ステレオとモノの違いとか別ミックスに興味が湧いてきた。もうお分かりと思うが、ぼくはビートルマニア(コレクター)ではなく、ごく普通の中途半端なファンだから、オリジナル・アルバムのアナログ盤は全然(当然シングル盤も)持ってないし、キャピトル・ボックスも未購入。これから買う気もさらさら無い。でも聴き比べしてみたい(笑)。そういえば初期のステレオ版は持ってるよな〜と思い出し、約20年ぶりに本ボックスを押し入れから引っ張り出してチェック。手持ちの文献を調べてみたら、これがなんと!CDとは違うヴァージョンが意外に多く入ってたんだってことに初めて気付いた次第。だってライナーにも日本語解説にもそんなこと一切書いてなかったんだもん! どの曲も頭の中でプレイバックできてたからCDもあんまり聴いてなくて、違いがあるかどうかなんて特に気にしてなかったんだよね〜。
こうなるとヴァージョン違い大好きな(笑)当サイトとしてはこれを取り上げない訳にはいかない。こんな古いレコードのレビューなんて今さら一般的な参考になるとは思えないが、ひょっとしてぼくと同様に押し入れに眠らせている人がいるかも知れない。何かの役に立つ情報となることを期待して書き残しておくことにする。
まず、このボックスには次のような利点がある。
- CDではモノだった初期4枚のアルバム収録曲がリアル・ステレオで聴ける。(ただしステレオ・マスターが存在しない "P.S. I Love You", "She Loves You" は疑似ステレオ)
- CDではリミックスが施され、定位やバランス、エコーの掛かり具合などが微妙に変えられた「Help!」「Rubber Soul」が、オリジナルのステレオ・ミックスで聴ける。
- 通常ヴァージョンとはちょっと違った編集(ミックス)がなされたレア・ヴァージョンを数多く収録。ほとんど未CD化で入手困難と思われる。初心者向けのような顔をして、実は相当にマニアックなボックスだったのだ。
それでは、このボックス収録曲を詳しく検証していこう。
この記事を書くに当たって、レコード・コレクターズ増刊「ザ・ビートルズ コンプリート・ワークス1〜3」所収の森山直明氏による“テイク/ヴァージョン違いを徹底調査”をとことん参考にさせてもらった。ヴァージョン違いに興味がある方は必見! 思わず笑ってしまうほど異常に細かく説明してくれている。
(*) 追記(2006.10.23):コースターも付いてきたのを忘れてた。5枚セットでケース入り。表面はカラーのジャケット写真、裏面には「ビートルズうらばなし1〜5」を記載したもの。
CD化で世界標準規格となった通常ヴァージョン(以下「通常版」と表記)とは異なるヴァージョンは太字で表記
音の有無など明らかな違いを認めた曲(主に別ミックス)のみ/音質の違いは除外
[mono][duophonic] と表記した以外は全てリアル・ステレオ・ミックス
(duophonic = 疑似ステレオ。モノ音声を電気的に処理してステレオ風に広がり感を出したもので、米キャピトルが得意とする手法)
【Record 1】
A-1. Love Me Do [mono/original single version]
一般的なヴァージョンとは違い、リンゴがドラムを叩いてる方(タンバリン無し)。現在は「Past Masters Vol.1」に収録。当時はレアだったらしいが、そんなこととは露知らず...
A-2. P.S. I Love You [duophonic]
A-3. I Saw Her Standing There
A-4. Please Please Me
A-5. Misery
A-6. Do You Want To Know A Secret
A-7. A Taste Of Honey
A-8. Twist And Shout
「Please Please Me」から7曲。モノ・マスターしか存在しない "P.S. I Love You" 以外はヴォーカルが右・楽器が左のステレオ・ミックス。
Please Please Me:モノとは全くの別テイクで、目立った違いはジョンが歌詞を間違えていること。
B-1. From Me To You
B-2. Thank You Girl [mono]
B-3. She Loves You [duophonic]
シングル曲。
From Me To You:「Past Masters Vol.1」収録のモノ・ミックスとは異なり、イントロにハーモニカが入らないステレオ・ミックス。
She Loves You:リアル・ステレオ・ミックスは存在しない。モノ・マスターを残してそれ以前のセッション・テーブは全て破棄されたとか。なんてことを!
ちなみに、ここには収録されていない "Thank You Girl" のステレオ・ミックスにはハーモニカが余計に入っている。オーバーダブと思われるが、はっきり言って蛇足だと思う。間抜けに聞こえる。
B-4. It Won't Be Long
B-5. Please Mister Postman
B-6. All My Loving [hi-hat intro]
B-7. Roll Over Beethoven
B-8. Money (That's What I Want)
「With The Beatles」から5曲(少ない!)のステレオ・ミックス。
All My Loving:冒頭でハイハットが5回打ち鳴らされるレアなヴァージョン。これが普通だと思ってた...
Money:イントロでモノには無いギターが入る。他の曲がすべてヴォーカル右・楽器左の配置なのに、この曲だけヴォーカルが真ん中にあり、楽器が両側でぶ厚い壁を築く。かなり荒々しいミックスだ。通常版とはかなり印象が違い、演奏が別テイクのように聞こえる。こっちの方が断然良い。
【Record 2】
A-1. I Want To Hold Your Hand
A-2. This Boy [mono]
シングル曲。
This Boy:「Past Masters Vol.1」にはリアル・ステレオ・ミックスで収録。
A-3. Can't Buy Me Love
A-4. You Can't Do That
A-5. A Hard Day's Night
A-6. I Should Have Known Better
A-7. If I Fell
A-8. And I Love Her [extra outro]
B-1. Things We Said Today
B-2. I'll Be Back
「A Hard Day's Night」から8曲。ステレオ・ミックス。
A Hard Day's Night:エンディングがモノより長い。
I Should Have Known Better:イントロで一瞬ハーモニカが途切れる。通常版では途切れない。
If I Fell:ヴァース(出だし)のヴォーカルがダブルトラックで、後半のサビ(...was in vain)はポールが息切れしてしまうテイクが使われている。
And I Love Her:エンディングのギター・フレーズが通常版より2回多く繰り返されるレアなヴァージョン。(何の意図があってこんな編集がされたのか?)
B-3. Long Tall Sally [reversed stereo]
B-4. I Call Your Name [reversed stereo]
B-5. Matchbox [reversed stereo]
B-6. Slow Down [reversed stereo]
EPより。通常版とはステレオ左右のチャンネルが逆になっている。こんなのコード差し替えれば済むことだけど...
B-7. She's A Woman
B-8. I Feel Fine [extra intro]
シングル曲。
I Feel Fine:イントロの前にスタジオ内のノイズと声がほんのちょっと入っている。
【Record 3】
A-1. Eight Days A Week
A-2. No Reply
A-3. I'm A Loser
A-4. I'll Follow The Sun
A-5. Mr. Moonlight
A-6. Every Little Thing
A-7. I Don't Want To Spoil The Party
A-8. Kansas City / Hey, Hey, Hey, Hey
「Beatles For Sale」から8曲。ステレオ・ミックス。
Mr. Moonlight, Every Little Thing, Kansas City / Hey, Hey, Hey, Hey:エンディングがモノより少し長い。特に "Mr. Moonlight" は最後にコーラスの音程が高くなるところまで聞こえる。ここがいい。
B-1. Ticket To Ride
B-2. I'm Down
B-3. Help!
B-4. The Night Before
B-5. You've Got To Hide Your Love Away
B-6. I Need You
B-7. Another Girl
B-8. You're Gonna Lose That Girl
【Record 4】
A-1. Yesterday
A-2. Act Naturally
A-3. Tell Me What You See
A-4. It's Only Love
A-5. You Like Me Too Much
A-6. I've Just Seen A Face
シングルB面の "I'm Down" を除き「Help!」から13曲(なぜか異常に多い)。通常版とは定位などが微妙に違うオリジナル・ステレオ・ミックス。
A-7. Day Tripper [US mix]
A-8. We Can Work It Out
シングル曲。
Day Tripper:イントロのギター・リフが始めの1回分だけ左側1本しかない別ミックス。通常版は最初から両側2本。これは米国盤「Yesterday And Today」などに収録されている、いわゆる“米国ヴァージョン”とのこと。この段階的な始まり方が通常ミックスよりいいと思うけどな〜。こっちを聴き慣れてたからか?
B-1. Michelle
B-2. Drive My Car
B-3. Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
B-4. You Won't See Me
B-5. Nowhere Man
B-6. Girl
B-7. I'm Looking Through You
B-8. In My Life
「Rubber Soul」から8曲。オリジナル・ステレオ・ミックスは全ての曲で音が左右両端、真ん中がスッポリ抜けた状態であった。CD化の際にリミックスで中央寄りに定位を調整したのは妥当な措置だろう。ずっと聴きやすくなった。オリジナルの極端なパランスにも妙に愛着はあるんだけど...
【Record 5】
A-1. Paperback Writer [reversed stereo]
A-2. Rain
シングル曲。
Paperback Writer:通常版とは左右のチャンネルが逆。
A-3. Here, There And Everywhere
A-4. Taxman
A-5. I'm Only Sleeping [US mix]
A-6. Good Day Sunshine
A-7. Yellow Submarine
B-1. Eleanor Rigby
B-2. And Your Bird Can Sing
B-3. For No One
B-4. Doctor Robert
B-5. Got To Get You Into My Life
「Revolver」から10曲。
I'm Only Sleeping:逆回転ギターの入り方が通常版とは異なる別ミックス。米国盤「Yesterday And Today」のうち70年代にプレスされた一部の再発盤にのみ収録されているという激レア・ヴァージョン。
B-6. Penny Lane [US 'Rarities' mix]
B-7. Strawberry Fields Forever
「Magical Mystery Tour」から。
Penny Lane:エンディングでトランペットがフレーズを奏でる、米国盤「Rarities」のヴァージョン。こっちを聴き慣れていたせいで、通常版にはいまだに違和感がある。
Strawberry Fields Forever : 通常版と同じミックス。これとは違うステレオ・ミックスも広く出回ったらしい。
【Record 6】
A-1. Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
A-2. With A Little Help From My Friends
A-3. Lucy In The Sky With Diamonds
A-4. Fixing A Hole
A-5. She's Leaving Home
A-6. Being For The Benefit Of Mr. Kite
A-7. A Day In The Life [edit]
B-1. When I'm Sixty-Four
B-2. Lovely Rita
「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」から9曲。
A Day In The Life : フェイド・インで始まり、エンディング後の高周波音とガヤガヤ声(Inner Groove)は未収録。
B-3. All You Need Is Love [mono]
B-4. Baby, You're A Rich Man
B-5. Magical Mystery Tour
B-6. Your Mother Should Know
B-7. The Fool On The Hill
B-8. I Am The Walrus [US 'Rarities' mix]
【Record 7】
A-1. Hello Goodbye
「Magical Mystery Tour」から、先の2曲を含め計9曲。
All You Need Is Love : エンディングが通常版より10秒くらい長いモノ・シングル・ヴァージョン。
I Am The Walrus : 間奏(I'm crying ... Yellow matter custard)が一小節分長い。米国モノ・シングルにしかないその部分をステレオ版に挿入したという、米国盤「Rarities」用ミックス。一見些細なようでも途中に一小節分あるのとないのではタイミング的に違和感が相当ある。楽器の有無・バランスなどとは別次元の問題で、曲の構造に影響を与えているという点から、本ボックス中で最も大きなヴァージョン違いじゃないだろうか。
A-2. Lady Madonna
A-3. Hey Jude
A-4. Revolution
シングル曲。「Past Masters Vol.2」収録。
A-5. Back In The U.S.S.R.
A-6. Ob-La-Di, Ob-La-Da
A-7. While My Guitar Gently Weeps
B-1. The Continuing Story Of Bungalow Bill [edit]
B-2. Happiness Is A Warm Gun
B-3. Martha My Dear
B-4. I'm So Tired
B-5. Piggies
B-6. Don't Pass Me By
B-7. Julia
「The Beatle (White Album)」から10曲。全て1枚目(A・B面)からで、2枚目(C・D面)からは1曲も選ばれていない。
Back In The U.S.S.R. : ホワイト・アルバムでは次の "Dear Prudence" と繋がっているが、その前にフェイド・アウト。
The Continuing Story Of Bungalow Bill : 前(ギター)後(一声)がカットされている。
ともに一曲として抽出しただけで、とりたてて別ヴァージョンというほどではない。
B-8. All Together Now
「Yellow Submarine」から、たった1曲。よりによって下らない曲を(笑)
【Record 8】
A-1. Get Back [album version]
A-2. Don't Let Me Down
A-3. The Ballad Of John And Yoko
A-4. Across The Universe [album version]
A-5. For You Blue
A-6. Two Of Us
A-7. The Long And Winding Road
A-8. Let It Be [album version]
シングル(A-2, A-3)を除き「Let It Be」から6曲。この曲順、なかなか良いと思う。
B-1. Come Together
B-2. Something
B-3. Maxwell's Silver Hammer
B-4. Octopus's Garden
B-5. Here Comes The Sun
B-6. Because
B-7. Golden Slumbers
B-8. Carry That Weight / The End / Her Majesty [edit]
「Abbey Road」から8曲(というか10曲?)
"The End" と "Her Majesty" の間の無音部分が通常版では約15秒あるが、ここでは非常に短く、2〜3秒しかない。
ここまで書いてきて言うのも何だが、細かいヴァージョン違いなんて音楽的には大した問題じゃない。レアなアナログ盤を今さら高い金を出して集めようなんて思わないように。生半可な気持ちでビートルズ・コレクターになってしまうと先の音楽人生が大変だゾ。キャピトル・ボックスも手を出さない方がいい。新規リマスターが登場する前に古い音源をさっさと売ってしまえというアクドイ商魂が感じられるし、そもそも商品としての存在価値に疑問がある。ミックス違いがあるとは言っても、所詮は米国側で勝手に(テキトーに)作られた過去の遺物でしかないんだから。レコード会社を甘やかしちゃいかんよ。
現行CDは20年前のリマスター(一部リミックス)であり、もはや時代遅れな音であることは否めない。これからビートルズを買い揃えようと思っている方は、もう少し待った方がいいだろう。2007年の「サージェント・ペパー」40周年(CD化20周年でもある)に向けて、ビートルズ全作品の新たなリマスターによる再リリースがありそうだからだ。希望的観測としては、CD/SACDのハイブリッド盤で、オリジナルに忠実なステレオ/モノ・ミックス両方の他に、編集上のミスを修正した 5.1ch リミックスを収録(可能な場合)って予想なんだけど、そう上手くいくかな〜
2006.6.2
2009.4.13 追記:
2009年9月9日、全アルバムのリマスター盤が一気に全世界同時発売されることとなった。初期の4枚はステレオ版で、モノ・ヴァージョンは別売りボックスにまとめてリリースされる。残念ながら5.1ch リミックス/SACD化は果たせなかったが、編集上のミスなどは修正した上で、オリジナルに忠実な再発となるようだ。
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