作用 Part3 その2 E-159 No413 2012年10月25日(木)
作用反作用を説明す コロイド No196 02年11月27日
“手で黒板を押すと、同時に黒板は手を押し返してくる”(大日本図書)
これは新しい物理T教科書の作用反作用に関する説明の一部です。この記述だと、手が黒板を押す、その結果として、黒板は手を押し返す、ということになり、手が黒板を押すアクチヴな力が作用で、黒板が手を押し返すパッシヴな力が反作用ということになりそうです。
物理の基本法則はよい対称性をもっています。作用反作用の法則も基本法則の一つで、作用の力と反作用の力は、大きさが等しく、同時にはたらきます。両者のはたらきにタイムラグはありません。この教科書の表現では、折角、<同時に>といっているのに、両者のはたらきに時間差があることになってしまいます。
作用反作用という呼び名には、歴史的な意味はありましょうが、<力の相互作用>とでもした方がよさそうに思われます。
科教協の力の実践報告を見ても、概ね、押すと/変形し/元に戻ろうとして/押し返すという形で、反作用の―というより力の―指導がなされているようです。千葉の物理サークルでは、永年これに反対してきていますが、科教協でも常に、少数派です。私は退職以来ほぼ10年になりますが、その間、大会には力のリポートを出さないできました。千葉大会は折角の機会なので、久し振りにリポートを持って出席してみましたが、状況は以前と少しも変わっていませんでした。どうも、科教協には期待できそうもありません。そこで…
今回、学習指導要領の改訂に伴い、教育課程が、従って教科書が変わるので、戦術の方向転換を図ってみました。相手を科教協から教科書会社に変えてみたのです。
朝生邦夫さんのところで、物理TAの教科書を3種、物理TBの教科書を7種借りてきました。物理Uには、作用反作用の記述はありませんので対象外です。
この中で、作用反作用の記述がしっかりしているのが1つだけありました。小出昭一郎さんのグループ(三省堂)のTBです。作用反作用の記述がない物理(!!)が一つありました。大林康二さんのグループ(実教)のTAです。残りの8種の教科書については、内容をつぶさに検討し、作用と反作用のタイムラグの問題を中心に、出版社6社に手紙を書きました。概ね、前向きに検討してみるという趣旨の返事を頂戴しましたが、啓林館からは「教育的配慮」として<〜し返す力>という記述は外すわけにはいかないという返事が来ました。その間の事情については、2000年お千葉科教協夏の学習会で報告した通りです。
機が熟したと思われる今年の6月“新しい教科書ができたら、作用反作用に関するページのコピーを送って欲しい”と、上記の各社に手紙を書きました。三省堂と実教からは資料が届かなかったので、朝生さんのところから、見本の新教科書を見せて貰いました。
第一学習社と数研の教科書からは<〜し返す力>はすっかり消えてなくなりました。ブラボーです!
このような主張にも拘わらず、啓林館の教科書にも配慮の跡がみえました。
大日本からは、それまで、編集会議への取り組みなどについて、丁寧な連絡があったのですが、できあがったものは期待に反する物でした。努力してくださった担当者とは、その後、電話と手紙で意見の交換をしました。教科書の編集には、担当者との関係に難しさがるように思われました。著者は、なにしろ<センセイたち>なのですから。
実教からは、今回は返事がありませんでしが、見せて貰った教科書には<引き返す>が残っていました。
三省堂からは、前回も今回も返事を貰えませんでした。しかし、新教科書の著者はすっかり変わっていて、それは上々の出来栄えでした。
東書は資料が手に入らなかったので、意見を述べる機会を失しましたが、目次だけ見る機会があって、<もとにもどろうとする力―弾性力>という見出しを設けているところを見れば、およその様子はわかろうというものです。
斜面上に静止しているブロックにはたらく力について、私がC図を最初に見たのは、科教協千葉支部の学習会だったと記憶しています。これまで、一般に描かれてきた@図と比べて、何と美しいことか!
この図は、私が科教協大会や教研集会などでずっと勧めてきたものの一つです。今回、改訂されあ三省堂の教科書にはこの図が掲載されています。初めて目に触れるものです。ちなみに、摩擦力に配慮したA図ではトルクがはたらいてブロックは転倒します。垂直抗力の摩擦力の位置に配慮したB図は力学的にはOKですが、抗力を2つに分けて考えるのは、後で扱うべき事柄で、初めから分力を考えるのは<考えもの>です。“始めにC図ありき”なのです。@は論外です。
ところで、斜面上のブロックが、他の一つの物体(斜面)から垂直抗力と摩擦力という二つの力を受けるのはおかしいと思いませんか。“一つのものから一つの力を受ける”と考えるのは妥当だと考えて授業でそのように教えたところ“地面に置いたものは、地球から重力と抗力の2つの力を受けるじゃないか”と生徒から詰め寄られました。清水の生徒からはいろいろ教えられたものです。閑話休題。
最初に引用した教科書の“手で黒板を押すと、同時に黒板は手を押し返してくる”という記述には続きがあって、“何故そのような力を生じるのであろうか”ということになり、光弾性試験が登場します。そして、そお装置で物体の変形の様子を見せることで“このように棒で板を押すと、板は変形し、変形した板はもとに戻ろうとして押し返す”のだとして、反作用のはたらく理由の説明に「工夫をこらし」ています。
反作用を弾性で説明する方法は、別の方向にもエスカレートして、原子の配列の歪みが登場したりします。
しかし、ニュートンの運動法則が発表されたのは1687年であるのに対して、ドルトンの原子説は1803年です。ニュートンがものの運動の深い洞察から、作用反作用の(等)を発見したことを、感動的に追体験できるようなプログラムを組むことが、力の本質に迫った教育方法だと思うのです。
基本的な力に、万有引力や電磁気力があることはご存知の通りです。
ところで、地球と月の万有引力や、摩擦したウール(プラス電荷)と(マイナス電荷)が引き合う電気力は、どちらが作用でどちらが反作用なのでしょうか。万有引力がどうして(Why)起きるのか、電磁気力はどのように(How)はたらくのか、なその説明を聞いたことがありますか。重力子や光子の交換によるなどという「説明」は言い換えに過ぎません。
人が机を押す場合には、とかく、人のはたらきの方が作用だと考えがちです。机を動かそうという人の意志が机に力を及ぼしたのですから。しかし、物理は動機、結果、評価、などには無縁です。物理はまた、「民主的な」学問です。人間とそうでないもの、生物と非生物を差別しません。太陽土地球を区別しません。
だから…、机を変形するのを扱うのなら、そこに載っている林檎の変形も扱わなければ不公平になります。林檎は机に押され、同時に、地球に引かれて、この二つの力の「板挟み」になって変形しています。変形論者の言葉を借りれば、“林檎は元の形に戻ろうとして机を押す”と説明しなければなりません。
上の光弾性の実験では、歪んだ物体に現れる色模様は、押されるものも押すものも(?)変形している、ということを見せることになっています。この実験では、アクリル板から切り取った「林檎」を使うことで、林檎も変形しているのが「見え」ることになりますが、“林檎は変形することで机を押している”という説明は誰からも聴いたことがありません。押し返すのは専ら机の方で、林檎が机を押すのは重力で…ということになると、前回に挙げた≪物理を楽しもう≫の先生と同じ誤りを犯すことにまります。
じれまで、作用反作用の誤りは全日本的であることを述べましたが、ひょっとすると、全地球的(世界的)であるのかもしれません。数年前にイギリスへ旅行したときに、物理の教科書を買ってきました。下はその一部です。
Newton's Third Law states that if one pushes on a second body,
the second body pushes back on the first with the same force.
Physics (CAMBRIDGE COORDINATED SCIENCE)
p45
さて、このフレーズを訳してみてください。<pushes
back>を何としますか。押し返す? それとも、逆向きに押す? もし、前者でしたら、“ケンブリッジ、お前もか”ということになります。
光弾性の実験は、どんなものであっても、“物体に力が加わればその物体は変形する”ということを見せるものです。これは<力と変形>に関するフックの法則(の一部)で、初等教育では大切な学習テーマの一つです。しかし、それを反作用を起こす原因と結びつけたりしてはいけません。しかもそれを擬人的に表現するに至っては言語道断、モニモドロウトシテヒッパリカエス?! 噴飯ものです。
フックの法則(変形)で作用反作用の原理(ニュートンの基本法則)を説明しようとするのは、オームの法則で電磁気の(マックスエルの基本法則)を説明しようとするのに似ています。そして、それは<交通法規で憲法を論ずる>ようなものです。本末転倒もイイトコロです。
引用した教科書では、同じページに、扇風機に関する囲み記事があります。扇風機を乗せた(帆掛け船のモデル)を動かすときの力関係を考えるものです。ここでも、もし、反作用が起きることを説明することになればどうするのでしょうか。扇風機が空気を押(し出)すのを作用とすると、空気のどこが変形し、どこへ戻ろうとして扇風機に反作用を及ぼし「返す」のでしょうか。
この(B5)の教科書では<運動の第三法則―作用・反作用>というタイトルで、2ページにを割いています。おことは評価しますが、この2ペジに<〜し返す>、<元に戻す>などとの表現が、実に十箇所も出てくるjのです!その他にも<支える>という表現が2箇所あります。支えるにも受け身のニュアンスがあって、私たちの仲間内では使いません。力の表現は<押す><引く>だけで十分です。
中学のころ、物理は嫌いではありませんでしたが、力の問題は苦手でした。どの力がどの物体にはたらいているかが解らないので、苦しみました。そして、この疑問は解決されないまま理科の―しかも物理の―教員になってしまいました。
千葉の教研集会、民教連集会、科教協学習会などで、稲葉正さんから力に関する教えを受けた時には、まさに<目から鱗>でした。ねじ曲がった知識の集積の残渣を、すっかり洗い流すのには、少々の時間を要しましたが、わかってしまえば、簡単そのものでした。正しく学べば、少しも難しくはないのです。
先達から受け継いだこの財産を、後から来るものにバトンタッチするのは私たちの務めです。物理サークルに声を掛けてくれれば、多士済々の闘志が手弁当で、どこへでも出かけます。そうすれば、半日の学習で、Clear
up! です。そして、異なった世界が見えてきますヨ。