32. 熱の伝わり方にはいろいろあるか?−−−熱伝導
 
[授業のねらい]
日常使われている言葉と,学術的に限定して使われる言葉(テクニカル・タームス)とでは,意味が違っていることがよくあります。熱という言葉もその一つてす。ここでは,熱エネルギーがものからものへ,どのように移動していくかを調べます。
 
 [授業の展開]
 まず初めに熱の定義を述べておきます。つぎの記述は『岩波理化学辞典』第3版のものです。
「温度が異なる2つの物体か接触するとき,高い温度の物体から低い温度の物体に移動するエネルギーを熱という。与えられた熱はその物体の内部エネルギーの増加分となるが,一般には内部工ネルギーの変化は熱の移動という形ばかりでなく,外部に対する仕事としても,また物質の出入りによっても起こるから,熱という概念は,エネルギーの移動の過程について定義されるもので,物体の状態そのものについて定まる概念ではない。
すなわち昔の熱素説(カロリック説)のように内部エネルギーと混同して物体の中に含まれる熱を考えることは,特別な条件を付さない限り厳密で はない。熱を与えることと同じ効果を機械的仕事によって生じさせることができる事実は,熱と仕事の同等性として熱力学第一法則の基礎になった。
 (中略)なお,内部エネルギーのうち,熱運動のエネルギーを熱エネルキーと呼ぶこともある」
≪問1≫ 熱の伝わり方として,伝導・対流・放射の三つを習った人は多いと思われますが,熱に関する上の定義とどうかかわりますか。
対流というのは物質の移動(によるエネルギーの移動)ですし,放射というのは電磁波によるエネルギーの移動です。熱の伝わりは,「正しくは」伝導だけてす。
 ≪問2≫ 熱という言葉を物理的に正しく使っているのはどれでしょう。
 (1)今日は熱があるので,からだがだるい。
 (2)酸と塩基を中和させると発熱する。
 (3)太陽の熱を吸収して,春山の雪が融けだした。
 (4)湯たんぽの湯は多くの熱を保有している。
 (5)氷に手を触れていると冷たさが伝わってくる。
 (6)熱は温度の原因である。
 答えは物理的にいえは,全部<間違っている>,または<不完全>です。
日常語としての熱は,(6)のように考えられ,使われています。“熱があるから熱くなる” “heatによってhotになる”とするのは,日本でも外国でも同じことです。
 物理でいう熱は,上の定義のように,接触しているものからものヘエネルギーが伝わっていくことですから,熱は物体がもっているものでもなく,発生したり消滅したりするものでもありません。熱はエネルギーの移動の形式なのです。
 ただし,上述の『岩波理化学辞典』の記述の最後の部分は注意を要します。それは,“内部エネルギーのうち,熱運動のエネルギーを熱エネルギーと呼ぶこともある”というくだりてす。この記述は同書の増訂版(第3版以前の版)にはありません。
 高い所から落ちてきた物体は地面に衝突するまえには運動エネルギーをもっています。これをミクロ的にみると,個々の原子がそろって地面に向かって走っていることになります。物体が地面にぶつかると原子はバラバラな振動を始めます。いわは,熱振動に転化したことになります。このエネルギーは内部エネルギーですが,これを「熱エネルギー」と呼ぶことがある,というのです。このいい方では,熱エネルギーは物体がもっているもので,発生(他のエネルギーから転化)することもあり,消滅(他のエネルギーヘ転化)することもあります。分子・原子の乱雑な運動エネルギーのトータルということになります。このいい方には賛成ですが,これと本来の熱を混同しないようにしたいものてす。 
 このコメントに“内部エネルギーのうち,熱運動のエネルギーを…”とあるように,内部エネルギーには他の部分があります。とくに,分子・原子のもつポテンシャルエネルギーは相変化(三態変化)のエネルギーで,いわゆる<潜熱>といわれるものてす。                        
 ≪問3≫ 部屋に綿と鉄が置いてあります。どちらが温度が低いでしょう。
 “長い時間,いくつもの物体を接触させておくと,みな同じ温度になる”という法則を「熱力学の第零法則」と呼ぶことがあります。相変化や化学変化が起きている場合は別にして考えます。                  
 実際に,綿と鉄の両方に手て触ってみると,鉄のほうが冷たく感じます。
普通は,私たちの体温のほうが高いので,からだから鉄へ熱伝導でエネルギーが移勤し続けるからです。鉄はその貰った「熱」を周囲に伝導し続けるので,体温との温度差がなかなか埋まりません。綿でも,からたから熱が伝わることは同じてすが,綿は熱伝導が悪いのて,接触した部分がすぐにからだと同じ温度になって熱伝導が止むから,冷たく感じなくなります。
もし部屋の温度が体温より高かったら,鉄のほうが綿より温かく感じることになります。
 ≪問4≫ 大きいものは温まりにくく冷えにくいということについての経験があったらいいなさい。
 ものの温度変化は,熱容量(比熱×質量),熱伝導度,形状などが関係して複雑てす。“熱容量が大きいものが温まりにくく冷えにくい”という表現には,これに一定の速さで熱エネルギーが出入りするという仮定かありそうてすが,同じ物質では,体積が同じで,熱容量が同じであっても,その表面積が大きいものは温まりやすく冷えやすいことになります。熱の移動は物体の表面積に比例するのに対して,内部エネルギーはその体積に比例するので,大きいものは温まりにくく冷えにくく,逆に小さいものは温まりやすく冷えやすい,ということになります。
 重ね合わせの原理が成立しないのは,体積が和になるのに,表面積は一部
が<消滅>するからてす。 
1cm^3の立方体8個には1cm^2の正方形の面が48個ありますが,これを重ねて8cm^3の立方体にすると1cm^2の正方形は24個(4cm^2の正方形が6個)になってしまいます。このような関係を<二乗・三乗則>ということにします。
 “春分の平均気温のほうか秋分の平均気温よりも低い”のも,地球か大きいからでしょうね。“コンクリートの大きなビルには,季節は遅れてやってくる”
というのはどうでしょうか。“ジャガイモをはやく煮るには小さく切るとか,太った人は寒さに強い”とかいろいろありそうです。
 ≪問5≫ 生物に関して<ベルクマンの規則>というのがあります。“恒温動物ては一般に,寒冷な地方に生活する個体の体重が,より温暖な地方に生活する同種の個体の体重よりも大きく,近縁な異種の動物のあいだでは,より大形の種がより寒冷地にすむ,という現象がみられる。”この規則についての感想をいいなさい。
 ≪問6≫ 形でいえば,薄かったり,細かったりするものは温度変化に「鋭敏」です。そのような例をあげなさい。
 野生動物の放熱機構,機械類の放熱機構について考えてみましょう。
生物に関して<アレンの規則>というのもあります。調べてみましょう。(注:ベルクマンの規則やアレンの規則は妥当しない部分もあるようです)
 ≪問7≫ 生活のなかの温度調節機構について考えなさい。
 物質では金属の熱伝導はとてもよくて,エンジンや整流器のフィンを見れば,それとうなずけます。原子炉(高速増殖炉)の冷却材に金属ナトリウムを使うのも(ほかにも理由がありますが)その故です。
 液体や気体では熱伝導がとても悪いのですが,これらは流体と呼ばれるように,対流によって熱エネルギーを運びます。ですから,空気や水は対流を起こさないように,<閉じ込めて>使えばよい断熱材として使えます。
 ≪問8≫ 空気や水を断熱材として使っている例をあげなさい。
 2重のガラス窓,天井,綿入れなどは閉じ込めた空気の利用です。
 コンクリートブロック,土壁,発泡スチロールなどは断熱材料とよばれるもので,空気を「積極的に」材料として利用した例です。泡状にしたゼラチンは乾いた土と同程度に熱伝導が悪いといいます。
 ウェットスーツは肌とスーツの間に水が入って断熱材のはたらきをします。冬,これを着て海に入ると,冷たくない(冷たさが少ない)のだそうです。
海女さんの<水着>も同じはたらきをするのでしょう。
 
 [まとめ]
1 学術用語でいう熱はミクロで乱雑なエネルギーの移動をいいます。
2 しかし,物体の内部エネルギーのうち,熱運動のエネルギーを熱エネルギーということがあります。
3 熱の移動は,物体の大きさ,形,性質(熱伝導度)などによって異なります。
4 熱の移動は物体と物体の温度差によって異なります。
5 生物は「たくみに」温度調節をしています。
6 私たちの生活でも,手練手管で温度調節をしています。
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