95.光と電子が衝突すると――コンプトン効果
[授業のねらい]
光の波長が短くなると,光の粒子性が著しく現れてきます。X線が電子と衝突してこれを跳ねとばす現象で,X線の粒子性と波動性がどのように現れてくるかを考えます。
[授業の展開]
X線が波長の短い電磁波であるならば,結晶の空間格子を回折格子としてその波動性を調べられるかもしれない,と考えついたのはラウエでした。この実験には閃亜鉛鉱の結晶が使われ,ラウエの斑点と呼ばれる写真がとられました(1912年)。 ブラッグ父子(以後,ブラッグとします)は,これとは別な方法でX線の干渉を調べました。その跡をたどって,ブラッグの関係式を導いてみましょう。
結晶の整列した原子を含む平面に,X線が当たった場合を考えます。X線は原子を中心として散乱され,その結果,平面P1で反射されたのと同じことになります。この反射波は一平面の原子だけによって生じるときには,弱くて観測にかからなくても,互いに平行な多くの平面の層から反射される波が互いに強めあうと,観測できるほどに強くなるだろう,とブラッグは考えました。
この格子面群P1, P2, P3, P4,… に対して,どのような方向に入射したX線が強く反射されるか,その条件を求めてみます。 (図p192)
各格子面の距離を d とし,この条件を満たす入射角をθとします。
A,A’,A”,… で,同位相である入射X線の中のADBCとA’B’BCを比較します。
D,B’では同位相なので,この二つの X線はBにおいては,B’B−DBの行路差ができます。 DB=B’Bcos2θ B’B−DB=B’B(1−cos2θ)=B’B・2 sin^2 θ
d=B’B sinθ B’B−DB=2d sinθ
この道程の差がX徐の波長λの整数倍になるような方向,つまり
λ=2d sinθ1 2λ=2d sinθ2 3λ=2d sinθ3 …を満足するようなθ1, θ2, θ3,… の方向では P1, P2 の二つの面で反射したX線は互いに強めあうことになります。この関係は,同時にP1, P2, P3,P4,… のすべての平面から反射されたX線についても成立するので,上の関係を満足するθ1,θ2,θ3,… の方向で,反射X線は大いに強められることになります。一般には, nλ=2d sinθ の方向にのみ反射X線が現れます。
これをブラックの関係式といいます。
X線を石墨に当てると,散乱されたX線の中に入射X線の波長より波長の長いX線もあって,その波長のずれは散乱の角度の関数になっていることをコンプトンは発見しました(1923年)。これをコンプトン効果といいます。
アインシュタインは,X線がhνのエネルギーとh /λの運動量をもつ粒子として振舞うと予想していましたが,この考えを応用して,X線が電子と弾性衝突したとする結果は,コンプトン効果とよく一致しました。
≪問1≫ X線が電子を突きとばして,X線が散乱される図を示します。
1)
エネルギー保存則を式で表しなさい。
2)
x軸,y軸方向の運動量の保存則を式で表しなさい。
3) 以下順にステップを踏んで計算しなさい。
エネルギーの保存則 hν=1/2mv^2+hν’… (1)
運動量の保存則 x軸方向 h/λ=(h/λ’)cosθ+mv cosα … (2)
y軸方向 0=(h/λ’)sinθ
−mv sinα … (3)
m,v,α,ν,ν’を消去して △λ=λ−λ’をθの関数として表します。
(2)から h/λ−(h/λ’)cosθ=mv cosα
(3)から (h/λ’)sinθ=mv sinα
それぞれ2乗して加えると
h^2(1/λ^2+1/λ’^2−2/λλ’・cosθ)=m^2・v^2 … (4)
(1)から hc/λ=1/2mv^2+hc/λ’ mv^2=2hc(1/λ−1/λ’)
(4)に代入して h/2mc(1/λ^2+1/λ’^2−2/λλ’・cosθ)=1/λ−1/λ’
λλ’を掛けて h/2mc(λ’/λ十λ/λ’−2cosθ)=λ’−λ
λ≒λ’ なので λ’/λ十λ/λ’=2 としてよいので
λ’−λ=h/mc(1−cosθ)=2h/mc・sin^2(θ/2)
ちなみに h/mc=6.63×10^23÷(9.11×10^(−31)×3.00×10^8)
=0.0243×10^(−10)(m)=0.0243(Å) これをコンプトン波長といいます。
一つの実験結果を示しておきます。 (表と図p194))
コンプトンの研究は,X線の散乱について非常な進歩をもたらしました。
図はコンプトンの装置を示したものです。AはX線管の対陰極で,コンプトンはモリブデンを使用しました。Aに接してX線を散乱させる物質Sを置きます。 (図p194-1)
コンプトンはこれに石墨を用いました。Sによって散乱されたX線をスリットを通して結晶Kに当て,見掛けの反射をさせてから電離箱に入れて波長を測定しました。Kによる反射では nλ=2d sinθ を満足するときには電離箱の中の気体がいちじるしく電離されるので波長が計算できるのです。
モリブデンのK線についての実験の結果は図に示すとおりです。(図p194-2)
Aは対陰極から直接きたモリブデンの一次K線で,Bは石墨によって90度散乱されたものです。一次X線は1本であるのに,散乱X線には一次X線と同じ波長のものと,すこし波長の長いものとの2本が現れています。
≪問2≫ 散乱角と波長の変化を図に表しなさい。 (表p195)(図p195)
コンプトン散乱では電子と光が対等に衝突しているかに思われます。光が波動性をもちながら,同時にhνのエネルギーとh/λの運動量をもつ粒子としても振舞うのなら,電子も粒子性をもちながら,同時に波動性をもつように振る舞うに違いないと考えたのはド・ブロイでした(1923年)。これを電子波(物質波)といいます。
≪問3≫ 電子の質量をm,速度をvとして,電子が波勤性をもつとしたら,波長λ,振動数νをどのように決めたらよいと思われますか。
[まとめ]
1
X線には粒子性があります。すべての光に粒子性があります。
2
電子には波動性があります。すべての物質に波動性があります。
3
振動数νの光はhνのエネルギーをもちます。
4
波長λの光はh/λの運勤量をもちます。
5 運動量p(=mv)の物質波はh/pの波長をもちます。
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