そのたびにいろいろと考えさせられる。 けど、結局答えらしきものは見つからず。 どんな崇高な将来の夢を掲げても、 結局いき付く処は死でしかなくて、 だけど、死ぬために生きているのかと言うと、 そうではない。 現に、生きるために死ぬんだって思っている。 かといって、 こんなことを考えていても、 結局は何をすることもできず、 だからといって、 死を否定するつもりもなく、 まして永遠の命が欲しいわけでもない。 つまりは、 どうしたらいいのかわからない。 どうしたいのかわからない。 でも、わからないからといって、 何もしないのでは人間らしくない。 けれども、 結局、何もできないわけで、 唯一できることは、 今を生きること。 無力感を噛みしめて、、、 2001,09,09 注) 偏見の生じないように書いておきますが、「生きるために死ぬ」っていうのは、 「“死”という前提があってこそ“生”が意味を持つのだろう」という、我流哲学の一つであって、 決して、自殺願望とか、そういうアブナイ類のものではないです。 ちなみに、こんなこと書いてますけど、 “思想”はあっても、“宗教”に走る気は毛頭ないです。 |