理科実験を楽しむ会
もっぱら ものから まなぶ石井信也と赤城の仲間たち 
5. 床から受ける力は二つか−−−摩擦力



[授業のねらい]

摩擦力という言葉は日常語として定着していますが, それがれっきとした力であり,
したがって, それには反作用もあるし, ものを変形させたり, 変速させたりするはたらきもあるということについては, 確認したいものです.



[授業の展開]

実験の用意. 適当な大きさの板に半円分度器を図のようにとりつけ, その中心にまち針をさして, それにおもりのついた糸を下げます. 別に木のブロックをたくさん用意して
, その重さをマジックインクで書き込んでおきます. ブロックの切り口に糸をつけておきます. これを摩擦実験器と呼びます.                      
        (図p28)

≪実験1≫ 水平に置いた摩擦実験器に50gのブロックを載せて, ばね秤で横に引くと,
何グラムの力でブロックは動き出すでしょう. 摩擦力は微妙なので注意深く操作しましょう.

ばね秤の針は 13g, 14gと上がっていきますが, 摩擦力はまだ「がんばって」います.摩擦力はつきあいがいいのですが 15g, 16g, ついにつきあいきれなくなって,ブロックは動きま
した. 摩擦力には調節機能があるのです.

多くの生徒が 動きだす力=重さ+摩擦 と考えているので, この結果について,
初めは意外に感じますが, 日常の経験を思い起こして “そういえばそうだ”と納得します. この動き出すときの摩擦力の大きさを最大摩擦力ということを教えます.

≪実験2≫ ブロックの上に別のブロックを乗せて最大摩擦力を測定し, 重さと最大摩擦力の関係をグラフにしなさい.

上に乗せるものはブロックでなくてもよいということを確認しておきます. 摩擦は接触している物体の面の問題なので“上に乗せればなんでもブロック” といういい方をしてみましょう.

ここで, グラフの書き方を教えておきましょう.

1 グラフにはタイトル, 両軸の表す量とその単位, 書いた日時(できれば天候), 作成者名を明記します.

2 班の一人一人がやった実験のデータを全部グラフにプロットします.

3 グラフは点の配列の傾向をみるものです. 直線だと判断できたら, 明らかにおかしいと思われる点を除いて, 他のすべての点に気兼ねしながら, その中間を「縫って」, ズバッと
直線を引きます.

4 直線が原点を通るかを吟味します.

5 ブロックの重さをW, 最大摩擦力をf, 比例定数(静摩擦係数)をμとすると,

f=W・μ という関係が, グラフからみつかります. μを摩擦係数(すべり静摩擦係数)と呼びます.

摩擦係数がたとえば 0.3 だとしたら “重さの3割の力で動き出す”といわせたいものです. “摩擦係数は打率なみ” といういい方はどうでしょうか.

≪実験3≫ ブロックを載せた板を傾けていって, ブロックが滑りだす角を測りなさい.

摩擦実験器とブロックの向きは前の実験と同じ, ブロックを置く位置も同じにします. 木目の向きや表面の状態で, 摩擦力の大きさが異なるからです. 班のみんなが実験
して,その平均値を出します. この角を摩擦角といいます.

《実験4》ブロックの重さを変えたら摩擦角はどなるでしょう.

ここでも, 班で話し合ってから実験します. 重さを変えるときには, ブロックの上にブロックを重ねて, セロテープで軽くとめます.

ここで摩擦角に関して 2, 3のコメントをしておきます.

1 摩擦角は微細に考察すれば, 板とブロックの面のささくれだっているところが,
お互いにくいこんでブレイキをかけていると考えられるので, 摩擦力に関係するのは,
その重さWよりも摩擦力に垂直にはたらく力Nの方がよさそうに思われます.

2 このように仮定すると, 摩擦角がブロックの重さに関係しないことが導かれます.
つまり, 摩擦角をθとすると f=W・sinθ  N=W・cosθ  f=μN から μ=tanθ

3 最大摩擦力は面の状態が同じなら, 面の大きさに関係しないことが知られています. このことは, 斜面でブロックを滑らせるとき, ブロックを上に重ねることと, ブ
ロックを横に並べることは, 同じことだということからもわかります.(注:面の大きさに関係するという主張もあります)

4 ブロックが板から受ける力は, ただ一つの抗力があるだけで, これを, 抵抗力(摩擦力)と垂直抗力とに分けて考えたのだか, 当然のことながら, fにかかわるのはNであって, Wではありま
せん.

垂直抗力のように, 接触しているものから垂直に受ける力は考え易いのですが, 平行に受ける摩擦力は考えにくいようです. 生徒の一人が, 図のような               
                      (図p30-1)

摩擦力のメカニズムを提案しました. 摩擦力のメカニズムについては, 現在では融着説が主流ですが, このバリケード説もかなりのものです. このモデルは重いものほど沈み込み
が大きくて動きにくくなるという摩擦力をうまく表現しているし, 摩擦力が物体と床との相互作用だということも見えるということです. 摩擦力は物体にはたらきますが, 床にもはたらきます.

さらに, このモデルは, 摩擦力はいつでも弱い方の力に味方するようにはたらくことの理解にも役立つように思います.

≪問1≫ これまでの実験で, 摩擦力はどこにはたらいていたと思いますか.

“この期に及んで…“ という感じはありますが, 聞いてみましょう. 生徒の答えは次のように分かれます. (1)ブロック, (2)板, (3)ブロックと板のあいだ, (4)ブロックと板の両
方.

正解は(4)です. このことを確認したうえで, そのような意味で(3)を選択した者も正解とします. 摩擦力も力なので, 当然のことながら作用反作用があります. 板とブロック
が摩擦力を及ぼし合っているのです. だから, 摩擦力は摩擦実験器にもはたらき, ブロックにもはたらきます. “力は××と××とのあいだにはたらく”という<関係>のようなもの
ではありません.

≪実験5≫ 最大摩擦力が垂直抗力の関数だとすると, 面に垂直な力を物体に加減することで, 最大摩擦力を変化させることができます. 装置を考えて実験しなさい.

P 小さなプロペラをつけたら.(ヘリコプターのように)                         (図p30-2)    

P だったら, ブローアーで空気を吹きつける.

P 糸で引っ張るのはだめか.(物体に垂直に)

P 物体に磁石を貼りつけて, 別の磁石で引いたり押したりする.

P それなら磁石そのもので実験すればいいさ.

P 押す方はいいけれど, 引く方は磁石がついてきちゃうんじゃないか.

P 台の下から近づければいい.

P 木が邪魔しない?

  小さなドーナツ形のフェライト磁石をたくさん用意して遊ばせます.

 最後は定量実験です.

1 外径4.0cm, 内径2.2cm, 厚さ0.8cmのドーナッツ形フェライト磁石を使って, 摩擦実験装置で摩擦角を測ったら 24゜ でした.μ=tan24=0.45

2 木のブロックをあいだに入れて 3.5cm の距離で別の同じ磁石を下から近づけて垂直抗力を増やしておいて, 磁石の滑りだす角を測ったら 36゜でした.

3 同じやり方で, 垂直抗力を減らしておいて(下の磁石をひっくりかえして)測ったら, 磁石の滑りだす角度は 16゜でした.

4 台秤で磁石の重さを測ったら秤の目盛りは36gでした. ブロックを隔てて,上から別の磁石を3.5cm に近づけると, 押した場合には 18g増, 引いた場合には18g減となりました.

5 これからつぎの式が成立するかどうか計算をしました.

2の場合 36sin36≒(36cos36+18)×0.45 左辺=21.2 右辺=21.2

3の場合 36sin16≒(36cos16―18)×0.45 左辺=9.9 右辺=7.5

 ≪実験6≫ 最大摩擦角が垂直抗力に正比例するのなら, 押し相撲の勝負は体重で決まります. 同じくらいの体重の二人の生徒を選び, そのうちの一人に砂を詰めて重くした
リュックサックを背負わせ, 二人に押し相撲をさせます. ただし, 危ないので引き技はなしにします.

≪実験7≫ 2台のヘルスメーターを用意し, それぞれに一人ずつの生徒を載せて体重を測ります. 次に, その状態で二人を四つに組ませ, 一方が下手(シタテ)       
                             (図p31)

になるように組ませます. それぞれのヘルスメーターの目盛りをよみます. どのようなことがいえますか.

≪問2≫ 狭くて垂直な岩の割れ目(チムニーといいます)を, 摩擦を利用してよじ登るロッククライミングの技法があります. 主に背中と膝を使うので<バック・アンド・ニー>といいます.
この人にはたらく力のつりあいについて論じなさい.

≪実験8≫ 木登り人形という玩具があります. 糸(たこいとがよい)を交互に引くと人形は糸を登っていきます. 絵を見て作ってみましょう. 形は人形でなくてもよいし, 材料は木
でなくてもよいのです. 遊びながら原理を考えてみましょう. (図p32)

これまでに述べてきたものは, 固体の滑り摩擦です. 固体の転がり摩擦については省略しますが, 後者の摩擦係数は前者のそれの2桁も3桁も, ときには更に小さいのです.

表紙をプラ加工した本の上で, 円い鉛筆と六角の鉛筆を置いて, 本の一端を高くしてみました. 表紙の一方の長さは 22cm, 円い鉛筆は高さ 4mmで転がり, 六角の鉛筆は高さ
8cmで滑りました. 摩擦係数は, 前者は μ=0.4/22=0.002 後者は μ=8/22=0.4
ざっとこんなものです.

次に, 動摩擦力と流体抵抗についても簡単に触れておきましょう. 静止摩擦力に関するつりあいが破れて物体の運動が始まると, 摩擦力は減って一定になります. これを動摩擦力といいます
. 動摩擦力は速度に関せず一定です.(注:これにも異論があるといいます. p.22の注)

流体には, 静止摩擦力に相当するものは存在しません. したがって, 物体にはどんなに小さい力でもはたらけば運動が始まります. “どんなに大きい汽船でも, 君が埠頭に立って, それに寄り
かかっていれば, やがて動き出してしまう” という言明には魅力があります.

固体の摩擦が最大値をもつように, ある値を境にして量から質の変化が起きるような場合があります.そのようなとき, この変化にはしきい値(閾値)があるといいます.

 流体の摩擦力は, ふつう抵抗力または抗力といって(こちらが抗力の本家です)物体の速度が大きくなると, 流体抵抗は急激に大きくなります.

≪問3≫ 日常生活で摩擦力に関係する事柄をあげなさい.

物理の概念や法則を習ったら, <その目>で自分の周囲を眺めまわして, 自然や社会をより広く, より深く理解できるようにならなくてはなりません. そのような意味で, 毎
回, このような視点を授業の中に入れたいものです.

防災用の救急袋(脱出シュート)の構造について考えてみましょう.

自動車のタイヤのトレッドの溝が浅くなる(極端な場合にはなくなる)と, スリップしやすくなるという説は, 物体にはたらく摩擦力が面の大きさに関係しないという法則に反します
. 土や雪の上を走る場合には, タイヤは土や雪にめり込むので, この溝が有効にはたらくのでしょうが, アスファルトやコンクリート道路では関係ないかもしれません. ただし,
後者の場合には, トレッドがなくなったことによる, 放熱効果の減少や, 高速度走行に必要な力学的強さの減少が問題になるのでしょう. F1レースの車のタイヤには溝がないものもあります.

天候による, 自動車競技におけるタイヤの選択, スキー競技におけるワックスの選択, マラソン競技における靴の選択などは, 競技の成果に大きな影響を与えるようです
. 摩擦力は微妙なものなのです.

地球は重力と摩擦力が支配する世界です. どんなものにも摩擦力がはたらいて, 運動しているものは, アッというまに止まってしまいます. だから,静止がものの本姓だと考え
てしまうのはやむを得ないことなのでしょう. しかし逆に, すこしくらいの力ではものは動き出さないので, 世界が安定しているということも忘れることはできません.



 [まとめ]

1 最大摩擦力は垂直抗力に比例します.

2 摩擦力と垂直抗力は抗力の分力です.

3 運動摩擦力は物体の速さに関係ありません.

4 流体には静止摩擦はありません. だから, どんな小さな力がはたらいても物体(液体に浮いている物体)は運動を始めます.

5 摩擦力にも作用反作用があります.

6 摩擦力はいつでも外力に逆らうようにはたらきます.

7 「摩擦力のめがね」をかけて, 周囲を眺めてみましょう.
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石井信也
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