理科実験を楽しむ会
作用反作用(その3) 作用反作用を説明する     07年10月20日
 
  例1 教科書の問題  
 私たちが属する科学教育研究協議会(科教協)の力の実践報告を見ると、おおむね、反作用がはたらく理由の説明をしています。 例えば、ばねを引くと、ばねは伸び、元に戻ろうとして、引き返す、と云った具合です。千葉の物理サークルでは、長年これに反対してきていますが、科教協では常に少数派です。
 退職してほぼ10年間、大会にはリポートを出さないできましたが、科教協の全国大会が2000年に千葉で開かれた折、久し振りにリポートを持って参加してみました。状況は以前と少しも変わっていませんでした。どうも、科教協には期待できそうもありません。そこで…。
 今回、学習指導要領の改訂に伴い、教育課程が、従って教科書が変わるので、戦術の方向転換を図ってみました。相手を科教協から教科書会社に変えてみたのです。
 近くの高校で、その時使われていた物理TAの教科書を3種、物理TBの教科書を7種借りてきました。物理Uには作用反作用の記述はないので、対象外です。
  この中で、作用反作用の記述がしっかりしっているのが1つだけありました。三省堂のTBです。作用反作用の記述がない物理教科書(!)が1つありました。実教のTAです。残りの8種の教科書について、内容をつぶさに検討し、作用と反作用のタイムラグの問題、つまり、引かれたので引き返したとか、押されたので押し返したとか云う問題を中心に、出版社6社に手紙を出しました。概ね、前向きに検討してみるという趣旨の返事を頂戴しましたが、啓林館からは「教育的配慮」として<〜し返す>という記述を外すわけにはいかない、という返事が来ました。
 機が熟したと思われた今年(01年)の6月、”新しい教科書ができたら、作用反作用に関するページのコピーを送って欲しい”と、上記の各社に手紙を書きました。三省堂と実教の資料は得られなかったので、近くの高校で、見本の新教科書を見せて貰いました。
 第一学習社と数研の教科書からは<〜し返す力>はすっかり消えてなくなりました。ブラボーです!
 あのような主張にも拘わらず、啓林館の教科書にも配慮の跡がみえました。
 大日本からは、それまで、編集会議への取り組みなどについて、丁寧な連絡があったのですが、できあがったものは、期待に反するものでした。努力してくださった担当者と著者たちとの関係に難しさがあるように思われます。著者はなにしろ<センセイたち>なのですから。
 実教からは返信がありませんでしたが、見せて貰った教科書には<引き返す>が残っていました。三省堂からは、前回も今回も返事をもらえませんでした。しかし、作用反作用に関しては上々のできばえでした。
 東書は資料が手に入らなかったので、意見を述べる機会を失しましたが、目次だけ見る機会があって、<もとに戻ろうとする力−弾性力>という見出しを設けているところを見れば、およその様子はわかろうというものです。
 
 例2 今年の教科書 
 今年(07年)、教科書展示会で、6社7冊の物理Tの教科書を見てみました。久し振りです。 高校物理の教科書も変わってきています。<作用反作用の2力>と<つりあいの2力>の相違に関しては、どの教科書でもページをさいています。「臨床的には」そうですが、本質的には全く別の事柄なので、その点をコメントして欲しいように思います。
 しかし、作用反作用を説明が、相も変わらず登場します。3社3種には、押し返すや、縮もうとする弾性力などの表現が登場します。、大日本には ”手で壁を押すと同時に壁は手を押し返す。手が受ける力は、手の平の圧迫感からよく理解できるであろう。なぜこのような力が生じるのであろうか”といい”変形した板はもとにもどろうとして棒を押し返す”などの説明があって、光弾性実験の写真が掲載されます。
 この記述だと、手が壁を押すアクティヴな力が作用で、壁が手を押し返すパッシヴな力が反作用ということになりそうです。手で押された壁は、変形し、元に戻ろうとして、手を押し返す、という構図になっています。それでありながら、同時に、と書かれている矛盾をどう考えるのでしょうか。
 もう一つの問題があります。手が壁を押す時に、壁が手を押(し返)す力は、壁の変形によって説明していますが、手の方はどうなっていたのでしょう。(人の)手は、壁と床から(足を通して)押されることで変形して、壁を(床をも)押しているのです。人の変形を言わないのはどうしてでしょうか。
 教室の掃除で、生徒が机を押す場合には、とかく、生徒のはたらきの方が作用だと考えがちです。机を動かそうという生徒の「意志」が、机に力を及ぼしたのですから。しかし、物理は動機、結果、評価などには無縁です。物理は、「民主的な」学問で、人間とそうでないもの、生物と非生物を区別しません。太陽と地球を区別しません。だから…、
 机の抗力について、机が変形するのを扱うのなら、そこに置かれている林檎の変形も扱わなければ不平等になります。林檎は机に押され、同時に地球に引かれて、この二つの力の「板挟み」になって変形しています。変形論者の言葉を借りれば、”林檎は元の形に戻ろうとして机を押す”と説明しなければなりません。
 上の光弾性の実験では、歪んだ物体に現れる色模様で、押されるものも押すものも(?)変形している、ということを見せることになっています。この実験では、アクリルの板から切り取ったりんごを使うことで、りんごも変形しているのが「見える」ことになりますが、”林檎は変形することで机を押している”という説明は誰からも聞いたことがありません。押し返すのは専ら机の方で、りんごが机を押すのは重力で…、ということになると、前に挙げた《物理を楽しもう》の先生と同じ誤りを犯すことになります。
 反作用を弾性で説明する方法は、別の方向にもエスカレートして、原子の配列の歪みが登場したりもします。 しかし、ニュートンの運動法則が発表されたのは1687年であるのに対して、ドルトンの原子説の発表は1803年です。 ニュートンがものの運動の深い洞察から、作用反作用の法則(等)を発見したことを、感動的に追体験できるような学習プログラムを組むことが、力の本質に迫った教育方法だと思うのです。
 基本的な力に、万有引力や電磁気力があることはご存じの通りです。
 ところで、地球と月との万有引力や、摩擦したウールと塩ビがが引き合う電気力は、どちらが作用でどちらが反作用なのでしょうか。 万有引力がどうして起きるのか、電磁気力がどのようにはたらくのか、などの説明を聞いたことがありますか。重力子や光子の交換によるなどという「説明」は言い換えに過ぎません。
 作用反作用の法則という呼び名には、歴史的な意味はありましょうが、<力の相互作用の法則>とでもした方がよさそうに思われます。                        
 
 例3 英国の教科書では
  これまで、作用反作用の誤りは全日本的であることを述べてきましたが、ひょっとすると、全地球的(世界的)であるのかもしれません。数年前にイギリスへ旅行したときに、物理の教科書を何冊か買ってきました。下はその一部です。 
   Newton's  Third  Law  states  that  if  one  body  pushes  on  a  second  body,
the  second  body  pushes  back  on  the  first  with  same  force.
                            Physics(CAMBRIDGE COORDINATED SCIENCE) p45.
 さて、このフレーズを訳してみてください。push backを何と訳しますか。押し返す?それとも、逆向きに(後ろへ)押す? もし、前者だとしたら<ケンブリッジ、お前もか>ということになります。他の物理の教科書にも同様な表現が見られます。push back  が空間的ならOKですが、時間的ならOUTです。                 
 
 例4 基本法則について
 作用反作用の法則をマクロの現象として学んだ子どもたちは、やがて、分子・原子の世界でも成り立つことを知ると、自然のより深い段階(階層)にも作用反作用の法則が貫徹しているに違いないと信ずるようになる筈です。
 作用反作用のような基本的な関係は、多くの経験を積み重ねることで納得するものです。それは何が他の事柄から説明したりするものではありません。だから、基本法則なのです。”〜しようとする”という説明は”すべての物体は本来存在していた場所(地面)へ戻ろうとする性質を持つ”とするアリストテレスを連想させます。
 (指で引っぱられて) 変形したばねは、元の形に戻ろうとして、指を引き返す。
 (手で押し上げられた)高い位置の石は、元の所に戻ろうとして、手を押し返す。
 両者の説明が似ているとは思いませんか。                              
   教育基本法は、基本法なので、他の法律の上にあります。力学や電磁気学の基本法則は、同様は基本法則であって、他の法則の上に位置しています。フックの法則(変形)で作用反作用の原理(ニュートンの基本法則.)を説明しようとするのは、オームの法則で電磁気の原理(マックスエルの基本法則)を説明しようとするのに似ています。そして、それは<交通法規で憲法を論ずる>ようなものです。本末転倒もイイトコロです。
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