96.原子にも構造があった―――水素原子
[授業のねらい]
電子が発見されてその質量が測られると,それまでは,いちばん軽いと思われていた水素原子の質量より,はるかに小さいことがわかりました。このことは,原子にも内部構造があるということです。では,その構造はどうなっているのでしょうか。原子論はどうなったのでしょうか。
[授業の展開]
水素原子の出す光の線スペクトルの写真を見ると,その波長には一定の規則性が窺われます。干渉縞を見慣れた目には波動性が感じられるに違いありません。波長は長いほうから 6563 4861 4340 4102 3970Å です。 バルマーはこの線スペクトルの波長λには,つぎのような関係があることを発見しました(1885年)。
1/λ=R(1/2^2−1/n^2) (n=3,4,…) R=1.097×10^7(1/m)
これをバルマー系列といいます。
≪問1≫ バルマーの思考(試行)の跡をたどってみましょう。
線スペクトルの配列は調和級数的で,赤から始まって青に収れんするかに見えます。赤からつけた番号を n とします。 n が大きくなると波長λは小さくなるので,
その関係は λ=A(B+1/n) …(1) 1/λ=A(B−1/n) …(2)などが候補になります。(1)はちょっと見込みありません。
(2)に n=1, 2, 3, 4,… と λ=λ1,λ2,λ3,λ4,…を代入してAの値を算出してみましょう。 n=1 と n=2 から計算したA をA 12 と書くことにすると,
(表p196)
とても駄目です。A1- の系列でAの値が一致しなければ,A2- や A3- の系列でも,Aは一致しそうもありません。
1/nが駄目なら1/n^2 があります。これを算出したのが(1)の列ですが,これも駄目です。
しかし,はじめの赤が n=1 である必然性はありません。
赤を n=2 とすると,連続するAの比が(1)列のそれより小さくなり,希望がもてます。これを(2)とします。 赤を n=3 とするとAの値が一致しました。波長の資料が n=5 まであって,幸いでした!これが(3)列です。 (表p197)
これからBを決めると, 1/λ=A(B−1/n^2)
(3)の列の数値を代入すると,
n=3 1524=10970(B−1/3^2) B=0.2500
n=4
2057=10970(B−1/4^2) B=0.2500
一般式は 1/λ=1.0970×10^7(1/2^2−1/n^2) n=3,4,5,…
この計算は,結果が見えているので,逆にたどったともいえますが,水素スペクトルが調和級数的だと看破すれば,あとは試行錯誤でゴールに達せられそうです。その後,線スペクトルには紫外部や赤外部にもスペクトルの系列が発見されました。一般に水素のスペクトルはつぎの式で表されることがわかりました。
1/λ=R(1/m^2−1/n^2) ( m,nは正の整数 m<n )
ラザフォードは薄い金箔にα粒子を当てて,散乱の実験をした結果,原子の構造について,つぎのような考えに達しました。
原子はその中心にプラスの電荷をもった核があって,その周りをマイナスの電荷をもった電子が円運動している。この向心力は静電引力が果たしていて,質量の大部分は核にある。(ラザフォードの原子模型) しかし,これには大きな難点があります。荷電粒子が加速度運動をするときには,電磁放射してエネルギーを失ってしまい,定常状態ではいられないということです。この矛盾を解決するために,ボーアはつぎの仮説を提案しました。
(1)原子内の電子はその角運動量(運動量と軌道半径の積)が h/2π の正の整数倍に等しいときには電磁放射することなく安定した運動を続ける。
(2)電子が安定した軌道から他の安定した軌道へ移るときには,そのエネルギーの差に相当するエネルギーhνの光子を放出または吸収する。(ボーアの原子模型)
≪実験1≫ 針金を円く輪にして,その一部にバイブレイター(ここでは按摩器を使用)を押し当てると,針金に定常波ができます。それを観察しなさい。
≪問2≫ 水素原子について,ラザフォード=ボーアの原子模型を,つぎの順序に従って数式で表現しなさい。
ただし,電子の質量m,軌道半径r,電子の円運動の速さv,電気素量e,静電気力の定数k,ブランク定数h,とします。 (図p198)
(1) 電子の円運動の関係
mv^2/r=ke^2/r^2 …@
(2) ボーアの(1)の仮定 mvr=n・h/2π (n=1,2,3,… )…A
(3) @Aからvを消去 r=h^2/(4π^2kme^2)・n^2
(n=1,2,3,… )…B
(4)@から,電子の運動エネルギーK K=1/2mv^2=ke^2/2r …C
(5)電子の位置エネルギーU(無限遠を基準) U=−ke^2/r
…D
(6)電子の力学的エネルギーE E=K+U=−ke^2/2r …E
(7)これにBを代入すると E=−(2π^2k^2me^4/h^2)(1/n^2)
(n=1,2,3,… )…F
(1)エネルギー順位 E1,E2,E3,E4,…
(2)ボーアの振動数条件 hν=Em−En
(3)ド・ブロイ波長 2πr=nλ (n=1,2, 3,…)
(4)アインシュタインの関係 λ=h/p=h/mv
(5)量子条件 mvr=(h/2π)n
(6)向心力(クーロン力)mv^2/r=ke^2/r^2=e^2/(4πεr^2) (15)でnが入る
(7) 電子の軌道半径 r=h^2/(4π^2kme^2)・n^2=εh^2/(πme^2)・n^2
(8) 運動エネルギー K=1/2mv^2=2π^2k^2me^4/h^2・1/n^2
=me^4/(8ε^2h^2)・1/n^2
(9)位置エネルギー U=−4π^2k^2me4/h^2×1/n^2=−(me^4/4ε^2h^2)・1/n^2
(10) 力学的エネルギー E=1/2mv^2 −ke^2/r=−(me^4/8ε^2h^2)・1/n^2
(11)速さ v=(2πke^2/h)・1/n=(e^2/2εh)・1/n
(12) 角速度 ω=(8π^3k^2me^4/h^3)・1/n^2=(πme^4/2ε^2h^3)・1/n^3
(13) 周期 T=(h^3/4π^2k^2me^4)・n^3=(4ε^2h^2 /me^4)・n^3
(14) 振動数 N=(4π^2k^2me^4/h^3)・1/n^3=(me^4/2ε^2h^3)・1/n^3
(15) 向心力 f=(16π^4k^3m^2e^6/h^4)・1/n^4=(πm^2e^6/4ε^3h^4)・1/n^4
(16)面積速度 α=1/2r^2ω=(h/4πm)・n
k=9.00×10^9(Nm^2/C^2) s=8.85×10^(−12)(F/m)
h=6.63×10^(−34)(Js) m=9.11×10^(−31)(kg) e=1.60×10^(−19)(C)
n=1 すなわち, 電子の物質波としての定常波数が1のとき
r=0.53×10^(−10)(m) v=2.2×10^6(m/s) E=−2.2×10^(−18)(J)
T=1.5×10^(−16)(s) N=6.7×10^15(Hz) f=8.2×10^(−8)(N)
≪問3≫ n=2,n=3,… のとき,これらの諸量は n=1 のときの何倍になるか表をつくりなさい。
(表p199)
水素原子の軌道におけるエネルキーはつぎのとおりです。
E1=−2.2
×10^(−18)(J)
E2=−2.2×10^(−18)×1/4= −0.55×10^(−18)(J)
E3=−2.2×10^(−18)×1/9= −0.24×10^(−18)(J)
E4=−2.2×10^(−18)×1/16=−0.14×10^(−18)(J)
E5=−2.2×10^(−18)×1/25=−0.09×10^(−18)(J)
E6=−2.2×10^(−18)×1/36=−0.06×10^(−18)(J)
≪問4≫ 上の資料から水素のバルマー系列の波長を求めなさい。
E3−E2=0.31×10^(−18) λ=hc/E=6400×10^(−l0)(m)
E4−E2=0 41×10^(−18) λ=hc/E=4900×10^(−l0)(m)
E5−E2=0.46×10^(−18) λ=hc/E=4300×10^(−10)(m)
E6−E2=0.49×10^(−18) λ=hc/E=4100×10^(−10)(m)
東京天文台乗鞍コロナ観測所を見学したとき,大きく写した太陽スペクトルの写真を見せてもらいました。そこには,フラウンホーファー線がびっしり写っていて,水素の線スペクトルもたくさん写っていました。分光器の分解能は十分でも,線スペクトルに幅があるため,間隔が狭くなってくると隣りあう線が重なってしまいますが,20番目の輝線くらいまで(このへんは紫外域)写真に写せるそうです。プロミネンスで写せば(この観測所ではいつでも写せます)フラッシュスペクトルになって,カラーの輝線が写ります。紫外域はカラー写真ては紫に写る(!)という話でした。
≪問5≫ 電荷eの電子を電圧1Vで加速すると,どれだけの運動エネルギーをもつでしょうか。
運動エネルギーは eV=1.6×10^(−19)×1=1.6×10^(−19)(CV)=1.6×10^(−19)(J)
この場合,電子の電荷は決まっているので,それをそのままeで表しておくと,
eV=e×1=e(CV)=1(eV) とします。eC≡1e とするのです。
≪問6≫ 電子のイオン化ポテンシャルはいくらでしょうか。
E1=−2.2×10^(−18)
E∞−E1=2.2×10^(−18)÷(1.6×10^(−19))=14(eV)
正しくは13.6(eV)
≪問7≫ 原子は atom といいます。tom は割れるという意味で,a は否定を表します。つまり原子は物質の最小粒子で,それ以上には割れないのです。
このように教えてきた末に(とくに,割れないことを強調してきました),
いよいよ電子が登場した時点で,一人の生徒がクレイムをつけました。“原子は割れない割れないといってきたのに,ナーンダイ。そのうちにこんどは子も割れるって言いだすんだろう”。これに対してはどう答えればいいのでしょう。物質には階層性があるということを,ここで教えたいものです。 原子論では,現在の「原子」は素粒子です。
(図p201)
[まとめ]
1
分光学や放射線の研究から,原子の構造についての情報が得られました。
2
原子は核と電子から構成されていて,電子は核を中心に円運動をしています。静電引力が向心力の役割を果たしています。
3
電子には波動性があって,軌道上に物質波として定常波をつくるときには安定します。
4
電子が軌道を変えるときには, 光の形でエネルギーの出入りがあります。
5
物質界には階層構造があります。
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