弁証法   S-1     No200     2010522日(木)

 

先生 ツエノンのパラドックスというのを聞いたことがあるかな.

和美 “飛ぶ矢は静止している” とか “アキレスはかめに追いつけない”とかいうのでしょ.

一平 そんなのパラドックスにもなんにもならないよ. 飛ぶ矢は飛んでいるんだし, アキレスはすぐにかめに追いついてしまうもの.

先生 それはそうだ. しかし, ツエンノのいうことも聞いてみよう.“飛んでいる矢はある瞬間に, ある特定の場所にある. 一点においてそれがあるならば静止しているのであり, 従って, 飛ぶ矢は静止している”

和美  “ある瞬間にある特定の場所にある” というのはいいわよね. 特定の場所になければ矢はなくなっちゃうもの.

一平 何だか変だナー. こんな言い方をするのなら. “矢はある瞬間にはある特定の場所にあり, 次の瞬間には別の場所にある” とでもいわなきゃならない. 間をワープしちゃう.

先生 しかし, それは運動の結果を言っているのであって, 運動そのものについては, 何も言っていないことになるんだ.

一平 事実に反することだから, 議論は生産的でないので, やらない, というのが, パラドックスから抜ける方法なんじゃないかな.

先生 アキレスとかめの問題はどうかナ. “かめを追うアキレスがかめのいた点に達した時には, かめは更に前進している. この繰り返しで, アキレスはかめに近づくことはあっても, 追い越すことはできない”

和美 これはわかります. アキレスがかめに追いつくまでの時間の範囲で考えているのだから, 追いつかないことが条件になっている.

先生 中国の荘子にも, 同じ種類の問題がある.“一尺の杖, 日にその半ばを取り,万世尽きず” というんだ. 一日に半分ずつ取っていっても, 果てしなく取り続けることができる, というのだ.

一平 これも, そのうちに原子に到達してしまうから, 終わりになっちゃうヨ.

和美 計算してみましょうか. 1尺は約33センチメーターです. 原子は1億個で約1センチメーターだから,  1尺の棒では, その長さの方向に原子は33億個並んでいます. これを二つずつに切っていくと, 何回で1個になっちゃうかというんでしょ.

一平 逆に, 1つのものを倍々にしていって, 33億個に達するまでには, 何回やればいいかを考えればいい.

和美 そうしましょう.  2,4,8,16,32,64,128,256,512,1024,10回やると約1000になる. これを1と考えれば, もう10回やると, その1000倍の100万になり, 同じようにして, もう10回で, その10倍の10億になります. これを2倍して20, もう2倍して40, これでおしまい. 答えは32回です. なんだ, 1ケ月で終わりだ.

一平 もっと簡単な計算を考えついたよ. 電卓に 2=× と置く. あとは2,3,4,…と数えながら, =のボタンを押し続ける. やってみようか,  2,3,4,5,10回で1024. 和チャンの計算あっているよ. 11,12,13,14,15,201048567, 100万というのはこれだな. 21,22,23,24,30で約107370, 32回で43億だ.

先生 なるほど. 問題はいずれも, 時間も空間も無限に分割できるとう仮定にありそうだ.

一平 矢の問題はどこに落し穴があるんですか.

先生 その前に, こういうことを説明しておこう. “AAであって, -Aではない”という命題がある. -Aは非Aと読む. どうだね.

和美 それは当然ですよ.  Aを鉛筆とすると, 鉛筆は鉛筆であって, 鉛筆でないもの, 例えば消しゴムではない.

先生 結構, 結構. こういうのを形式論理といい, それを研究する学問を形式論理学という.

一平 そんな自明なことを研究するんですか.

先生 そうだよ. では, .  “ニワトリと卵とでは, どちらが先か”という問題はどうかナ.

一平 小学校のときにやりましたよ, むきになって. でも, いくらやっても, どうどうめぐりするだけで答えなんか出ないんでしょ.

先生 でも, ニワトリが実在するからには, どちらかが先なんだろ.

和美 学校で生物を習って知ったのですが, 卵だって, ニワトリなんですよね. ニワトリの成鳥と, ニワトリの卵, どれもニワトリの一つの段階なんです. だから "ニワトリが先か, 卵が先か" といっているのは, 実は “ニワトリが先か, ニワトリが先か” といっていることになります.

一平 へー, それじゃ, 意味ないわけか.

和美 けれど, 進化論的にいえば, ニワトリはなにか他の動物から進化したとすると, 変化しやすいのは発生の段階だろうから, 卵が先という方に分があるのじゃないですか.

一平 和美先生の傾聴すべき意見だ.

先生 成る程. ここで言いたかったことは, 非ニワトリがニワトリになるということだ. 形式論理の “AAであって, -Aではない” ということに固執していると “A-Aになる” という論理が出てこない. AAであって, -Aでもある” という命題は, 形式論理のものではなく, 弁証法に属する.

和美 そんなこと, 聞いたこともありません.<べん…>なんとかいう言葉も.

一平 まさか, 法律じゃないんでしょうね.

先生 弁証法(べんしょうほう), 変化の論理学だ.

和美 でも, 先生 “A-Aになる” というのと “A-Aである” というのは違うんじゃないですか.

先生 生命はいつでも変化していて “生物は各瞬間に同一のものでありながら, しかも他のものでもある” ということの連続で, 変化していくのだ.

一平 この論理で, 矢の問題はどう処理できるんですか.

先生 この言い方をすると “矢はその瞬間, そこに在って, かつ, 無い”

一平 禅問答みたいになっちゃった. 矛盾してるよ.

先生 こう言った方がいい. 変化を前提としない形式論理では, 運動を論じることはできない. 存在, 静止, 瞬間, 場所(位置)などという言葉では, 運動は静止の総和としか言いようがないだろ.

和美 じゃあ, 形式論理は静止の論理で, 弁証法は運動の論理なんですね.

先生 そうだ. それに, 時間とか空間とかいうものも, ものの運動によって決められたものだ. ものの運動がまずあって, その総体が自然であり, 社会であり, 人間の思考であり, それによって,  時間や空間が認識された, というのだ.

一平 物質世界の変化の法則なんだ.

先生 そう. 注意したいのは, 弁証法は形式論理を含んでいるということだ. 運動学が静力学を内包しているようにね.

和美静止は, 速度ゼロの等速運動”ということですか.

先生 そう言ってもいい.

一平 矢の問題をもう少し解析してください.

先生 運動の大きさを決める量に速さがある. “矢が, ある瞬間に, 特定の場所に, ある. でも, 静止してはいない” ということを述べておこう. 矢が走っているとき,  AB間の平均の速さは,  ABの距離を, かかった時間で割った値だ. 矢がA点を通過するときの速さは, どう表せるかな.

和美 B点をずっとA点に近づけて, ABの距離を, かかった時間で割るのでしょ.

一平 でも, それは, ABが小さくなっただけで, やはり, 平均の速さであって,  A点の速さではないヨ。

和美 B点を, もっとどんどん, A点に近づけていったら…しまいには…

一平 そうすると 距離÷時間 も, しまいにはゼロになっちゃう.

和美 速さは 距離÷時間 だから 0÷0になるの? 変なの! じゃあ, だめか?

一平 0÷0 0かな?

和美 0÷0 は不定と習ったように思ったけど…

先生 野球の打率というのを知っているかな.

一平 突然, 野球の話ですか. 打率は安打数を打数で割った割合です. 例えば,  5打数2安打なら4割とか…

先生 5打数0安打なら?

一平 0÷50 だから0割です.

先生 今日は出番がなくって, バッターボックスに立たなかったのだが,  2本ヒットを打ったというのは?

一平 そんなばかな. 不可能です, そんなこと!

先生 式で書けば 2÷0=不能  不可能といってもいい. では, 今まで一回もバッターボックスに立ったことがない選手がいたら, どうかな.

一平 わかりません. 打ったことがないんだから. でも, 式で書けば, 0打数0安打だから 0÷0? つまり 0÷0 は不定, きめられない, ということ?

和美 じゃあ, さっきの,  A点における矢の速さは 0÷0 で決められないということになります.

一平 それではだめだ. 矢にはちゃんとした速さがあるんだもの.

先生 点Bが限りなく点Aに近づいていくと, その間の距離も限りなく0に近づいていくが, その割合は一定値になるのだ. 形式論理では 0÷0 は不定だが, 弁証法では, この 0÷0 は確定だ. 0の意味が違う.

和美 何だか変だな, 2種類の0があるわけないし…

先生 ニュートンはこの極限の考えで微分の思想に到達して, 微分・積分という数学を作り上げ, それを使って運動を解析したのだ.

和美 ゼロと, 限りなくゼロに近づくというのは意味が違うんだ. 棒が原子に到達してしまうように, 時間も原子みたいな単位に到達してしまうんですね, きっと.

先生 運動は, 連続的な時間・空間の矛盾の統一なんだ. この矛盾を微・積という数学の形式に定式化できたので, ニュートンは運動の法則をつくりあげることができたんだ.

一平 すこし分かってきたような気もするが…

和美 先生はさっき, 始めに運動があるのだと言いましたが, そうすれば, 初めから速さがあって, あとは, 距離が決まれば時間が決まり, 逆に, 時間が決まれば距離が決まります. これなら, 掛け算だから, 少しも困ることがない. 割算が出てくるから, 不定だとか, 不能だとかが出てきちゃうんだ.

先生 そういうことだね. しかし, このことは, すべてのものや, すべてのことが, 常に変化している, ということを言っているので, それが, 矛盾という形式で現れてくる, ということなのだろう.

一平 それじゃあ, 矛盾というのは変化のこと, といってよいのでしょうか.

和美 新しい矛盾が出てきたら, 新しい変化が起きるのだ, と考えてよさそうですね.

一平 弁証法が法則なら, 定理みたいなものがあるのでしょうね.

先生 勿論ある. これは運動の法則だということをしっかり頭にいれておいて, みてみよ

この三原則が, もとになっている.

和美 すぐには, わかりかねますね, 聞いたことがあるのもあるけど. .

  運動の原因を示す法則 対立物の統一と闘争の法則

  運動の構造を示す法則 量から質への転化の法則

  運動の発展を示す法則 否定の否定の法則

一平 これは, また, そのうちに, ということにして…

先生 お茶にでもしますか.

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