6. 力は足したり引いたりできる−−−力の合成・分解
[授業のねらい]
一つの物体に二つの力が同時にはたらくことがあります. このようなときには,それらの力が物体に及ぼす効果と同じ効果を及ぼす一つの力をみつけることができます. このような一つの力を求めることを, 2
力を合成するといいます.
逆に, 物体に一つの力がはたらいているとき, それが物体に及ぼす効果と同じ効果を及ぼす力の組みをみつけることができます. このとき, 力を2力に分解したいいます.
ここでは, その方法を学ばせるとともに, 力と同じように, 合成・分解できる量として変位, 速度, 加速度などがあることを教えます.
[授業の展開]
力を合成したり, 分解したりする場合, 力が物体に及ぼす変形については,ここでは,考えないことにします.
力を加えても変形しない理想物体を考えて, それを剛体と名づけます. いわゆる理想化をするのです(物理では, このような理想化をすることがよくあります).
教室で実験するのでれば, 鉄のブロックなどは剛体と考えてもよいでしょう. このあとの実験にでてくる物体は, みんな剛体とみなしてしまいます. "変形は考えないことにする"ので
す. 変形を捨象するのです.
力の合成には<平行四辺形の法則>があって, 教科書などに書かれていますから,
その説明は省略します.
《実験1》 水平な机の上にとめた紙の上に置いた小さなワッシャーを, 糸のついたばね秤 a, b, c で3方向から引いてつりあわせ, ばね秤の持ち手を画鋲で机にとめておき
ます. ばね秤 a, b, c のそれぞれの力を A, B, C として, それを紙の上に図で書き込みます. たとえば, 10gの力を1cmとして. 次にワッシャーの位置を変えないようにして
, ばね秤 a, b の糸を緩め, 別の1本のばね秤 d で置き換え, その力 D を記録します. A, B, D の三つの力には合成に関する<力の平行四辺形>の法則が当てはまること
を確認します.また C,D がワッシャーにおける2力のつりあいの関係にあることを確認します. (図p34)
ばね秤 a, c を d で置き換えたり, ばね秤 b, c を d で置き換えたりして, いろいろやってみましょう.
この実験では, ワッシャーの真ん中に小さい針をさしておくと, ばね秤を置き換えるときに便利です. じっくり時間をかけてやらせます.
《実験2》 力の分解は, 合成の逆の操作です. ばね秤 a, d でワッシャーにおける2力のつりあい状態をつくっておき, ばね秤
d をばね秤 b, c で置き換えます. 力 C, D に, 大きさや角度の条件を与えてやらせます. 生徒に自分たちで条件をつけてやらせます. 全円分度器の中心に穴をあけ, ワッ
シャーをとめる釘にさしておくと便利です. 剛体にはたらく力のつりあい, 合成・分解などで大切なことは, それぞれの場合に, 力の作用線が一点に会しているということです. そ
して, この共通作用点でつりあい, 合成・分解を考えます. このような, 力の合成・分解を認めると, 2力の合成の内容は次のように理解できます. 上の実験で書いた力の図で, 2
力 A,B の C に直角の成分が相殺してゼロになり, C 方向の成分の和が C の大きさと同じになっていることに気がつきます.
(図p35-1)
《問1》 物体にはたらく図のような4力を<力の平行四辺形>, <力の三角形>,
<力の多角形>で合成しなさい.
力の合成では, <力の平行四辺形>の法則より<力の三角形>の法則の方が簡単です.物体の一点にはたらく2力 A, B を合成するときには, 平行移動した力 B を, 力 A の矢の先か
ら書いて, 力 A の矢の根から, 力 B の矢の先へ結んだ矢で表される力が合成された力です. この3力が力の三角形です.
(図p35-2)
3力以上を合成しようというときには, このようにして, 順次, 力を継ぎ足していけば, <力の多角形>ができます.
3力以上の場合, 合成しようと思って継ぎ足していった結果, 多角形が閉じてしまった場合には, それらの力がつりあっていることになります.
(図p36)
合成の場合には結果は一意的に決まりますが, 分解の場合には多くの組みの答えがあって一意的には決まりません. 別に条件があれば決まります.
《問2》 次の場合にはどうなるでしょう.
1 分解される2力の方向が決まっている.
2 分解される1力が決まっている(方向と大きさ)
3 分解される2力の大きさが決まっている.
4 分解される2力の大きさの比が決まっている.
多くの力の合力を計算で求めるときには, 力を直角成分に分解して処理すると便利ですが, やたらに分解しない方がよいと思われます.
力のように, 大きさ, 方向, 向きをもっていて, 平行四辺形の法則で合成できる量をベクトルといいます.
これに対して, 質量や時間のように, 数値だけで定まる量をスカラーといいます.
《問3》 船が西に向かって16m移動するあいだに, 船上の人が北へ6m歩けば, この人は地球に対してどのような移動をしたことになるでしょう.
《問4》人が道を, 西に16m歩いたあとで, 北へ曲がって, 6m移動したら, この人はどのように位置を変えたことになるでしょう.
同じような問題ですが, 《問3》では同時的に変位が起きていて,《問4》では, 継起的に変位が起きています. ともに17m位置を変えたことになります.
このように, ベクトル量として考えた位置の変化を変位といいます. 大きさだけを考えれば距離とか道のりとか呼ばれるスカラー量です.
《問5》 《問3》の「事件」が4sで起きたとすると, 問題はどうなるでしょう.
変位の問題は, 単位時間で考えることで速度の問題になります. 速度はベクトル量で, これに対するスカラー量は速さです.
《問6》 大きさの等しい二つの力を合成した図をいろいろ書きなさい. 作図から,
どのようなことがいえそうですか.
合成された力の大きさが, はじめの力の2倍からゼロのあいだのすべての値をとることを確認します. (図p37)
《問7》 大きさ0の力を分解できますか.
平行力の合力を求めるときに使います.
《問8》 物体が机を押す力と, 机が物体を押す力は大きさが同じで, 作用線が共通で, 向きが反対です. この二つの力を合成しなさい.
これは作用反作用の2力です. 形のうえでは, 足せばゼロになりそうですが, この2力は合成できません. 力を合成できる条件は, それらの力が同じ物体にはたらいていることです
. 他の物体にはたらいている力を加え合わすことは, 意味がないということをしっかり教えたいものです.
物体がないところに力だけが示されていて, その力を合成するような問題を見かけますが, 上のような意味からも不適当です.
啓蒙書や教科書の一部で, <作用反作用>と<2力のつりあい>の混同や誤解があるのも, 一つには, その力がはたらいている物体が明示されない―というもの, 著者にそ
の意識がない―ことが理由としてあげられます.
ついでにもっと言えば, 教科書に具体的な<もの>がでてくることが少ないのも気になることの一つです.抽象(的な表現)が科学の特徴であることはわかりますが, 科学は<もの>を探求する手段であることも
忘れないようにしたいものです.
[まとめ]
1 力はベクトルです.
2 同一の物体にはたらいている力は, 力の平行四辺形で合成できます.
3 力の合成は, 力の三角形や力の多角形でもできます.
4 合力がゼロになるときには, 力がつりあっているといいます.
5 一つの力を二つ以上の力に分解できます.
6 力の合成は一意的に決まります.
7 力の分解は一意的に決まりません. 力はやたらに分解しません.
8 いろいろなベクトル量があります.