41.世の中は生ぬるくなっていく−−−エネルギーの量と質
[授業のねらい]
エントロピーが増大するのは自然の原理です。これをミクロの立場で検討します。また,エントロピーとエネルギーとの関係の理解を深めて,エネルギーの量は保存されるが,質は悪くなることを学びます。
[授業の展開]
≪問1≫ 断熱材の容器の中央に金属の隔壁を設け,片方に40℃の水を,他方に同量の0℃の水を入れて放置しておきます。どうなるでしょう。
やがて,両方とも20℃の水になります。
原子論的には,速度の異なる水の分子が,隔壁の金属の原子の振動を介してお互いに速度交換をするので,隔壁を外してしまっても,本質的には変わりません。もし逆なことが起きたら,冬季,学校のプールを真ん中て区切って放置しておけは,半分は0℃のスケートリンクに,半分は40℃の「温泉」プールに使えます。
≪実験1≫ 浅くて四角い盆の中央に線を引き,その一方に黒の碁石を,他方に白の碁石をそれそれ5個ずつ置きます。盆を静かに揺すり続けると碁石はどうなるでしょう。
碁石はまもなく混ざり合って,盆の全体に等しく広がるでしょう。いくらかは<ゆらぎ>(偏り)があるかもしれませんが,線の両側に黒白5個ずつ入るケースが多いと思われます。片方に黒だけが,他方に白だけが入ることはほとんど期待できません。
≪問2≫ 黒白5個ずつの碁石をつかんで,この盆の中に投げ込みます。線の両側に黒5個,白5個が分かれている確率を計算しなさい。
実際には,碁石が半分ずつ入ることはないかもしれないので,目をつむって選んだ5個が左側に入ったものとします。以下,線の左側に入る碁石について考えます。その場合の数は,
黒5白0 5C5× 5C0=1×1=1
黒4白1 5C4× 5C1=5×5=25
黒3白2 5C3×5C2=10×10=100
黒2白3 5C2×5C3=10×10=100
黒1白4 5C1×5C4=5×5=25
黒O白5 5C0×5C 5=1×1=1
全体で 10 C5=10 !/(5!・5!)=252
≪実験2≫ 各班に黒5個,白5個の碁石を配って,そのうちから任意に5個を選び,黒白の個数を記録します。 各班て30〜40回くらいトライして,クラス全体での試行回数を252とし,上の数と比較してみましょう。
わずか5個ずつの碁石でも一方が黒だけ,あるいは白だけになる確率は1/252です。 20℃の2molの水分子が,自然に40℃の水1molと0℃の水1molに分かれる確率は絶望的に小さいのてすが,0ではありません。
気密な容器の中の1molの空気分子が,容器の左半分に集まって,右半分が真空になる確率も,ほほ同じように考えられます。分子不在の「空席」が右半分に集まったと思えはよいのです。ただし,分子の確率計算には碁石のようにはいかない特殊な事情があります。
温度の高い1個の分子の運動が,温度の低い(理想的には0Kの)分子に配分されていく様子は,玉突きのモデルでみることができます。
玉突きの台にたくさんの球を置いておきます。静止しているのは0K(絶対零度)のつもりです。ここに,他の一つの球を速いスピートて突き入れま
す。衝突が重ねられて(分子なので摩擦によって運動が止むことはない)運動は他の球に分け与えられていきます。
この逆のことは起こりにくいのです。上の実験のある時点で,球全体の運動をストヅプさせ,すべての球の速度ベクトルを逆にして運動を再開させると,運動はすっかり逆をたどって,はじめの状態にもどるはずです。順行の場合は,どのようにしても運動は分散されますか,逆行の場合には,どれか一つの球の運動がほんのすこし変わっても運動は集中されないので,はじめの状態には戻りません。
温度の高い物体から温度の低い物体へ熱運動が伝わっていったり,狭い空間にあった物体がより広い空間へ広がっていったりする理由と機構は,およそこのようなものと考えられます。
エネルギーの特徴はその保存性と転化性です。エネルギーの量的関係は熱力学の第一法則で表現され,転化の方向性は熱力学の第二法則て表現されています。
≪問3≫ エネルギーにはどのような形態があるかをいいなさい。
力学的エネルギー(重力の位置エネルギー,ばねの弾性エネルギー,運動エネルギー),熱エネルキー,電磁気的エネルギー,光のエネルギー,化学エネルギー(有機物,金属),原子力エネルギー,…
種々のエネルギーがあるなかで,熱エネルギーは特殊です。熱エネルギー以外のエネルギーは互いに,ほとんと100%に近い変換率て転化され,また熱エネルギーヘは100%で転化されます。しかし,熱エネルギーを他のエネルギーに変える場合には,必ずその一部は転化されないままに残ってしまいます。
いま学習している熱機関では,作業物質は“外界から熱をもらって外界に仕事をする”という形でエネルギーの変換をするので,これを“熱を仕事に変える”と略称します。そのあと,この仕事を使っていろいろなタイプのエネルギーを「つくる」ことになります。たとえは,電気エネルギーをつくったりします。
≪問4≫ カルノー機関で,気体が断熱的にピストンを押して外部に仕事をすると,気体の温度が下がって内部エネルギーが減ることを,分子論的に説明しなさい。
分子は完全弾性体と考えられるので,静止しているシリソダーやピストンの壁に衝突しても速さの垂直成分は変わりません。しかし,衝突してピストンを外に動かすときには,その分ずっこけて,はね返ったときの垂直成分の速さは小さくなります。ちょうど,“野球のバッターがバントをしたので,球が失速して転がったのに似ています。気体が外部から仕事をされる場合はそれとは逆で,衝突て突き飛ばされた分子は速さの垂直成分が大きくなります。“野球でいえば,バッターは強振してヒットした”ようなものです。
分子の熱運動は,その方向が乱雑なので,その運動の全体を,衝突によってピストンの整然とした分子(原子)の運動に転化することはできません。逆にピストンの分子の整然とした運動は,衝突によって,気体の分子に整然とした運動を付加することができますが,気体分子同士の衝突はたちまちにしてそれを分子全体の乱雑な運動として分配してしまいます。
≪問5≫ トムソンという物理学者は“高温部分の熱は集中された熱で,低温部分の熱は散逸された熱である”と考えました。その意味をいいなさい。
物体から,同じ量の熱を引き出して利用しようとするときには,温度が高い熱源T1から得た熱量Qはエントロピーsが小さく(s=Q/T1),温度が低い熱源T2から得た熱Qはエントロピーが大きい(s=Q/T2)ことになります。
集中と散逸をエントロピーが小さい,大きいといってもいいのでしょう。
熱機関では,高熱源の温度が高い方が熱効率が高いことを学びました。
他のエネルギーに比較して,利用価値が「低い」といわれる熱エネルギーのなかでは,温度の高い熱エネルギーの方が,温度の低い熱エネルギーよりは利用価値が高いのです。
熱エネルギーは放置しておくと温度が平均化されて,利用価値が低くなってしまいます。エネルギーは保存されますが,その質は低くなっていく傾向にあります。これが熱力学の第二法則の内容です。
≪問6≫“電気エネルギーを暖房に使うのはもったいない限りです”ということについてコメントしなさい。
電気のエネルギーは質のよいエネルギーです。電子の集団がみな同じ方向に向かって運動しているというエントロピーの凝縮状態が,その質のよさを保証しています。これを暖房として,一気に<生ぬるい熱>エネルギーにしてしまうのは,なんとしても芸のないことです。もし,たとえば,このエネルギーてモーターを回して木を削って木工品をつくったとしても,そのエネルギーのほとんどが,最後には熱エネルギーになって部屋を温めることになります。
≪問7≫ 太陽のエネルギーの質について述べなさい。
同量のエネルキーを比較すれば,力学的エネルギーや「電気的」エネルギーはエントロピーの小さい優れたエネルギーです。
内部エネルギー(熱エネルギー)は,これらに比べれは質の点て劣っていますが,そのなかでは,高温の内部エネルキーは低温のそれよりも勝っています。というのは,その内部エネルギーを仕事に変換するときには,前者(高温)からは,より多くの仕事がとり出せるからでした。
太陽は多量のエネルギーを地球に供給しています。
太陽の6000Kの「熱」エネルギーは,6000 K の「高温の」光エネルギーに姿を変えて地球にやってきて,ふたたび「熱」エネルギーに変換されていきます。
地球の歴史の過程において,この光が地球上て「熱」に変換されるまえに(いちど熱に変換されてしまうと,ガクッと質が落ちてしまいますから),光のエネルギーを直接に原子のあいだに組み込んで特殊な化学物質をつくる植物が生まれました。この高エネルギー,低エントロピーの優れた有機物を元手にして仕事と情報を生み出し,秩序を再生産させている物質系が生物だといえましょう。
エントロピーが低いことは,エネルギー密度が大きくて,そこから高い温度が得られるということを意味しています。生物がつくった有機物は食品になったり燃料になったりして,地上で「太陽の再燃」をさせています。このようにして,太陽から来た高温の光は直接,間接に地球を温め,そして最後には,低温の赤外線になって,再度宇宙空間へ旅出っていきます。太陽の光は気まぐれに(?)立ち寄った地球という星に文化を創って立ち去ったということになります。(地球には,それなりの条件はありましたが)
≪問8≫ 地球のエネルギー収支とエントロピー収支はどうなっていますか。
地球の太陽由来のエネルギー収支は±0です。6000 K の光エネルギーの収入は,300Kの光エネルギーの支出で±0になります。
エントロピーの方は極端に赤宇です。6000Kの小さなエントロピーの収入は,300Kの大きなエントロピーとして支出されます。そしてその差,つまりエントロピーの減少が地球上に秩序をつくるのです。電力量にしても有機物にしても,そこからは「高温の熱エネルギー」をとり出せるのですから,エントロピーが小さいエネルギーだといえます。それらの、例えば澱粉の、温度的評価は「無限大」といってもよいでしょう。
人間も地球に似ています。エネルギー収支は±0です。そうでないと,太ってしまいます。エントロピー収支はマイナスです。エントロピーの小さい食品を取り入れ,エントロピーの大きい体温の熱で放出しています。人間はエントロピーの小さいエネルギーを取り入れ,エントロピーの大きいエネルギーを吐き出して生きているのです。
≪問9≫ エネルギーのこの傾向をコピーライター風に表現しなさい。
熱はエネルギーの墓場です。しかし,この墓場からフェニツクスがよみがえります(熟機関)。<熱い熱>と<冷たい熟>は<生ぬるい熟>になっていく。 エネルギーには量と質がある。量に関しては第一則が,質に関しては第二則が。濃縮な宇宙から希薄な宇宙へ。 太陽の光が人間を創った。
≪実験3≫ <エントロピー>というテーマでビテオ作品をつくりなさい。
[まとめ]
1 エネルギーには量と質があります。
2 エネルギーの量は保存されても質は悪化していきます。
3「高温の熱」は「低温の熱」よりも利用価値が高いといえます。
4 エネルギーや物質が集中している状態はエントロピーが小さく,散逸している状態はエントロピーが大きいといえます。
5 自然の状態がエントロピーの大きい状態へ移行するのは,そうなる確率が高いからてす。
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石井信也 |