アメリカ海兵隊
V-22 オスプレイ
英語表記:United States Marine Corps。
略称:USMC、通称:Marines “マリーン・コープス”ではなく“マリーン・コーア”。psは読まない。
「ア」にあたる部分が曖昧になる場合も多く、発音ではマリーン・コーとなる場合もある。
沿岸警備隊を含めればアメリカ軍を構成する5軍のうちの2番目に小さい軍隊で、
2007年11月時点で186,300人の現役兵と40,000人の予備役を擁している。
海兵隊は海外での武力行使を前提に組織され、アメリカの権益を維持・確保するための緊急展開部隊として行動し、
また必要に応じ水陸両用作戦(上陸作戦)を始めとする軍事作戦を遂行することを目的とする。
本土防衛は任務に含まれない、外征専門部隊であることから“殴り込み部隊”とも揶揄される。
特徴として、陸海空の全領域において作戦行動ができる点が挙げられる。
独自の航空部隊を保有することで空での軍事行動が可能であり、しかも配備されている
航空機は、艦載機として運用できる仕様になっていることから、
海上に海軍の空母や強襲揚陸艦などの航空機運用プラットフォームさえあれば、さらに活動範囲を広げることができる。
陸上においては海兵隊の任務の性格上、無論地上部隊の装備は充実しており、例えば陸軍と同様の戦車を多数配備している。
さらには戦闘艦艇こそ無いものの、独自の物資輸送船をも保有している。これら特徴は陸海空軍と比較しても際立っている。
出撃には議会の承認を必要とせず、大統領の命令のみで行動可能である。
軍政面では海軍省の部局であるため海兵隊の装備調達などは海軍省が行うが、軍令面では、海軍からは独立している。
しかし、両者は緊密な関係を保っている。その様子は、例えば海軍の強襲揚陸艦にて
海軍将兵らと共に勤務している海兵隊将兵らの姿からも窺い知れる
私は アメリカ海兵隊が好きなんです。
History
Semper fidelis (忠誠であれ)
1883年海兵隊に採用された、ラテン語のモットーです。
海兵隊は1775年11月、フィラデルフィアの酒場で、結成された。
当時はアメリカとは言わず、大陸という名前だったため、大陸軍と呼ばれ、海兵隊は大陸海兵隊と呼ばれていました。
当時、独立戦争真っ只中だった大陸は、勇猛果敢
なことで有名なイングランドの王立海兵隊の活躍に刺激され、漠然と海兵隊の創設に着手したのでした。
ともあれ、海兵隊は大陸軍のなかで、最も最初に正規編成された部隊で、これは、現在に至ってもアメリカ海兵隊の誇りとするところであります。
独立戦争後、大陸海兵隊は解体させられます。
当時の大陸(アメリカ)では大規模に軍力を持つのを議会が嫌ったため、
編成しては解体するということが、海兵隊のみならず、陸軍、海軍でも行われました。
しかし、18世紀初頭、フランスとの“クェージ戦争”、オスマントルコ率いる海賊との戦闘など、
海上での戦闘部隊の必要性が見直され、1798年にはアメリカ海兵隊として再結成されています。
ちなみにオスマントルコとの戦争で、北アフリカ トリポリの攻撃、制圧の結果、
海兵隊賛美歌の第一章節、“モンテズーマのホールからトリポリの砂浜まで”の原型が出来上がります。
(この一章節は海兵隊賛美歌が作られるまでは、モットーとされていました。)
その後も海兵隊の受難の歴史は続きます。幾度となく解体の危機を潜り抜け、第一次世界大戦を迎えます。
海兵隊は2個師団に匹敵する規模でしたが、フランスでアメリカ軍の指揮をとるパーシング大将は海兵隊が師団を編成することを拒み、
陸軍師団の一部として、参戦、このときに対峙した、ドイツ兵に“アメリカ海兵隊は勇猛果敢で
、一度噛み付いたら離れない、ブルドッグのようだ。”と評価されたことにちなみ、アメリカ海兵隊のマスコットキャラクターに、ブルドッグを採用しました。
第二次世界大戦が勃発しパールハーバーが攻撃された1941年当時、29000名しかいなかった海兵隊ですが、
独自で戦力を蓄え、陸軍がヨーロッパの戦いに深入りすると、海兵隊も独自に太平洋奪回に動き始めました。
ミッドウェーで海軍が日本海軍に勝利すると、ガダルカナルの奪回に海兵隊は出動します。
第二次世界大戦(以降WWU)時、海兵隊は太平洋の島々を足がかりに敵の本土に近づくという“蛙飛び作戦”を行いました。
海軍艦船からの支援砲撃の下、上陸し、海岸に橋頭堡を築くという“水陸両用作戦”を展開し、敵本土に迫ります。
海兵隊が、その名と、地位を確立したのが、デタッチメント作戦(硫黄島上陸作戦)です。
この有名な擂鉢山に星条旗を立てる海兵隊員の写真により、現在の海兵隊の不動の地位が確立されたと言っても過言ではないでしょう。
1949年朝鮮戦争が勃発、またも海兵隊は戦地へ送られます。
海兵隊の仁川上陸により押されていた韓国軍は反撃を開始、
38度線まで北朝鮮軍を押し返します。
アメリカ議会は中国とソ連の戦争介入の可能性を否定、UN軍全部隊は北上します。
ところが1951年、中国共産軍の介入により、長仁湖付近で海兵隊は包囲されます。
激しい戦闘を潜り抜け、自力で敵の包囲網を突破し、撤退します。
ここでもまた、アメリカ海兵隊の強烈なインパクトを全世界に植えつけます。
1965年、アメリカ議会はベトナムへの大規模な介入を決定、海兵隊はダナンへと上陸、アメリカ人には最も忌まわしい記憶である、
ベトナム戦争が始まります。海兵隊はここでも数々の伝説を作り上げますが、最も有名なのはケサン包囲戦でしょう。
数倍の規模の北ベトナム正規軍を相手に丘を守りきった海兵隊の姿はまたしても、人々の記憶として、強烈に焼きついたのでした。
現在では、アメリカ海兵隊はアメリカ軍内で最も精鋭とされ、装備も優先的に支給されています。
ここに至る最大の理由は数多くの海兵隊員が流した血によるところが大きいと言えるでしょう。
女性兵士の後ろはV-22 オスプレイ
アメリカ海兵隊は最強を誇るアメリカ軍の中でも精鋭部隊とされ世界各地の紛争地帯に投入されているアメリカ軍の精鋭部隊である。
アメリカ海兵隊は正式にはUNITED STATES MARINE CORPS(アメリカ海兵軍団)と呼ばれる。
1775年に創設されて以来戦場に於ける輝かしい歴史を持つ海兵隊は海軍との連携の元その能力を遺憾なく発揮している。
アメリカ海兵隊は他の陸海空と異なり個別の航空戦力、輸送艦艇、補給部隊を持った独立戦闘集団であり、その順応性、適応能力は他の陸海空軍組織を大きく引き離している。
主に戦場に於ける最先鋒を務める他、近年ではその適応能力の高さを活かした海上臨検(VBSS=Visit
Board Search and Seizure)、洋上対テロ支援作戦などにも参加している。
海兵隊の司令部は統合軍の中に5つ存在しその他は統合軍とは独立して配置されている。
大規模な司令部としては太平洋、大西洋、予備役海兵隊に分けられ太平洋、大西洋海兵隊にはそれぞれ実戦部隊を配置している。
アメリカ海兵隊HP
CH−46からのラペリング降下
スパイ・リギングで回収されるRECON隊員
Marine Corps.
アメリカ軍における第4の軍隊。組織的には海軍の隷下組織であり、海兵隊の指揮権は海軍司令部に属する。
大きな特徴は独自の航空部隊を保有している事であり、この事により海軍機や空軍機に依存せず独自に地上支援任務を行う事ができる。
上陸作戦・空挺降下などを主任務とする精鋭部隊だが、陸上戦闘から航空支援まで独自の戦力でまかなう事ができる事から
最近では遠征軍の主戦力として使われる事が多い。
傘下にはフォースリーコン、SRIGなどの特殊部隊を抱えている。
海兵隊の主力輸送ヘリコプター
主要諸元 |
|
全幅 | 3.92m |
全長 | 13.66m |
全高 | 5.09m |
最大速度 | 267km/h |
航続距離 | 1,110km |
乗員 | 3名 |
これが現在の大型ヘリコプターである。速度は267k 航続距離は1100kである。
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V-22 オスプレイ
ベル社とボーイング社が共同開発した世界初の実用ティルトローター機。通常の固定翼機と同様の主翼両端に可動式エンジンナセルを搭載し、ナセルを垂直位置へ可動させることで垂直離着陸を実現させ、ナセルを水平位置に動かしての水平飛行では通常固定翼機並の速力・航続力を発揮する。
ベル社は1955年に初飛行したXV−3、1977年のXV−15などティルトローター機の研究を長年続けており、その成果に注目した米国防総省の要望により1985年からボーイング社との共同で当機の開発を開始した。設計要件としては侵攻輸送機としての大量高速輸送能力の他に、空中指揮、通信中継、NBC兵器に対する防御、救難用ホイストなど多種多様な能力を必要とされ、通常のヘリコプターの2倍の速度と4倍の航続距離が求められた。
複合素材製の3枚羽根ローターはかなり大型で通常固定翼機のプロペラとは異なった印象を与える。エンジンナセルは水平位置から垂直位置を超えて後方7度30分の位置まで可動できるため、空中でのホバリングや(スピードは出ないが)後退飛行も可能となっている。
1999年5月から米海兵隊への納入が開始され、最終的には425機の調達が見込まれているが、2000年4月に量産型1号機が墜落事故を起こし海兵隊員19名が殉職する事態となった。しかし事故原因は機体構造の不良ではないとされたので、今後の調達・配備計画に変更はないようだ。
スペック
去る12月11日の米海兵隊MV-22オスプレイの事故について、
、油圧系統の異常が発見されたというニュースが飛び込んできた。
ただし、異常といってもどの程度なのか、内容は分からない。
油圧装置は操縦系統の操作に使われるものだが、2重、3重になっていたはずだし、
その故障が直ちに事故に結びついたかどうか、今のところ確定できない。
依然として原因は不明だそうである。
しかし、これまで疑問視されていた問題のいくつか――
たとえばガス欠(燃料枯渇)、燃料の汚濁、空中火災、電気系統の故障、パイロットの空間識失調などはなかったことが確認されたという。
けれども、ほかにも未解明の疑問があって、原因がはっきりしたわけではない。
事故調査委員会はオスプレイの焼けただれた残骸を海兵隊の格納庫に運び、全体構造の復元に取りかかった。
フライト・レコーダーのデータと実際の機体の状況をつき合わせて、さらに綿密な調査をおこなうためである。
また管制塔に残された録音テープの調査もはじまった。
ところで、オスプレイはこの日、着陸復航の訓練もしていたらしい。
すでに3回の復航を終わって、事故が起こったのは最後に着陸しようとしたときだった。すなわち4回目の進入時である。
機はこのとき高度1,600フィートから降下をしながら、ニューリバーの海兵隊基地の滑走路19へ、左旋回によって最終進入に入った。
そのとき緊急信号が発せられたようだが、実際に何が起こったのか、事態の内容について交信はなかった。
管制塔のレーダーの記録では、高度700フィートで機影が消えたという。交信の暇(いとま)もなく墜落してしまったのである。
このときパイロットは夜間暗視用のゴーグル(NVG)をつけていたという報道もある。しかし、それが障りになったかどうかは分からない。
ヘリコプターの発展型
V-22 オスプレイ
(ベル社工場で組み立て中のBA609ティルトローター機)
ベル・ヘリコプター社は民間型ティルトローターBA609について、去る2月なかばのHAI大会でも、2月下旬のシンガポール航空ショーでも、6月中には初飛行させると語っていた。公式の発表ではなかったが、そのような関係者の談話が何度か伝えられた。
一方、軍用向けティルトローターV-22オスプレイも、いよいよこの4月から試験飛行を再開するというニュースである。
そこで、この2つの状況を合わせて1本の記事を試みた。
それがほとんど出来上がり、出版社へ渡そうとしたときに、BA609は中止になるかもしれないというニュースが飛び込んできた。あわてて書き直し、締め切りも迫っていたので、すぐに編集部へ送りこんだ。それから数日後、再びベル社がBA609はやめたわけではないという声明を出した。
このあたりのことは本頁でも、その都度書いてきたが、以下の『航空情報』掲載記事はV-22のことにも触れているので、多少の重複はあるけれども、ここに掲載しておきたい。
本稿をほとんど書き終わったところへ、とんでもないニュースが飛びこんできた。民間向けティルトローター機BA609の開発が中止になりそうだというのである。
もともと本稿の趣旨は、このBA609が今年6月7〜27日の間に初飛行する予定というものだった。その開発にあたっているベル/アグスタ・エアロスペース社が、先日のシンガポール航空ショーでそう語ったと伝えられたのである。もっとも正式発表ではなくて、インサイダーの言葉というし、それも「有利な賭」という表現だから、一抹の不安があったことは確かであろう。
BA609の初飛行は何度か延期を重ねてきた。最近では昨年末に飛ぶはずだった。そうなれば今年2月のHAI(国際ヘリコプター協会)大会で大々的なお披露目があると思われたが、残念ながら見送りとなった。それどころか、今や最悪の事態が出来したのである。
手もとに届いた3月15日付けの報道によれば、親会社の「テキストロンがベル/アグスタ社に対しBA609の開発作業停止を指示した」というのである。おそらくこれは最終的な開発中止の前提と思われる。「開発中止」という言葉を最初から使わないのは、共同開発パートナーのアグスタ社との関係が未解決だからであろう。ほかにも、たとえば日本の冨士重工業との間には胴体製造の契約があり、エンジンその他の供給契約にも影響が出てくる。
ベル社としては、BA609の試験飛行のために原型4機の製作を進めていた。1号機はすでに完成し、飛行前点検も進んで、最近までに4割ほど終了、5月中には全て終わる予定だった。飛行準備に半年近くかかるのは、点検内容そのものが複雑であると同時に、一昨年V-22オスプレイの事故が続いたために慎重を期したこと。またベル社にいるティルトローター技術者の大半がオスプレイ修復に取られ、人手不足をきたしたことなどの理由が挙げられている。
それでも一応の目処(めど)がついて、6月に飛ぶという日取りまで明らかになり、イタリアや日本を含む国際的な開発体制もととのって、いよいよ本格的な作業がはじまるところだった。注文も世界18か国から約80機を受けていたのである。
にもかかわらず親会社が作業停止の指示をしたのは、本機の開発が余りにコストがかかりすぎ、余りに複雑で、現今の航空市場では営業的に生き延びてゆくのが困難という見方にもとづく。
この報道をベル社自体は確認も否定もしていない。が、もしも計画中止ということになれば、これでBA609計画が取りやめになれば、ヘリコプター・メーカーからティルトローター・メーカーへの脱皮と飛躍をめざしていたベル社にとって大きな痛手となることは間違いない。同時に、この計画に大きな投資をしてきた伊アグスタ社との関係も複雑になってくるものと予想される。また日本からも冨士重工業が胴体の製造契約によってBA609計画に参加していた。その影響はどうなるだろうか。
一方、BA609の前途に暗い影を落としていた軍用ティルトローター機、V-22オスプレイの現況はどうなっているだろうか。同機は2000年12月の事故以来1年4か月にわたる飛行停止の措置が続いてきたが、この4月末というから本誌発売の頃には飛行が再開される見通しが出てきた。
オスプレイは、これまで4回の死亡事故を起こしている。とりわけ2000年には4月と12月の2度にわたって事故を起こし、合わせて23人が死亡した。これで、いっさいの飛行が停止され、ティルトローターの原理そのものが、何か未知の危険なものではないのかという見方も出てくる始末で、計画打ち切りの危険すらも感じさせるほどであった。
しかし、この飛行停止の間、オスプレイに関しては2種類の調査検討がおこなわれた。ひとつはNASAのエイムズ研究センターによる安全性の理論的検討で、オスプレイの事故はティルトローターの原理や本質に起因するものではないことが明らかにされた。もうひとつは国防省のブルーリボン・パネルで、もっと技術的、機構的、実務的な調査検討を加えたものである。
これら2種類の結論は、いずれも事故原因となった不具合を取り除き、試験飛行によって安全性が確認できれば、ティルトローターは実用可能というものだった。そこで国防省は昨年12月、事故調査の結果にもとづいて機材上の不具合を改修し、安全性確認のための試験飛行を再開してもよいという承認を出した。
試験期間は18か月間。再開にあたってはエンジン・ナセルの改修をおこなう。これは2000年12月の事故原因がナセル内部の油圧系統と電気配線の束がこすれ合って油液の漏れを生じ、油圧が低下したことによるという結論にもとづくもの。
改修の内容は配管を強化し、配線との間隔を広げ、整備点検をしやすくする。また油圧系統の配管のクランプには摩耗を防ぐコーティングを加える。
クランプ自体も頑丈な設計に改め、配管の位置がずれるような振動をなくす。といっても油圧系統の何もかも変更するわけではない。
圧力は前と同様、約5,000ポンドの高圧であり、配管はチタニウム製である。ただしスワッシュプレート・アクチュエーターへの接続部分は肉厚にして強度を高める。
またナセルの整備点検を容易にするため、点検口3か所を増やし、不具合が生じても直ちに発見できるようにするといったことになる。
これで問題部分の信頼性が向上し、V-22の安全性が高まって、実用可能となるはずである。実際、技術者たちは信頼性が飛躍的に良くなると考えている。
また機体重量も多少増加するはずだが、材料を軽量化して、できるだけ重量増加を抑える。ここで多少の増加があっても、
V-22は今のところ設計目標の重量基準を下回っているので、当初設定された限界を超えることはないと見られている。
オスプレイのもうひとつの改修は操縦系統の電子的なソフトウェアの修正である。その内容は、高速飛行、急旋回、急降下など何らかの危険な飛行状態へ近づいたときの警報システムを改善するというもの。このソフトはすでに机上テストやトラブル・シューティングを経て、2月には完成したはずである。
こうし改修を受けたオスプレイの飛行試験は、まず海兵隊の2機のMV-22によってはじまる。地上試運転を経て、飛行機モードで飛行したのち、ヘリコプター・モードでホバリングをおこない、さらに上昇性能をチェックする。また、急降下試験によってブレードの失速条件を確認する。こうしたことからV-22がボルテックスリング状態に遭遇したとき、どのような場合に失速するかを明確にする。
これらの飛行内容は、実際には分かっていることばかりで、改めて新しい事態が発生するとは思えない。けれども、それならそれで再確認しておく必要があるという考え方である。
また着艦試験もおこなう。すでに海兵隊で充分におこなわれていることだが、それも確認することになっている。
着陸のための低速ホバリング試験もおこなう。このときローターの気流が地上の砂ぼこりを巻き上げるはずだが、戦場の第一線ではしばしば起こることである。さらに戦闘状態を想定した動き、編隊飛行、燃料補給なども試験項目に加える。
そして最終的には新しい作戦能力に関する試験にまで進む。たとえば地上攻撃と自己防衛のための新しい機銃の装着。また戦場での物資の積み卸し、レーダー警報システム、氷結気象状態での飛行などが含まれる。これらの試験飛行は、のちに3機のMV-22も加わって、総計1,800時間に及ぶ予定だが、これで全く新しいオスプレイが誕生するというのが関係者の考え方である。
米空軍も今年7月からCV-22による試験飛行を再開する。
安全性の確認と飛行性能の拡大に重点を置き、特にボルテックスリング状態(VRS)については1年間にわたって高速急降下試験をおこなう。
これでVRSの特性を確認し、VRSを避け、VRSから脱出するための標準的な操縦要領を確立する。
VRSは2001年4月の事故原因となったものである。米空軍によれば、VRSに入らないための
降下率の限界は飛行速度がはやくなるにつれてせまくなる。
したがって飛行可能範囲をもっと厳密に定める必要がある。たとえば前進速度45kt、50kt、60ktのとき、降下率はどこまで許容されるか。
そのあたりの数値を明確にしておかねばならない。
また誤ってVRSに入った場合、ティルトローターの場合は独自の、しかも簡単にVRSから脱出できる技術がある。
それはナセルを前にちょっと倒すことで、数秒後には安全な飛行状態に戻るという。
オスプレイのナセルは1秒間に8°動く。それだけでV-22はVRSから脱け出せるはずだという。
もうひとつ、オスプレイはVRSに入ると、操縦桿に特有の振動が発生する。
ちょうど固定翼機で主翼が失速すると操縦桿ががたがたするのと同じで、そのことが分かっていれば、
兆候が生じると同時にナセルを傾けて脱け出せばよいのである。
こうした考え方を、米空軍はこれから実機によって試験し、確認してゆくことにしている。
それにしても、オスプレイの実用化を進めてきた海兵隊にとって、この最新鋭機をアフガン山岳地の攻撃に使えなかったのは、絶好のチャンスを逸したことになるかもしれない。アフガニスタンの情勢は、ビンラディンの生死がはっきりしないけれども、暫定政権が発足して復興の緒に着いたかに見える。しかしアルカイダ掃討戦は、聖戦の完遂をめざす周辺諸国の戦士たちが続々と応援に駆けつけ、いつ終結するのか見通しが立たなくなってきた。
このときに当たって、ティルトローター機が使えないのは、その採用を決めた米海兵隊や空軍にとっては地団駄踏む思いだったであろう。本来ならば、このような作戦にこそ、オスプレイは本領を発揮するはずだった。前進基地もないような戦線で、ヘリコプターでは到達できないような未知の遠隔地こそ得意とする舞台である。もともとティルトローターは、そういう作戦行動を想定して設計されているのである。
やむを得ずヘリコプターを使ってはいるが、3月4日にはアメリカ軍特殊部隊のMH-47ヘリコプターがロケット弾で撃墜され、少なくともアメリカ兵8人、アフガン同盟軍7人が戦死、約40人が負傷した。それ以前にも何機かのヘリコプターが失われた。少なくとも2機の事故が公表されているが、そのうち1機は悪天候が原因だった。11月2日に事故を起こしたMH-53Mがそれで、氷雨の中を長いこと飛んでいて操縦不能におちいったというのがパイロットの証言である。しかしオスプレイならば、こうした条件の中を飛んで、任務を達成することができたにちがいない。
というのは、アフガニスタンのきびしい気象条件に関する限り、オスプレイの設計基準は1時間200ミリを超えるような豪雨でも、毎秒23mの強風でも、直径2.5cmのひょうでも耐えられるようにできている。またV-22は1uあたり97kgの積雪に耐え、−20℃の寒冷時でも飛べる防氷装備をもっているからである。
V-22オスプレイは、これまでに19機が米海兵隊に引渡された。ほかにベル社アマリロ工場では10機余りがほぼ完成し、
4機が最終組立て段階にあり、8〜9機分の部品製造もベル社とボーイング社の両方でおこなわれていた。
しかし未完成または半完成機は、これからの試験飛行による再確認が終わるまで出荷されないことになる。
本来ならば、V-22は2001年度から本格生産に入り、年間36機が軍に納入されるはずだった。
しかし、今まったく逆のことになって、メーカー側は予定していた収入がなくなったばかりでなく、
再確認のための試験飛行をするために多数の技術者が取られることになった。
BA609の開発作業が遅れたのも、このあたりに一つの理由があろう。結果して作業中止にまで追い込まれたのである。
ところが何たることか。ここまで書き終わったところへ、再びティルトローターの前途に追い打ちをかけるようなニュースが飛びこんできた。
米国防省がV-22オスプレイの代替機の検討をはじめたというのである。
米国下院の小委員会でオルドリッジ国防次官(調達・技術担当)がそう発言したらしい。
それによると、たとえば海兵隊向けMV-22は本来、現用CH-46、CH-53Dなどの代替機として計画されたものだが、
いまだに技術上の疑問が晴れないところから、逆にCH-53改良型、
S-92、UH-60、さらにはEH-101といったヘリコプターで代替してはどうかというのである。
そして今後1年半の試験飛行の結果、もしもV-22の安全正、信頼性、実用性が実証されなければ計画を中止すべきであると。
ティルトローターの今後の運命はどうなるのであろうか。
本稿執筆後。ベル・ヘリコプター社から「BA609計画は中止になったわけではない」というジョン・マーフィ会長の声明が発表された。
詳細は次号でお伝えしたい。
(西川渉、『航空情報』2002年6月号掲載)
MV-22オスプレイは5月29日、試験飛行を再開した。2000年12月11日の事故から17か月ぶりのことである。この試験再開1号機は油圧系統と、操縦系統のソフトウェアについてテストすることになっている。これらの装備は全く新しくなっていて、オスプレイの安全性を著しく高めるものである。
最初の試験飛行は、まず滑走路上で垂直離着陸とホバリングを繰り返し、後進および側進飛行をして、ヘリコプターモードでの操縦性を確認した。それから徐々に飛行範囲を拡げ、速度を上げて、250ノットの水平飛行で飛行機モードへ転換した。
この初日の試験飛行は2時間半に及び、最終的には飛行性能の全範囲にわたって飛び、振動測定やプロップローターのトラッキングとバランスもチェックした。
この試験飛行に先立って、同機は数日間にわたる地上試運転をおこない、あたかも新しく開発された機体が初飛行するときと同じ慎重さで準備をととのえた。テスト・パイロットたちも地上試験に立ち会うのはもちろん、その前にはシミュレーターによって試験飛行でおこなう操作を繰り返して、慣熟に努めた。
オスプレイは今後18か月間にわたる試験飛行を続ける計画である。その中にはボルテックス・リングに関する試験や低速ホバリングおよび着陸、編隊飛行などが含まれる。また氷結防止装置、レーダー警報装置、資材積み卸し装置などのテストもおこなう。最終的には7機のMV-22を使って、総計1,800時間の飛行をする計画になっている。
先ずは目出度い。
(西川渉、2002.6.3)
アメリカの大統領選挙は、どうやらゴアが負けて、ブッシュになったらしい。
先ほど聞いたばかりだが、これでめでたくチェイニー副大統領が誕生するのであろう。
折からオスプレイの今年2度目の死亡事故が伝えられ、いささか波乱含みの事態となってきた。
何か月か前、ブッシュがチェイニーを副大統領候補に選んだというニュースを聞いて、これは大変だと思った。
是非ゴアに勝って貰いたい、と。
われわれ日本人にはどっちでもよさそうなものだが、チェイニーは10年ほど前、国防長官だった当時みずからオスプレイの開発に反対し、
ティルトローター計画を葬り去ろうとした前科がある。
そんな人物が副大統領になったらどうなるか。
オスプレイの生産を進めているベル社やボーイング社は当然警戒しているだろうと思っていたら案の定、
少し前の『ヘリコプター・ニュース』だったか、同じような懸念を書いていた。
当時のチェイニー長官のオスプレイ反対の論拠は、技術的に未知の部分が多いことと、調達コストが高すぎることの2点であった。
技術上の問題は、あれから年月がたってほとんど解明できたかと思われるが、やはり航空機の開発には思いがけない問題がひそんでいる。
去る4月には人質救出訓練のために急角度進入をしようとしてパワーセットリングに入り、墜落大破して乗っていた19人が死亡した。
あれから7か月、ようやく問題が収まったかと思われたときに再び事故が発生し、乗員4人が死亡した。
こんなことは新しい軍用機にはつきもの……などということは最近では許されない。
軍用機にも旅客機と同じような安全性が求められるのである。
新しい副大統領が、この事故に対してどのような言動に出るだろうか。
余談ながら子どものとき、民主主義にもとづく近代国家とは3権分立なる構造の上に成り立ち、
司法、行政、立法が同じ権利をもって相互に牽制し合うものと習った。
しかるに今度のアメリカ大統領選挙の開票騒ぎを見ていると、候補者双方が交互に訴訟を起こして司法の判断を仰ぎ、
それが選挙の結果を決めるようなことになってしまった。
つまりアメリカでは司法が行政の上に立つことが露呈したのである。まさに訴訟国家アメリカならではのことといえよう。
同じようなことは、日本の場合もっと前からはっきりしていた。
こちらは行政、すなわち官僚が最高位にあることはいうまでもない。
先日も羽田と成田の両空港をめぐって、新しい運輸大臣が国民の利益と利便を考えた本来的、
常識的な当然のあり方を口にしたところ、たちまち官僚たちに封じこまれてしまった。
裁判官も法務省の支配下にあることは、つとに指摘されている通りである。
話がそれたが、ここでの主題はオスプレイである。実は事故発生と同時に3人の友人からインターネットを見るようにというメールが届いた。
私も、それらの連絡を見るまでは、オスプレイが今年2度目の死亡事故を起こしたことを知らなかった。
いったい何が起こったのか。本稿執筆の時点までに海兵隊の発表したことは、次の通りである。
事故機は12月11日、海兵隊のノースカロライナ州ジャクソンビルにあるニューリバー基地を午後6時に離陸した。夜間の計器飛行訓練と着陸訓練のためである。機は一連の訓練を終了し、基地に戻るところであった。パイロットからのメイデイ・コールが発せられたのは午後7時27分、到着予定時刻3分前のことだが、緊急事態の内容については、全く連絡がなかった。
ニューリバー基地の管制官は事故機との連絡を取ろうとしたが、できなかった。しかし、墜落地点だけは推定できた。ジャクソンビルから北へ5マイルほどの海岸に沿った森林の中である。直ちに捜索救難隊に出動命令が出された。しかし、そこは4輪駆動車でなければ近づけないような場所で、救助隊と消防隊が現場に到着したのは事故発生から1時間半後、午後9時頃のことであった。
同時に、海兵隊のMV-22オスプレイは全機飛行停止となった。
このような事故がなぜ起こったのか。無論まだ原因ははっきりしないが、現場では目下フライトレコーダーの探索がおこなわれている。
先ずはその分析から入らねばならない。
4月の事故は急激な操作をしたパイロットのエラーが原因であるとされた。
しかし、今回の事故機に乗っていた2人のパイロットは海兵隊の中でも、オスプレイに関して最も経験を積んだパイロットとみなされていた。
原因について、『TIME』誌は「事故の直前にエンジン音が大きくなった」という目撃者の談話から、
パイロットが何らかの異常事態に気づき、その修正をしようとしたのではないかと推測している。
また『ニューヨーク・タイムズ』紙では目撃者が「火の玉になって墜ちた」と語っているが、余り信頼はおけない。
それにしても、この事故はオスプレイ・プログラムの微妙なタイミングで発生した。
それは、4月のアリゾナで起きた19人死亡の事故から7か月が過ぎて、
人びとの頭の中からそろそろオスプレイへの不安感が薄れてきた頃であった。
そこで海軍は11月、オスプレイの本格生産に着手する内定を出し、国防省が正式決定を下すところだった。
そこへ事故が起こったため、海兵隊はウィリアム・コーヘン国防長官に対し、
事故原因などの事態が明らかになるまで決定を延期するよう求めざる得なかった。
この一連の動きに平行して、同じ11月、国防省の運用試験評価委員会がMV-22は軍用には適さないという報告書を出していた。
ただし不適といっても、安全性に問題があるわけではなく、信頼性と整備性を問題にしたものである。
たとえばローターの折りたたみ機構に不具合があるというので、最終決定の前にもう一度、海上での試験をすることになっていた。
また4月のアリゾナでの事故に関連して、ボルテックスリング状態におちいらぬようにすべきだという考え方から、
限度を超えた急降下に入ったときは警報が鳴るような装置をつけてはどうかという意見も検討されているところだった。
事故の直後にオスプレイの将来を考えるのはむずかしい。けれども『TIME』誌は「オスプレイ計画中止の前兆か」という見出しで
手きびしい論評を書いている。
「ディック・チェイニーは10年前からこのことを主張していた。
ブッシュ政権が発足すれば、新しい副大統領の最初の仕事がオスプレイ計画の中止になるかもしれない。それはチェイニーが10年前に果たし得なかったことの仕上げであり、チャンス到来ともいうべきものである」と、関係者の誰もが恐れていることを真っ正面から書いている。
TIMEによれば、「オスプレイはヘリコプターよりも操縦がむずかしく、費用もかかる」。
したがって「軍用機としての過酷な戦闘飛行はまだ認められていないし、機銃も装備していない。
同機からのロープを使ったラペリングもできない。
おまけに1機8,700万ドルもする高価な航空機でありながら、安物の自動車と同じようにドアは開けづらく、
急いで機外へ脱出するのは危険だし、機内の冷暖房は不充分で乗り心地が悪い」「ペンタゴンは、
それでもなお、この未熟な航空機を買うつもりか」と結んでいる。
それにくらべて『ニューヨーク・タイムズ』紙の論調は、何故か今回は温厚に見える。
「オスプレイ計画は、1週間後には本格的な量産着手の承認が出る予定だった。
事故のために延期になったけれども、今や30年を経過して総額400億ドルという余りに大きな計画だけに、却って中止するのはむずかしくなった」
「今から11年前、ブッシュ政権の当時に国防長官に就任したチェイニーは金がかかりすぎるとして計画中止を試みたが、成功しなかった。
固定翼の上にローターをのせるなど、まことに異様な風体の航空機がここまで生き延びてきたのは議会の強硬な後押しによるものだった。
開発の時間ばかりかかって、今や1機あたりの値段は当初予定の3倍にまで膨れ上がった」
海兵隊副司令のフレッド・マッコークル准将の発言も引用している。
「この航空機で飛んだ経験から、また間近に見たところでも、何か問題があるとは思えない」「月曜日の事故は決して小さくないが、
オスプレイが安全な航空機であることに変わりはない。
本格的な生産着手は遅れるにしても、来年にははじまるであろう」と。
まさかベルとボーイングの両社が、チェイニーの10年ぶりの仇討ちに討ち取られるとは思えないのだが。
(西川渉、2000.12.14)
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海兵隊司令官のジェームズ・ジョーンズ将軍は今日、低率初期生産モデル(LRIP)のMVー22機の飛行開始を許可した。
生産モデルのMVー22を、必須の乗組員のみを載せて飛行させることにより、
去る4月8日のアリゾナ州タクソンにおける19人の海兵隊員が死亡した墜落事故以来の同機の飛行再開計画の第二段階に入ったことになる。
生産モデル機による最初の飛行は、長期間にわたって飛行を停止していた同機にパイロット達をふたたび慣れさせるための系統的な段階を経て開始される。
シミュレータを用いた訓練と、慣らし飛行が「評価飛行」(OPEVAL)再開の前に行われる。
「評価飛行」(OPEVAL)は、海兵隊の作戦を支援する同機の戦術的な適応性を評価するためのものであり、
今後も「多重任務作戦試験部隊」のパイロットによって継続される。
MVー22機は、通算3、600以上の飛行時間を記録し、その設計および性能について徹底的な飛行試験を経て、
その性能が証明された航空機である。
墜落したオスプレーは「評価飛行」(OPEVAL)に参加していた4機の生産モデル機のうちの1機である。
MVー22機は、これまでに40回以上の兵員輸送任務において安全に飛行しており、
700名以上の兵員を「評価飛行」(OPEVAL)期間に輸送した実績を持つ。
引き続き飛行試験の評価が行われた後、飛行再開計画の第3すなわち最終段階が、実際に兵員を乗せて開始されるであろう。
MVー22機に対する自信と関心の深さを示すために、ジョーンズ将軍と空軍総司令官マイケル・E・リアン将軍は
兵員を乗せる最初の飛行試験に同乗する予定だ。
先の事故につき、海兵隊は引き続き綿密な調査を行い、原因の究明と改善のために努力を惜しまないであろう。
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4月8日にアリゾナ州の砂漠に墜落したMV−22オスプレー機は、空から落ちたというよりは、地中に突っ込んだようだと、原因究明にあたっていた担当者は語った。
先日の19人の海兵隊員の乗組員全員が死亡した墜落事故において、同機が機首を下げて墜落した瞬間、オスプレー機のエンジンは動いており、ローターは回転しており、駆動軸は動作していたと、海兵隊司令部航空部門のフレッド・マコークル中将は4月20日発表した。
この発表は事故をめぐる法律問題を調査している担当者を通じて伝えられたが、これによって、同機の主要な運転系統の大きな故障が原因である可能性は少なくなったと同中将は語っている。
海兵隊当局は、操縦士のミス、整備不良を含むいかなる可能性も公式には否定していない。
しかし、海兵隊の担当者は操縦士のミスや夜間視界装置の問題ではなく、コンピュータ・ソフトの欠陥あるいは、操舵部、作動装置など2次的な制御系統の欠陥が見つかるのではないかと見ている。
マコークル氏によれば「F−22やF18E/Fほどではないにせよ、(オスプレー)は通常のヘリコプターよりはソフト的に制御される度合いが高い」とのことである。
V-22機のこれまでのソフトウエアがらみの故障としては、かつて一度操縦士が片方の翼を出して艦船上に着陸させようとした時、機体が動き出し、オスプレーが降下が早すぎるとの印象を持ったことがあると、同中将は語っている。
「そこで我々は調査に乗り出し、シミュレータでテストを行い、ソフトを調整した。実際もはや機体がどの方向にも急に傾いたりしない、というところまで徹底的に調整した」と同中将は語った。
マコークル氏および海兵隊の指導者たちは墜落原因をあらゆる手段を用いて究明するとしている。オスプレーのブラック・ボックスを回収し、それをNASAのコンピュータにかけて、シュミレータで墜落直前の瞬間を再現することも考えているとマコークル氏は語っている。
「我々はオスプレーの能力、飛行および機能面での能力に依然として十全の信頼を置いている。調査を終えて再び空に戻り、我々のこの航空機に対する自信のほどを世界に向かって示したい」と同中将は語った。
海兵隊担当者によれば、残る4機の配備機には調査の結果、何らの欠陥、整備上の問題点も発見されなかったということである。
このマコークル中将の発言は、先日キャンプ・ペンドルトンでの追悼式での海兵隊司令官ジェームズ・L・ジョーンズ将軍の発言と共通している。
副司令官テレンス・デイク将軍、海兵隊太平洋司令官フランク・ルブッティ中将、海兵隊第一遠征隊司令官ブルース・ナットソン中将が列席する中、ジョーンズ将軍は、調査が完了し次第、オスプレー機を飛行配備につかせるという海兵隊の計画を明らかにした。
(その計画の)第一段階は、技術工兵部隊の試作機のオスプレーををテストパイロットによって飛行させる。次に、海兵隊の4機の配備機をクルーのみで飛行させる。
「合理的な期間をかけて兵員を乗せない状態で飛行させたい。すべてが順調であることを確認するための試験飛行」が最初だ、と同将軍は語った。
最終段階として、評価飛行として兵員を乗せて飛行させる。「海兵隊は、現段階で性急に何事かを証明する考えはない」と同将軍は述べ、オスプレー機が兵員を乗せて飛行を再開する際には同乗することを約した。
下院軍事委員会装備小委員会委員ダンカン・ハンター下院議員(共和党・カリフォルニア州選出)はペンドルトンでの追悼式にジョーンズ将軍と同席し、将軍と同様のV−22に対する自信のほどを示した。
ハンター氏によれば、旧式のヘリコプターに取って代わるものとして計画されたこのオスプレー機は、能力面でも安全面でも従来のヘリコプターを凌駕しており、「議会はオスプレーに対する予算措置を継続するであろう」とのことである。
マコークル中将は、資金がかかり過ぎると非難の集まっているオスプレー計画にたいし、海兵隊がこれを防衛するために事故のほんとうの原因を隠蔽するのではないかとの指摘を強く否定した。
「どんなにお金をかけても、隠蔽などできるものではない。この件に関して専門家が関与している項目が少なくとも100はある。はじめから終わりまで、人的な要素、機械的な要素、整備記録から何から何まで、何が調査されているか、専門家のすべてが知っている。合衆国のどこを探してもこれほどオープンな調査は見当たらないだろう」と同中将は語っている。
執筆にあたって本紙ギジェット・フエンテスの助力を受けた。
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V-22オスプレイは去る5月29日に試験飛行を再開したが、そのあと伝えられるニュースは必ずしも好いことばかりではなかった。
試験飛行がうまくいったからといって、そのままV-22の調達につながるとは限らないといった国防省高官のおどし発言などである。
しかし10月4日付のアメリカの新聞は、高官たちのティルトローター機に対する見解が変わってきたと報じている。
国防省の調達と技術を担当するオルドリッジ次官も、これまでは最も批判的な1人だったが、最近その考え方を変えたというのである。
これに対して、ペンタゴンの報道官は「オルドリッジ氏の立場は変わっていない。
氏は試験飛行が完了するまでは何のコメントも発することはない」と頑固である。
しかしベル社の方は、次官の見解が変わったとして「大いに勇気づけられた。V-22はわれわれの知らない秘めた
可能性をたくさん持っている」と語っている。
V-22は2000年に発生した2件の死亡事故で23人の犠牲者を出した。
以来、技術面で未知の欠陥があるのではないかと疑われ、暗雲の下に沈んだような状態にあった。
この間、油圧系統、操縦系統、コンピューター・システムなどを改修し、空力的な問題についても充分に理解を深めた。
その上で、オルドリッジ次官が一連の飛行試験を徹底的におこなうよう指示を出して、飛行再開となったわけである。
オスプレイは、この10月初めまでの4か月間に20回、47時間近い飛行をした。
この間すべてが順調で、予期以上に良好というのが試験を担当する海兵隊の見方である。
ただし最大の問題、ボルテックスリングについては10月末から試験がはじまるので、予断は許されない。
最近、国防省の2人の高官が相次いでパタクセントリバーの海軍テスト・センターを訪れた。
これらの視察によって、2人の高官の心証は好感に変わったのではないかというのが大方の見方である。
このうちオルドリッジの視察は9月6日だったが、「彼はこれで、V-22が使えることが十分わかったはず」という人もいる。
「あれほどの有能な人ならば、V-22の飛んでいるところを一目見れば、これが何ものであるかは直感で悟ったにちがいない」と。
もう1人のウォルフォウィッツ国防次官もパタクセント・リバーでV-22の飛行試験を視察し、海軍と海兵隊の説明を受けた。
その結果、ワシントンに戻った後、なんとV-22の採用予定のなかった陸軍に対しも同機の使用について検討するよう指示を出したというのである。
指示の内容は、陸軍の今後の戦闘場面における「ティルトローター技術の役割について」書面を出すようにという9月26日付けのメモであった。
周知の通り、かつては米陸軍もV-22の採用を考え、用法について検討したことがある。
しかし、当時の結論は不要というものだった。
ところが、ここでもう一度ティルトローターを活用する必要はないかどうか、
その概念を整理してもらいたいというのがウォルフォウィッツ次官の要求である。
たとえば「戦場において兵員や物資の移動のためにティルトローター技術を使えばどうなるか、
機動力や戦闘力が増すのかどうかを検討するように」と。
ウォルフォウィッツ次官は空軍に対しても「V-22が2003年5月にゴーということになった場合、
CV-22の配備を促進するにはどうすればいいか」という質問を発している。
「ティルトローター技術を早急に実用化するため、CV-22の生産、改修、試験、訓練などについて今後、計画を修正すべき点があれば報告せよ」と。
いうまでもなく空軍は50機のCV-22を調達し、特殊部隊に配備する計画である。
これによって敵の背後に特殊任務要員を送りこんだり、敵陣営の中で撃墜された味方機の乗員を救出したり、
その他の特別任務に当てることにしている。
そのためのスケジュールは、これまで2009年に配備ということになっていた。
ウォルフォウィッツの指示は、これでは遅すぎるというのかもしれない。
あるいは、この人は、ティルトローターが何であるか、ヘリコプターと飛行機を組み合わせたハイブリッド機であることを、
おそらく知らされていなかったのではないかという見方もある。
いずれにせよ、国防省の高官達のこうした動きは、ティルトローターの将来にとって大いに勇気づけられるものであろう。
一方、海兵隊は一連の試験飛行の結果がうまくゆけば、360機のMV-22を調達する予定である。
老朽化した現用ヘリコプターに替わって、兵員の進攻輸送に使うためだが、うち50機は空軍同様の特殊任務に当てることにしている。
(西川渉、2002.10.7)
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私の意見
V-22オスプレイの墜落事故について私の意見です。
オスプレイは、これまで4回の死亡事故を起こしている。
降下をしながら左旋回して着陸をしようとしたが 失速して墜落した、、とある。
ティルトローター機の構造から言って降下 着陸をする場合 前進速度は非常に低いものであった、と考えられる。
従って固定翼による揚力は限りなく0に近かった、、です。
機体の重量はほとんど2基のティルトローターに負担されていた、、です。
しかし降下の場合 エンジン出力は抑えられ 重力による降下をしていたであろう、です。
ティルトローターはほとんど水平に近い角度であったはず、、である。
それで降下をしながら左旋回して着陸をしようとした、、問題はこの左旋回である。
左旋回をする場合 機体 ローターは左に傾くであろうと考える。
ローターは水平であるから揚力 浮力は発生する。左に傾けば揚力は左方向へ移動する力に代わり
揚力は失われる。 当然であろう。
低速前進でエンジン出力を抑え 尚機体を左に傾け過ぎた事による失速ではあるまいか、と考える。
オスプレイの欠点は操縦系統の電子的なソフトウェアの修正である。
その内容は、高速飛行、急旋回、急降下など何らかの危険な飛行状態へ近づいたときの警報システムを改善するというものである。
ある限度以上の急降下はさせない まして降下中の旋回は限度を設定し拒否させる、と言うのはどうか?
ソフトを修正 改善すればできるはずである。
これらを甘く見て 構造上の欠点を無視または軽視していたのではあるまいか?
当然ボーイング社も検討しているであろう。
私はV-22オスプレイに期待している。速度 積載能力 航続距離 どの点でも従来のヘリコプターより
優れているからだ。特に最高速度: 565 km/h 3000キロ以上の航続距離は有用である。
日本でも 近く完成する16DDH ひゅうが またはおおすみに搭載できるからである。
日本海 または尖閣諸島近辺の警備 国土防衛に大いに役に立つと考える。
最大離陸重量27トンは魅力だ。 少し改造すれば偵察レーダー 爆弾 ミサイルも搭載できる。
これは海上自衛隊のみならず 海上保安庁にも配備して頂きたい。この程度の機体なら
海上保安庁の警備艇にも搭載可能だからである。
そうすれば北朝鮮の工作船 韓国の警備艇 中国の軍艦 原潜にとって多いな脅威になるであろう。
ボーイング社ならびにベル部門殿 是非頑張ってV-22オスプレイを実用化されることを期待します。
日本は50機ほど買います。金に糸目はつけません。笑い
これは高速前進中であるから傾いても失速しない。
このように小型艦でも着陸可能である。海上保安庁の警備艇でも搭載可能である。
ロンドン上空で、
貨物積載能力は9トンある。
usaマリーンコーの兵士らと。
航空母艦に着艦
強襲揚陸艦で搭載可能である。おおすみなら8機搭載できる。
離陸中
コクピット内部
発表展示会
私見で搭載予定の海自の艦船
進水した16DDH ひゅうがと命名
http://adult.csx.jp/~yuuki9999/Ejis/16DDH/16DDH.htm
LST4002
輸送艦「しもきた」
http://adult.csx.jp/~yuuki9999/Ejis/oosumi/oosumi.htm
米国防総省、V-22「オスプレイ」の搭載エンジン変更を検討
Technobahn 2008/3/21 18:28】米国防省が2005年末から実戦配備を開始した垂直離着陸可能なティルトローター機、
V-22「オスプレイ(Osprey)」の基本設計に変更を加えて、
現在装備されているロールス・ロイス・アリソン社製AE1107C型エンジンを別のメーカーのものに
転換することを考慮していることが18日までに明らかとなった。
米海兵隊のマシュー・ムルハーン(Matthew Mulhern)V-22担当プログラム・マネジャーは同日、
米ワシントンDCで開催された「Naval Sea-Air-Space Expo」の会場で発言を行い「ロールスロイス社の保守契約『Power
By The Hour(PBTH)』には問題があり、保守契約条件が改善されないようであれば、エンジンを別のメーカーのものに交換する必要性が生じるだろう」と述べた。
ロールスロイス社のPBTHは、固定費用方式の保守契約のことを示す。
PBTH方式ではメーカー側は保守が必要となる期間を予測した上で、補修費用を算出して顧客側に請求するが、
米海兵隊ではロールスロイス社の見積もりによるPBTH方式の保守契約は高すぎると判断している模様だ。
民間用
Ospreyとは日本語で猛禽の『ミサゴ』のことである。
製造現場写真
治具の上に安置されたコクピット部分。
電気系統の配線も一通り終わったかに見える。
胴体への取りつけを待つ尾部
コクピット部分と尾部が対をなすように置かれている。
この中間に左手に見える胴体中央部が入る。
胴体中央部と尾部が結合された。
塗装が終わって完成した胴体。この姿でベル社へ向かって送り出され、
翼、エンジン、ローターなどが取りつけられる。
機首およびコクピット部分も胴体に結合
同じ工場の中で、オスプレイの横では
CH-47チヌーク大型ヘリコプターの改良組立も続々と流れていた。
米国防省は、V-22ティルトローター機オスプレイの量産を承認した。
当面は2008年から2013年までの生産計画だが、下表の通りという。
会計年度 |
MV-22 |
CV-22 |
HV-22 |
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2008 |
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2009 |
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2010 |
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2011 |
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2012 |
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2013 |
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計画 |
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このような多年にまたがる予算計画は、V-22の製造コストを引き下げる結果となり、軍の強力な支援によってオスプレイ計画それ自体も安定したものとなった。
これまでの継続か否かという議論にも終止符が打たれたものという見方が強い。
なおV-22は2005年に量産が認められ、2007年度予算では26機が製造される。これで海兵隊のV-22は2007年末から実戦配備につき、空軍は2009年から配備の予定。
とはいえV-22に対する疑問は今も払拭されてない。最近公表された『V-22は未亡人製造機』と題する報告書は「V-22はおそらくすぐにイラクへ送りこまれるのだろうが、
こんな無能な兵器では何の役にも立たず、ペンタゴンの選定結果が最悪だったことを暴露する結果になるだろう」と書いているとか。
最終的に米3軍は上表のとおり、総数458機の調達を希望している。ほかに英、豪、イスラエル、日本などが同機の導入に関心を持っている。
V-22は乗員3名、兵員24名または機内貨物9トン、もしくは機外吊下げ輸送6.8トンを搭載、速度460〜550km/hで航続1,100〜4,200kmを飛ぶことができる。
エンジンはロールスロイスAE1107C(6,150shp)が2基。ローター直径は各11.58m、最大離陸重量23,495kg。
エンジンはGEに変更か?
国防省の予定している調達計画は2006年度13機、2007年度18機、2008年度31機、2012年には年間最大の48機に達する。
最終的には2018年までに海兵隊が360機、空軍が50機、海軍が48機という調達計画である。
1機あたりの価格は7,200万ドル(約80億円)だが、将来に向かってはもっと下げる努力をするよう求められている。