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掲示板 | 石井信也 |
物理読み物25 遠心力 M-61 No222 2010年7月15日(木)
遠心力という言葉はおおよそ3種類に使われています. 遠心力は物理的概念についての学術語(technical terms)ですが,
そのうち正しい用法は一つで, あとの二つは,
日常の慣用句です. 生活用語なら,
それはそれでよいのですが, わかっているつもり,
間違って使われるのは困りものです.
初めに, 広辞苑(第4版)の<遠心力>をみてみましょう.“物体が円に沿って運動しているとき, その物体に働く, 円の中心から遠ざかる方向の力” とあって, 対語・反義語として, <求心力>があげられています.
その求心力をみると,“物体が円運動をするとき, この中心に向かって物体に働く力”とあります. この記述だと, この二力は, 円運動をしている物体に働いていて, 外向きに働くか(遠心力),
内向きに働くか(向心力)だけの違いだということになります. 現在では, 求心力と言わないで, 向心力といいます.
“遠心力と向心力はつり合っている”という人がいます.“遠心力と向心力は作用・反作用の関係にある”という人がいます.ともに誤りです.広辞苑の遠心力の説明も, テクニカル・タームスとしては誤りです.求心力の方はあっていますが.
円運動をしている物体には,
円の中心に向いた力が働いています.ハンマー投げを見ればわかるように,
ハンマーを中心に引っ張っていないと, ハンマーは円運動をしません.
地球の軌道運動では太陽が地球を引っ張っています. オートレースやのスピードスケートのコーナリングでは,
選手はコースの内側に倒れ込むことで, 地面や氷から内側に押してもらって円運動をしています. このように物体に円運動をさせる円弧の中心に向かっている力が向心力です.
ひき続き, ハンマー投げの例で考えてみましょう.
円運動をしているハンマーに, これを内側に引く力(向心力)を与えている選手(の手)は,
逆にハンマーから外側に引く力を与えられています.
手が外側に引かれるこの力を遠心力と呼ぶ人がいますが, これは遠心力ではありません. 残念ながら, この力には名前がありません. 本当の遠心力は,
円運動をしているハンマーに働いているのであって, 選手に働いているのではありません.
ちなみに, この2力―選手からハンマーにはたらく力(向心力)と, ハンマーから選手にはたらく力―は作用反作用の関係にあります. だからといって, 遠心力と向心力は作用・反作用の関係にある, というのは誤りです. この力(選手にはたらく力)は遠心力ではないのですから. この力は,あえて云えば, 向心力の反作用なので, <反向心力>,あるいは,<反心力?>とでも名付けたいところす.
ハンマー投げの選手が手を離した瞬間, ハンマーはそのときの速度で飛び去りますが, これには, 次のような誤った説明を与えられることがあります.“円運動をしている間は向心力と遠心力がつり合っていたのだが,
向心力がなくなったので, 物体は遠心力で飛び去った”と.
この用法は, 遠心力が円運動をする物体に働いている,
という点ではよいのですが, もし,
ここで言うように, 向心力と遠心力がつり合っていたとしたら,
物体には力が働かないことになって, 物体は円運動などできません.
物体は静止か等速度運動をしている筈です.
では, 遠心力の正しい用法とはどんなものでしょうか. 一言でいえば, 遠心力は慣性力だということです.
ニュートンの第一法則は慣性の法則とも呼ばれ, ニュートン力学がどのような世界で妥当するか,
という舞台設定をしています. ニュートン力学が成立する舞台を慣性系といいます. 裏返していえば,
加速度運動をしている舞台―これを加速度系といいますが―では使用してはいけない,
とい禁制が示されているといえます.
ところが, 加速度系にいる自分本位の人が,
その加速度系で運動を考えたとしたら(ニュートンがいけないというのに!), どんなことが起きるでしょうか. 例えば, 円運動をしている自動車(これは加速度系です)に乗っている人の場合です.
自動車の中では, 座席の中央に座っている人は, 時々,
外の方へ押し出されそうになる力を,あるいは,内の方へ押し込まれそうになる力を感じます.
運転者は高校の物理の時間に習った“力は必ず他の物体から受ける” というニュートンの第三法則を覚えていたので,
自分が何から力を及ぼされているのか, わからなくて戸惑っていました. 記憶によれば, 例外があって,
その一つは重力でした. 重力は直に触れていない地球から受ける力でした. しかし, この場合,
そんな重力を起こすような「未知の惑星」が, どこかにあるわけでもありません. でも, 力が働くことは事実なので,
とりあえずこれに遠心力という名をつけました. やがて運転者は,
自動車の壁まで押し出されていって, ニュートン的に壁に押されて安定しました. そして, こう思いました.
私には遠心力と壁からの抗力が働いていて, この二力がつり合ったので, 安定した静止が得られたのだ, と.
この人は徹頭徹尾, 自己中心的であって,
自動車の世界に安住していたので, 自動車が円運動をしているのに,
自分は止まっていると主張するのでした. 車の中が,
運転者の生活世界なのです.
このように, 遠心力は, 加速度系にいる自己中心的な人には必要な概念ですが, 普通の世界にいる人には無縁の力なのです.
物理の解説書などには,遠心力は<仮定の力>である,などと書かれています.
加速度系を基準にして, 運動を考えるときには,
このように非ニュートン的な力を導入することで,
ニュートン力学を―ニュートン的世界を―成立させることができます.
このような力を慣性力といます.
そして,円運動をしている系における慣性力を遠心力といいます.
地球も円運動や回転運動をしているので, 加速度系ですが,
それらの加速度が小さいので, 慣性系と見なされています.
それでは, 手を離した瞬間にハンマーが外側へ飛んで行くのが,
遠心力によるのではないとしたら, どんな力によるのでしょうか.
それは, その時の速度で飛んで行くだけのことです.
“力が働いたので飛んで行った, のではなくて, 力が働かなくなったので飛んで行った”
のです. 紐という束縛が切れたので,
自由の世界へ羽ばたいたのです. それは慣性運動です.
最後に, 理化学辞典(第4版)の遠心力の項をみてみましょう.“惰性系(慣性系)に対して一定の角速度で回転する座標系に静止している物体にあっては,
それに働く実際の力(求心力)と,ある見かけの上の力とが釣合っていると考えられる.
この見かけ上の力を遠心力という. 以下略”<ある見かけ上の力>!?