物理読み物54 ベクトル M-86 No279
2011年5月5日(木)
私は子どもの頃、多摩川の河口に住んでいました。そこは、子どもたちにとって、良い遊び場所でした。泳いだり、魚を釣ったり、貝を掘ったり、砂山を作ったり、凧を揚げたりして、遊びほうけた所です。多摩川を泳いで渡って、川崎大師のお祭りへ行くのは年中行事の一つでした。渡川作戦としてはいろいろな工夫をしたものです。
もちろん、川幅が狭くなる引き潮を狙って敢行します。(帰りの潮のことはあまり考えないで…)
履き物や着物は高学年が頭上に縛りつけ、低学年の子を真ん中に囲んで游いで渡るのですが、小学生は平泳ぎや犬かきで游ぐのですから、もう…。
川を直角に泳いで渡ろうとしても、川の流れのために、川下の方へ流されてしまいます。仮に、川に直角に3m游ぐ内に、4m流されたとすると、直角三角形の5mの斜辺を渡ることになりますが、こんな調子では、かなり海側へ出てしまいます。かといって、目指す対岸の上陸地点(どこでも、というわけにはいきません)に着くために、川を斜め上流に向かって泳ぐというのは、とてもしんどくてだめです。そこで、あらかじめ、こちら側を上流へ移動した地点から泳ぎ出して、流された結果、目的の対岸に到達するというい方法をとったものです。
この川幅が90mあったとすると、川を横切る間に、川を横切っている間に120m流されて、実距離150m游いだことになります。川を渡るのに5分かかったとすると、静水における子どもの泳ぎの速さは0.3[m/s]、流水の速さは0.4[m/s]、実際に游いでいる速さは0.5[m/s]となります。このことから、二つの変位や速度が、同時的に、または、継時的に加わった結果の変位や速度は、それぞれ、それらを表す三つの矢印が三角形をつくることがわかります。また、直角方向の二つの運動はお互いに独立であることもわかります。当時は、そんなことは解らぬまま、でも、そうしていたのでした。
ものの運動は一般には立体的ですから、運動を表現する諸量もそれに適したベクトルで表すのが便利です。上に挙げた変位、速度のほか、加速度、力、運動量、力積などもベクトル量です。ベクトル量の足し算は<三角算>で行います。引き算はマイナスにしてから、つまり逆の矢印(逆ベクトルといいます)にしてから、足し算します。
力の例でベクトルの足し算を検討してみましょう。合成された力の方向からみると、加えた二つの力の、この方向への直角成分は相殺されていて、この方向の成分だけが足されていることに気づきます。力を二つの力に分解するときにも、この逆の方法がとられますが、分解した2力の、もとの力に対する直角成分の和は0で、同方向成分の和がもとの力になるように分けられているのです。
運動をしている二つの物体の相対速度については、別の項で触れました。同一直線上における相対速度は、相手の速さから自分の速さを引くことで得られますが、ベクトル的にも同様で、自分の速度を相手の速度から引くことで得られます。そのベクトルが、自分が止まっているとしたときの、相手の動きを表わしています。
最後に、演習です。二艘の船が、同じような方角に向かって航行しています。それぞれの船の、位置と、速度が決まっているとき、両者が衝突するかどうかをベクトルの作図で推定してみましょう。船の長さがどう関わるかは考えてください。この問題は、金谷(かなや)と久里浜をつなぐ東京湾フェリーに乗っているときに作ったものです。