収集家ではない

例えば、CDやレコード。好きなアーティストのカタログを全て集める−とか、ジャズだったらレーベルの型番順に集めるとか、系統で集めるとか、etc....

レコードコレクターズ誌に「コレクター紳士録」という連載があるが、みなさん年季が入っていて、それはそれは大したモノだ。

みうらじゅん氏はボブ・ディランのコレクターで有名だが、彼曰く、コレクター道には階級があって、

階級の順なんだそうだ。

階級が上がるほど、その人の哲学・哲理が見えてくるのかも。
いずれにしても、極めるのなら子供と手をつないで土手を散歩する夢は捨てなければならない、らしい。

なるほど!リスクのあるアウトローな生き方なのだ。(笑)

自分はというと、はっきり言ってその意味では凡人だ。愛のためなら、いつでも音楽はやめられる(?)。 いや、とにかく収集癖はあまりない。


例えば、CDの値段。高いか安いか。自分は9割方気にしない。また、特典があるかとか、ボーナストラックが入っているとか、リマスターだとかもこだわらない。立派なオーディオ装置ではないにしても。

要は、その曲を何回聴くかである。
何回、真剣に聴くか−である。

一枚1800円のCDを一回聴いたら1800円、2回聴いたら単価は900円。一枚3800円のCDを10回真剣に聴いたら単価は380円。つまり費用対効果。そういう理屈なのだ。

だから一曲でも思い入れのある作品があれば、全体としてクソなCDでも、迷わず購入する。冒険はしない。ジャケ買いもしない。

また、お気に入りのものをまとめておくこともしない。なるべく買ったものは平等に扱いたい。自分を縛りたくもないし。ニュートラルな気分でつきあいたい。だから自分の部屋の棚は、分裂症のごとく?脈絡無くCDが並んでいる。

なにを血迷ったか、以前1750円でダニエル・ビダルの「スーパーベスト」を買った。一度聴いただけで、もう聴くもんかと思った。買ってから気づいたのだが、オリジナルではなく、おばさんになってからの録り直しだった。(泣) これは、まったく高い買い物だった。中古屋に持っていっても断られる代物だし…。

なんだかいろいろ振り返ると、自分の、社会との関わり方や対人関係のあり方が反映されているようで、おもしろいようなコワイような複雑な気分だ。

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