38. 熱を温度の高いところへ上げる−−−熱効率
[授業のねらい]
仕事は100%熱(内部エネルギー)に変えることがてきますが,熱を仕事に変えるときにはそうはいきません。その変換の割合を熱効率といいます。
熱効率はなにによって決まるのでしょう。
[授業の展開]
≪問1≫ p-V グラフの面積はなにを表しますか。
(図p176-1)
p-V グラフの面積の大きさは仕事量 p×V を表します。
pN/m^2×Vm^3=(pN/m^2×Sm^2)×(Vm^3/Sm^2)=fN×sm=WJ
気体が外部に仕事をした場合についていえば,Sはピストンの断面積,sはピストンの移動距離,fはピストンが外部の負荷を押す力,Wはピストン(作業物質)がした仕事を表します。したがって,グラフの下の面積は作業物質がしたり,されたりした仕事を表します。グラフにピストンの位置を図のようこ対置させると,グラフの面積にも正負の符号が決まります。
これまでにも,運動に関する v-t グラフの面積が s を(v速さ,t時間,s距離),ばねの変形に関する f-x グラフの面積が W を(f力,x距離,W仕事)表すことを学びました。この関係はこれから後も利用します。
≪問2≫ このサイクルにおける二つの断熱線の下の面積は等しいことを示しなさい。
(図p176-2)
等温過程では作業物質の内部エネルギーは変化しません。気体の内部エネルギーは温度だけて決まるからです。
断熱膨張過程で作業物質が外部にした仕事は,作業物質の内部エネルギ−でまかなわれました。断熱圧縮過程で外から作業物質にされた仕事は作業物質の内部エネルギーとして蓄えられました。
この熱機関がサイクルを完了したとき,作業物質はもとの状態に戻っています。これらのことから,二つの断熱線の下の面積は等しいことがわかります。
断熱膨張過程で作業物質が外部にした仕事をW12,断熱圧縮過程で作業物質が外部からされた仕事をW21とすると,W12=W21(記号で表された量はプラスとします)
≪問3≫ 断熱変化ては pV^γ=c です。 TV^(γ−1)=c’ であることをいいなさい。
pV^γ=c また pV=RT ∴ pV^γ/pV=c/RT V^(γ−1)=c’/T
(c’=c/R) TV^(γ−1)=c’
これからまた
T1Vb^(γ−1)=T2Vd^(γ−1) T1Va^(γ−1)=T2Vc^(γ−1)
∴ Vb/Va=Vd/Vc もいえます。
≪問4≫ 等温膨張過程で作業物質が外部にした仕事W1,等温圧縮過程で作業物質が外部からされた仕事W2はそれぞれどうなりますか。
等温線の下の面積を計算すると,
Q1=∫ab pdV=∫RT1/V・dV=RT1ln(Vb/Va)=W1 (積分範囲はaからbまで)
Q2=∫cd pdV=∫RT2/V・dV=RT2ln(Vd/Vc)=W2 (積分範囲はcからdまで)
≪問5≫ このサイクルで Q1/T1=Q2/T2 であることをいいなさい。
Q1/Q2=[RT1ln(Vb/Va)]÷[RT2ln(Vd/Vc)]=RT1/RT2=T1/T2
≪問6≫ 2本の等温線と2本の断熟線でかこまれた「四角」な図形が表す面積は,この作業物質が1サイクルで外部にした実質的な仕事の量を表していることを説明しなさい。
(図p177)
作業物質が外部にした仕事は, Q1+W12=W1+W12
作業物質が外部からされた仕事は, Q2+W21=W2+W21
差し引き W1−W2=Q1−Q2 図の「四角形」がこの値を示しています。
外部のもの―あるいは力が作業物質にする仕事は,だれがやってもよいのです。作業物質が外部にする仕事の一部ではずみ車を回して,それで(3)(4)の圧縮過程を動かしてもよいのです。つまり,「稼ぎ」の一部を使うのです。
このサイクルでは,断熱過程における仕事の出入りは等しいので,結局は,高熱源から吸収した熱量と,低熱源へ放出した熱量の差が仕事に変換されたことになります。
≪問3≫〜≪問6≫は数式が入り込んで,少々煩わしい感じがするので,以下の扱いで,これを省略してもよいでしょう。
≪問2≫でまとめたように,断熱変化の部分の仕事の出入りは ±0 です。
なぜらなば,同一の作業物質が同じ温度差で作業するからです。
W(=W12=W21)=△U=3/2R△T
≪問6≫でまとめたように,作業物質がする正味の仕事は
W=(W1+W12)−(W2+W21)=W1− W2=Q1−Q2
“等温過程で作業物質に出入りする熱量は熱源の温度に比例する”ことは直観的にも考えられそうです。その条件では,高熱源の温度をT1,低熱源のそれをT2とすると,
W=Q1−Q2=cT1−cT2=c(T1−T2 ) W1/W2=Q1/Q2=T1/T2
作業物質が外へ仕事をするときにはその温度が高く,したがって圧力も大きいので仕事量が大きく,作業物質が外から仕事をされるときには,その温度が低く,圧力が小さいので仕事量が小さく,その差が利用されるのてす。
次のような重労働者の話はいかがでしょうか。作業物質を重労働者にたとえます。ピラミッド建築の石材運搬人を想定しても結構です。
(1)の過程:彼は石を運ぶ作業に従事していて,労働に対する報酬(W1)
はすべて食費(Q1)として支出してしまいます。そうでもしないと力が出せないので仕事になりません。体重を保持する(T1)ためには仕方がないのです。
(2)の過程:でも,やがて失業することはわかっているので,運搬の仕事が終わりに近づくと,食事を抜いて,その収入(W12)をそっくり貯金しておきます。
当然ながら,体重が減って(T2)しまいました。
(3)の過程:失業のあいだは失業保険(W2)で食いつなぎ(Q2)ましたが,最低生活で,体重(T2)は増えようはずもありません。
(4)の過程:やがて,次の仕事か得られることになりました。貯金(W12)を引き出して,十分な食事をとり(W21)ました。体重も増えてもとに戻った(T1)ので,いよいよ次の仕事が始まります。
労働者は,食って(Q),働いて(W),富をつくっているのですが,実はは食うために働いているのですね。
≪問7≫ この熱機関の熱効率をいいなさい。
この機関が1サイクルすると高熱源からQ1の熱量を取り入れ,低熱源 へQ2の熱量を捨てて,その差 Q1−Q2 を有効に仕事に変換しました。
したがって,熱効率は(Q1−Q2)/Q1=(T1−T2)/T1
≪問8≫ この熱機関を逆にはたらかせたらどうなるてしょう。
(1)はじめ温度がT1であった作業物質はその内部エネルギーを使って外部へW12の仕事をします。気体はその分温度か下がります。断熱膨張過程です。
(2)温度がT2になった作業物質は低熱源T2からQ2の熱を吸収して外部へ仕事をします。等温膨張過程です。
(3)次に,断熱的に外から作業物質にW21の仕事をして温度をT1に上げます。断熱圧縮過程です。
(4)最後に,外からW1の仕事を作業物質にして,内部エネルギーが増加しないように,その分だけ高熱源T1へ熱Q1を送り込みます。等温圧縮過程です。
このサイクルで,この機関は外から仕事をもらって,低熱源から高熱源へ熱量を汲み上げたことになります。いわは,冷蔵庫のようなものです。
カルノー機関では p-V グラフを左回りに回転させる運動も可能です。
≪問9≫ カルノー機関の特徴は,機関をそっくり逆に動かすことが可能だということですが,その秘密はどこにあるのでしょうか。
カルノーサイクルの等温過程では,同じ温度の熱源と作業物質のあいだで熱の移動を起こさせるのが秘密の鍵です。以後,等温膨張過程で話を進めることにします。
熱とは,温度差のある物質のあいだを,高温物質から低温物質へ移動していくエネルギーの伝導方式をいい,これを熱伝導ともいいます。熱が自然に(おのずから),低温物質から高温物質へ移動することはありません。
では同温の物質のあいだではどうでしょうか。“温度差がなくても物体の体積や形の変化が行われれば,熱は移動できる”ことを「省察」したのはカルノーでした。“熱は温度差のあるところを何事もなく移動するか,温度差のないところを仕事をしながら移動する”(熱素的な考えを反映していますが)ことを見抜いたのでした。彼がこれをもとにして構想した,最大の効率をもつ理想的な熱機関がカルノー機関です。
カルノーサイクルの等温膨張過程では,高熱源と作業物質は同温なので,”熱は伝導しますが熱伝導は行われません”これを実現するためには,温度差ができないように,膨張過程をゆっくりと行わせる必要があります。これを準静的過程といいます。この過程は可逆ですが,一度温度差があるところで熱伝導が行われてしまうと,もう逆向きの(もとの状態に戻す)変化を起こすことはできなくなってしまいます。
見方を変えれば,カルノーサイクルのこの過程では,高熱源から入り込んた熱運動は,すっかりそのまま「作業物質を通過して」外へ仕事として出ていってしまったことになります。高熱源から入り込んだ乱雑な熱運動は,作業物質を媒介して,ピストンの整然とした力学的運動に変貌したのてす。この逆の,仕事から熱への変化(熱の発生)は,どこにでも見られる変化です。
≪問10≫ カルノー機関は熱効率が最大であることを説明しなさい。
もしカルノー機関より高能率の機関があったとして,これをスーパーカルノー機関と呼ぶことにします。カルノー機関は高熱源からQ1’の熱を取り入れ,低熱源へQ2’の熱を捨て去って,その差Q1’−Q2’=W’の仕事をします。
(図p180)
スーパーカルノー機関は高熱源からQ1”の熱を取り入れ,低熱源へQ2”の熱を捨て去って,その差 Q1”−Q2”=W の仕事をします。スーパーカルノー機関て得たW”の仕事を使ってカルノーサイクルを逆運転すれは,スーパーカルノー機関が低熱源に捨てたQ2”の熱より多くの熱を,低熱源から高熱源へ汲み上げることができます。スーパーカルノー機関で得た仕事は全部使ってしまいました。残った事柄は Q2’−Q2”の熱が低熱源から高熱源へ運ばれたということだけです。
上の例を具体的な数値で考えてみます。
カルノー機関を T1’=1100 K と T2’=660K のあいたではたらかせた(数値が見やすいように温度を決めてあります)とすると,
Q1’=110 Q2’=66 W’=44
η’=(1100−660)÷1100=0.40 (1)
スーパーカルノー機関の熱効率を0.44と仮定して,上と同じ温度のあいだではたらかせたとすると,
Q1”=100 Q2”=56 W”=44
η”= (100−56)÷100=0.44 (2)
(ただし,スーパーカルノー機関の熱効率については,η=(T1−T2)/T1 の関係は成り立たないのでしょう。
(2)のスーパーカルノー機関を順行運転させたあとで,その仕事W’を使って(1)のカルノー機関を逆行運転させると,この二つのサイクルの結果,低熱源(660K)から高熱源(1100 K)へ △Q=66−56=110−100=10
の熱が運ばれたことになります。仕事はすっかり使われてしまっているので“何も他の変化を残さずに熱が低温物体から高温物体に移った”ことになって熱力学の第二法則に反します。
このようなことがあるわけはありません。可逆機関であるカルノー機関より効率の高いスーパーカルノー機関があると仮定したことが不合理であったのです。カルノー機関の熱効率が最大なのです。
[まとめ]
1 熱は温度差のあるところを何事もなく移動するか,温度差のないところを仕事をしながら 移動します。
2 熱伝導は可逆ではありません。
3 高熱源から得た熱の一部を低熱源へ捨てて,その差を仕事に変える機関を熱機関といいます。
4 カルノー機関は可逆機関で熱効率は最大です。
5 温度T1,T2の間ではたらくカルノー機関の熱効率は (T1−T2)/T1 です。
6 熱機関が1サイクルしたときの p-V グラフの面積は,この機関が外部にした仕事の量を表します。
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石井信也 |