26. なにがなにに仕事をしたか−−−-エネルギーの転化
[授業のねらい]
仕事というのはエネルギーの伝達のパターンですから,仕事をしたものはその分エネルギーが減り,仕事をされたものはその分エネルギーが増えることになりそうですが,その辺の事情をはっきりさせることが大切てす。
[授業の展開]
≪問1≫ 私は,地上に置かれていた質量mの辞書を持ち上げて,高さhの棚の上に置きました。
@ 仕事をしたのはなにでしょう。
A
仕事をされたのはなにでしょう。
B
その結果どうなったでしょう。
§25の仕事の定義によると,つぎのようになります。
(1)仕事をしたのは私,または,私が物体に及ぼした力。
(2)仕事をされたのは辞書,または重力,あるいは,辞書と地球の系。
(3)その結果は,辞書の,あるいは重力の位置エネルギーが大きくなった。
または,地球と辞書の系の位置エネルギーが大きくなった。
さきに,仕事をいうときには,その力が“どのような力に抗して仕事をするか”と問うと状況がよく見えるようになる,と提案しました。そのような視
点て仕事をもうい一度復習してみましょう。
≪問2≫
いろいろなタイプの仕事の例をあげ,それについて,
@仕事をしたもの,
A仕事をされたもの,
B仕事をした力が抗した力,
Cその結果どうなったかをいいなさい。
授業であげられた例をまとめた結果を記しておきます。
(1)私が(以下,私がは省略します)地球上の箱(発泡スチロール製)を持ち上げる。
@私,A箱,B重力,C重力(或いは,箱)の位置エネルギーとして蓄えられた。
(2)机の上の箱を横に動かす。
@私,A箱,B摩擦力,C「熱エネルギー」として箱と机の温度を上げた。
やがて発散してしまうが。
(3)滑らかな平面に置かれた箱を水平に引く,または押す。
@私,A箱,B質量(?),C箱の運動エネルギーとなる。
(4)電場に置かれた帯電した箱を(電気力に抗して)引く,または押す。
@私,A箱,B電気力,C電気的エネルギーとして蓄えられた。
(5)つるまきばねにつながれた箱を引く,または押す。
@私,A箱,B弾性力,C弾性の位置エネルギーとして蓄えられた。
(6)水に浮いている箱を沈める。
@私,A箱,B浮力,C浮力(箱)の位置エネルギーとして蓄えられた。
このように見てくると,仕事をする主体は,<力>で表現しても,<もの>で表現してもはっきりわかりますが,わかりづらいのは仕事をされるも のです。
(3)の場合を除いては,箱が仕事をされたというよりも,箱を含む系が仕事をされたといった方がわかりやすいようです。
≪問3≫ ≪問1≫,≪問2≫で重力の位置エネルギーはどこに蓄えられたのでしょうか。
(1)物体,(2)地球と物体,(3)地球と物体に半分ずつ,(4)地球と物体に質量に比例して,あるいは反比例して,などという答えがでます。
≪問4≫ ≪問2≫の(5)の例について,弾性の位置エネルギーはどこに蓄えられたでしょう。
(図p123)
図を添えて質問します。
答えは,ばねの中というのが人気があります。その結果,≪問3≫の答えに(5)地球と物体のあいだ,というのが追加されます。
ある一つの力F(たとえは,重力)がはたらいている物体Aに,外力fが仕事をする(たとえば,持ち上げた)場合には,力Fは物体Aと別の物体
B(たとえは,地球)との相互作用で発現するのだから,外力fは,物体Aに仕事をしたともいえますが,力Fを媒介にして,物体Aと物体Bの系に仕事をしたと考えることもできます。
摩擦力の例では,「発熱」は箱と机の相互作用で起きるのですから,この場合も系に仕事をしたという方がよさそうです。このことは,あとで<場>を教えるときの伏線にしておきます。
≪問5≫ 棚の上の箱が,ちょっとしたはずみて,落下しはじめました。さてどうなったでしょう。
(1)物体は重力によって等加速度運動し,地上に達するまでに v=√2gh の速度を得ます。
(2)重力の位置エネルギー mgh ,が,運動エネルギー 1/2mv2
に転化します。
(3)地球が,あるいは重力が物体に仕事をして,物体に運動エネルギーを与えます。などのいい方があります。
(2)では地球と箱とは一つの系で,系のもつエネルギーが形を変えたという見方です。
(3)は地球と箱とは別のものという立場で,地球は箱の「質量に抗して」仕事をし,箱はそれだけの運動エネルギーを得たことになります。この場合にポテンシャルエネルギーをもちだすと,「二重帳簿」になる恐れがあります。
地球と箱という系内で仕事を考えるのであれば,地球は箱に仕事をし,箱は地球に仕事をすることになります。重力は相互作用なので,両者は引きあって運動を開始し,衝突して熱エネルギーに転化します。
≪問6≫ 上述で,両者が得る運動エネルギーの大きさについて検討してみましょう。
両者を質点とみなし,その質量をM,mとして,重力加速度をG:g,衝突までの落下距離H:h,衝突時の速度V:v,運動エネルギーK:k,を比較してみましょう。時間
t と万有引力 f は共通です。
外力が系に仕事をする場合には,仕事という形式で系にエネルギーが流入して,その分だけ系のエネルギーが増します。(1)(3)は仕事とは無縁な表現です。
『岩波理化学辞典』第3版には,先に引用した部分(§25)の後半に, “内力がポテンシャルをもつ質点系にあっては,各質点にはたらく外力の する仕事の和は,系の力学的エネルギーの増加に等しくなる”とあります。
≪問2≫の(1)(4)(5)(6)は,内力がポテンシャルをもつ場合に相当します。
≪問2≫の(2)の場合も系の力学的エネルギーの増加にはなりませんが,系の熱的エネルギーの増加にはなっています。
≪問2≫の(3)の場合については,つぎのように考えたらどうでしょうか。
滑らかな水平面上に置かれた箱を横に引くときには、この方向に関しては「無重力状態」です。
無重力の空間にあるエレベーターが加速度運動を始めたとすると,内部の人は,エレベーター内のすべての物体に重力がはたらき始めたと思います。おもりにつけた糸でこれをつるすと,おもりにはたらく重力と糸の張力がつりあっていることになります。
これを慣性系の人が見ると,おもりは糸に引かれて加速度運動をしているので,
糸が慣性力に抗して,つまり「慣性質量」に抗して仕事をして,おもりに運動エネルギーを与えたということになります。
ドーナッツ型の宇宙船が一定の速さで円運動をしているとします。船内のものには外側に向かって重力がはたらいています(そのために円運動をさせたのです)。
船内の人は「床」に立ち上がれます。そして床にある箱を棚に持ち上げました。
慣性系でこれを観察すると、船内の人は遠心力(慣性力)に抗して仕事をし,箱にポテンシャルエネルギーを与えたとみなします。
このような観点からすると,どのような場合でも“××力に抗して仕事をする”という統一的な表現が有効になりそうです。
この機会に,座標系について議論することは有意義です。
[まとめ]
1 仕事は系外から入りこむエネルギーの形式です。
2 外力が系に仕事をすると考えましょう。
3 内力は系のエネルギーを転化させます。
4 仕事は××力に抗して行われるとすると,その結果としてのエネルギー がどのようになるかが見えます。
5 仕事の結果は,系(場)のポテンシャルエネルギーになったり,物体の 運動エネルギーになったり,内部エネルギーになったりします。