16 .どっちが走っているの?−−−相対速度
 
 [授業のねらい]           l
物体の運動の様子は,記述する人の運動状態によって異なります。
加速度運動をする人が記述するときには,ニュートン力学を逸脱するので,それはあとにして,ここでは慣性系における記述について学習します。
ガリレイの相対性原理です。
 
 [授業の展開]
≪問1≫ 私たちが速度を体感できないということ,つまり自分が走っているかどうかを実感できないということを経験した例を話し合いましょう。
駅で,隣のホームの電車が動きだしたときなど,自分の乗っている電車が動きだしたのだと思ってしまうことかあります。
飛行機が亜成層圈に出て慣性飛行に入ったとき,飛行機が飛んでいることはまったく感じさせません。
汽車に乗っていても,そのことを忘れてしまうことがあります。
交通渋滞の坂道で自動車を止めているとき,自分の自動車がバックしはじめてしまって,急いでサイドブレーキを引いた,という経験があります。
じつは,前の自動車が(前へ)動きだしたのです。
地球は秒速約30kmで公転しているのに,私たちはそれを感じません。
≪問2≫ 一緒に電車に乗っている友達は,電車が走っていても,私にとっては動いていません。このような例をあげなさい。
電車の中を飛んでいるハエも,電車の中で落とした鉛筆も,電車の中の空気も同じです。校庭の芝生に座っている友達も,目の前を飛んでいる蝶も,手から落ちたリンゴも,まわりの空気も,同じです。
自分が歩いているとき,手から離れた鉛筆やリンゴは,空気があるから「ついてくる」と思っている生徒があります。真空落下実験をこの視点で見せることもよいでしょう。
 ≪問3≫ 高速道路を,前の自動車には時速80kmで走ってもらいました。
私の乗っている自動車は時速75 km で走っています。相対的な速さはどうなるでしょう。この2台の自動車が反対車線を擦れ違った場合はどうでしょうか。
 ≪問4≫ つぎの文を読んで,感想をいいなさい。
第二次世界大戦のとき,新聞が報じたように,フランスの飛行士にまったく異常な事件が起こりました。 2000m の高度で飛行しているとき,飛行士は,自分の顔の近くでなにやら小さな物体のようなものが動いていることに気づきました。これは昆虫だろうと思って,それをすばやく手でつかみました。この飛行士がドイツ軍の銃弾をつかんだことがわかったときのおどろきを,ご想像ねがいたい。(ペレリマン著・藤川健治訳『おもしろい物理学』1969年,社会思想社)
弾丸は800〜900 m/s の初速度で撃ちだされるのでしょうが,終わりにはスピードが落ちて,飛行機の速さの40m/s程度(上記引用文のデータ)になっていたのでしょう。
この例にならって,問題を作ってみました。戦争の話はやめにして,罪のない<ルパン三世>に登場してもらいましょう。飛行機で逃げていくルパン三世を,同じ速さの飛行機で銭形警部が追いかけて行き,ピストルを撃ち合うという想定です。飛行機もピストルも速さは同じだとします。同じ速さとはちょっと無理ですが,オハナシですからいいことにしてください。
 ≪問5≫(1)銭形警部がルパン三世の飛行機に向けてピストルを撃ちました。銭形警部にはどのように見えるでしょうか。ルパン三世にはどのように見えるでしょうか。地上に静止している峰不二子(ルパンの恋人)にはどのように見えるでしょうか。
(2)ルパン三世が銭形警部に向けてピストルを撃ちました。3人にはそれぞれどのように見えるでしょうか。
(2)の場合,不二子には,空間に止まっているピストルの弾に銭形警部の飛行機がぶつかってくるように見えます。“弾が落ちてきてしまう”と考えた生徒はいませんでしたか。この事件は短い時間に起きるので、弾の落下は問題にならないのでしょう。
 TVのクイズ番組で,これと同じケースの実験を見たことがあります。野球のピッチングマシンを積んで走っているトラックから,後方へ向けてボールを打ち出すというものです。その場所には,背後にボードが立ててあって,その前でTVカメラとギャラリーが観測しています。走ってきたトラックは,その前で,トラックの速さと同じ速さでボールを後方へ打ちだしたのです。結果はどうなったと思いますか。ボールはそこで,ポトンと真下に落ちたのです。
トラックに積まれた別のTVカメラに写ったボールは,トラックの速さで後ろへすっ飛んでいきました。                                 (図p79)
以上の話は二つの物体が同一直線上で運動している場合でしたが,つぎはもっと一般的に,方向の異なった速度をもつ物体の運動についてです。
 ≪問6≫ 電車が動きだすと,窓の外の雨はどのように見えるでしょう。
この目は風がなくて,雨は鉛直に降っていたとしましょう。電車の速度をv, 雨の速度をv2としましょう。 電車に乗っている人から見ると,地球上の静止している物体はみんな−v1の速度をもっています。歌にあるように“畑もとぶとぶ家もとぶ……で,電柱もなにもみんな−v1で後ろへ走っていきます。 雨も同じです。しかし,雨ははじめからv2の速度をもっていたのですから,電車の人から見ればv2−v1の速度をもつことになります。雨はv2が小さいので,ほとんど−v1の横なぐりに見えますが。                (図p80-1)
 速い星を観測している場合を考えてみます。いま,かりに地球の公転だけを問題にしてみましょう。
 ≪問7≫ 星からの光はv2の速度でやってきます。地球の公転速度をv1としましょう。この星を観測しようとするときには,望遠鏡をどの方向に向けたらよいでしょうか。                                              (図p80-2)
 電車の中から雨を観測するのと同じです。v2−v1方向に望遠鏡を向ければよいということを,図で確かめさせてください。 もっとも,光の速さv2は,地球の公転の速さv1に比べてはるかに大きいので,図は大袈裟にかかれています。 
およその計算をしておきます。
 v1=30 km/s  v2=30・104 km/s
  30÷(30・104)×(180/π)×60×60≒21″( v1とv2の方向はおよそ直角) お互いに等速度運動をしているもの,あるいはものの集団では,どれもが対等で,どれを基準にして運動を記述しても,<物理>は変わりません。
このような,もの,あるいはものの集団の世界を慣性系といいます。どの慣性系でも同じようにニュートン力学が成立します。
 ≪問8≫ ラグビーやバスケットボールで,ボールをパスするときには,ボールをどこに投げればよいのでしょうか。
 ≪問9≫ 図のような速度で2隻の船が航行しています。このままの速度で航行を続けたら,この2隻の船は衝突を免れるでしょうか。   (図p81)
 2隻の船の運動を同時に考えることは難しいので,自分の乗っている船は止まっているとするのです。つまり,このような場合にも,「自己本位の」相対速度を考えます。自分の速度ベクトルの逆ベクトルを相手の速度ベクトルに加えてみます。
この相対速度が自分の船に向いていれば,2隻の船は衝突します。
東京湾でフェリーボートに乗ったときのことです。船室から外を眺めていると,船窓の枠が座標の役をして,その中に見える運搬船がずっと位置を変 えませんでした。運搬船はフェリーボートと同じ速度成分で走っているのでしょう。
ところが,だんだん船体が大きくなってきました。突然,フェリーボートが警笛を鳴らしました。私は急いで甲板にでてみました。運搬船は進行方向右側に進路を変えました。速度も落としたのでしょう。そしてやがて,フェリーボートの後方で航跡を交差させて行き過ぎました。
 第一富士丸となだしおの事件を思いだしたものです。
 ≪問10≫ メリーゴーラウンドに乗っている子には,まわりの景色はどう見えるでしょうか。地球上の人には星はどう見えるでしょうか。
 
 [まとめ]
1 慣性系に等速度運勤している系は慣性系です。
2 慣性系は対等で,慣性系ではニュートン力学が成立します。
3 自分の速度ベクトルの逆ベクトルを相手のベクトルに加えると,相対速度が得られます。
4 相対速度を考えている観測者は「静止」しています。
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