50. 赤信号が青く見えたら―――ドップラー効果
[授業のねらい]
波源と観測者がお互いに運動しているときには,波の周波数が変わって観測されます。
音では,光では,水の波では,それはどのように観測されるでしょう。また,それはどのように利用されているでしょう。
[授業の展開]
≪問1≫ 救急車が近づいてくるとき警報音はどのように聞こえますか。
遠ざかっていくときには警報音はどのように聞こえますか。このとき,警報音はどうなるのでしょう。
救急車のほかに,このような音を聞いた経験がありますか。
≪問2≫ ボール投げで,ボールをより遠くに投げるには,走って来て投げるという方法があります。ここでは、走っている車から投げる場合を考えてみます。
(1)止まっているときに投げるボールの速さをv1,車の速さをv2とすると,車の方向に投げるときのボールの速さはいくらでしょう。(答えは二つ)
(2)v1,v2の方向が違っていたらどうでしょう。
≪問3≫ 走りながら陸上競技用のガンを鳴らしたら,信号(音)を速く伝えることができるでしょうか。
波は媒質中を伝わるので,その速さは波源の運動には関係ありません。そして,いちど放出された波は,波源とは独立して独自の方式で運動します。
(1)波源が静止しているときには,波源の振動数と波(波動)の振動数は同じです。(波源の振動数をn,観測者の受けとる振動数を,特に,ここでは周波数fと使い分けてみました)
(2)波源が運動しているときには,波源の振動数と,波の振動数は異なりますが,波の振動数は媒質が変わっても変わりません。振動数は波にとって本質的です。
(3)観測者(センサー)の受けとる周波数は,観測者の運動によっても変わります。
(4)波の速さVは,媒質によって変わります。このとき波長λが変わり,振動数nは変わりません。そして,v=nλ の関係があります。
≪問4≫ 音源Sが静止しているとき,振動数nの音源から出た波で, 単位時間に観測者O(の耳)を通過する波の数(周波数をfとしておきます)はいくらでしょう。図を見て考えなさい。
音源を音叉の形,観測者をψの形の「絵」を書くことにしました。波長の変化がわかるように誇張して書きました。だから,nの数は同じになっていません。
@ SもOも静止している。音速はV (図p233-1 図に@Aなどの説明も入っています)
A Sは静止,0がvでSに近づいてくる
B Sは静止,0がvでSから遠ざかっていく
≪問5≫ 音源Sが観測者Oに近づいたり,遠ざかったりするときについて,問4と同じことを考えなさい。
C Oは静止,SがvでOに近づいてくる。波長が短くなっています。(図p233-2)
D Oは静止,SがvでOから遠ざかっていく
(図p234-1)
≪問6≫ 上のそれぞれについて,風が吹いている場合を考えなさい。
E SからOへ風速wの風が吹いてくる場合の@
(図p234-2)
F Eの条件のC
≪問7≫ 音源が音速で観測者に近づいたらどんなことが起きるでしょうか。
音速を越えて近づいたらどんなことが起きるでしょうか。
“ARIGATO”という信号音が超音速でセンサーを通過したら,どのようなメッセージを受け取ることになるのでしょうか。
プロ野球のテレビ画面には,投手が投げる球速が数値で表示されます。この測定はマイクロウェーブを使ったドップラー効果で行われます。
(1)投手と捕手を結んだ線に近い方向にスピードガンを置きます。
(2)ピッチャーの投球に,この電波を発射します。
(3)反射した電波(エコー)の周波数を測定します。
(4)投射した電波の周波数との差がうなりとして検出されます。
(5)ドップラー効果の関係でスピードが計算されて表示されます。
パトカーが対向車のスピードをこのスピードガンで測定しています。
光も波ですから,発光体の速度が発光する光の周波数に関係します。星の光から出る元素のスペクトルが,本来の位置から赤い方へ移動していること(赤方変移)から,宇宙の後退速度が知られたというのは有名な話です。
≪問8≫ 次の笑い話に解説が要りますか。
赤信号の交差点を走り過ぎていった自動車がパトカーにつかまりました。
P 赤信号が見えなかったのかね。信号無視て減点です。
D 赤信号が青に見えてしまったので。
P スピード違反で減点です。ドップラー減点は2倍です。
≪実験1≫ 圧電ブザー(1個100円程度)に,0.3mくらいの紐をつけ,鳴らしておいて顔の前で水平に回すと,ウンウン聞こえます。
ハエが頭の上を飛んでいて,「うるさい」と思ったことはありませんか。
≪実験1≫は,そんな感じに聞こえませんか。
≪実験2≫圧電ブザーは直列にして鳴らすと,同じ高さの音がでます。これを2個直列にして,1m尺の両端に一つずつ結わえ,1m尺を回転台で回転させながら,その音を聞いてみましょう。
≪実験3≫ 圧電ブザーを2個直列にして鳴らし,両手に1個ずつ持って,顔の前後に互い違いに動かしてみましょう。2個一緒に動かしてみましょう。
ついでに,うなりの実験を紹介しておきます。
≪実験4≫ 圧電ブザーは,その振動数がわずかに異なるので,2個一緒に(並列で)鳴らすとうなりが聞こえます。ブサーの正面の穴を部分的に指で塞ぐと,振動数が変わるので,うなりの周期を変えることができます。
[まとめ]
1 波の速さは波源の速さに無関係です。
2 波源が観測者に近づくときには,観測者は高い周波数を観測します。
遠ざかるときには逆です。
3 観測者が波源に近づくときには,観測者は高い周波数を観測します。
遠ざかるときには逆です。
4 星の光のドップラー効果で宇宙の膨張が発見されました。
5 トップラー効果でスピードの測定ができます。
おわりに
この本は,一人の教師がいろいろな種類の学校で行ってきた物理(理科)の授業の断片を勝手気ままに記したものです。
“私は……”などと一人称のデスマス調べて書いたり,ブロークンな記述をしたりしましたが,それは,物理は本来そんなに「すましたもの」ではなく,生活に馴染んだ,親しみやすいものでありたいと思っているからです。
中に出てくる子どもの言葉の多くは,実際に子どもから聞いたものです。
子どもの考えていることは,いつでも教師のそれを越えています。そして,子どもの表現は,本質をずばっと射ていて見事なものです。子ども同士ではよく通じ合います。
物理をやさしく教えるためには,そして有効に使えるようにするためには,その本質を失わない範囲で,概念や法則をそのように鋳なおす作業が必要です。そのためには,それなりの教師の力量も必要ですが,それにも増して,誤解を恐れながら(?)も,思い切った言い方(主張も含めて)をすることか大切だと思っています。時には,ブツギヲカモス こともありますが。
書名は<100時間の授業>になっていますが,内容は≪100項目の授業≫になっています。その「1時間分の内容」を,実際に授業で展開するとなると,数時間はかかる場合もありそうです。
序文でも触れましたが,学校の置かれる条件が異なれば,展開される授業も異なるでしょうから,役だつ部分を利用してもらうという立場で,資料的な意味をも含めて書いてみました。
この本で紹介した内容の多くは,長いあいだに各地の多勢の方々から教えていただいたことなどです。どれをどこで,ということは定かではありませんが,日教組教育研究集会,科学教育研究協議会,民教連集会,各地の理科サークル,職場の先輩・同僚から多くのことを学びました。しかし,いちばん多くのことを教えてくれたのは,生徒諸君だったと思っています。
最後に,東京歯科大の林淳一さんから多くのアドバイスをいただいたことに感謝し,お礼を申し上げます。
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