10. それは感知できません−−−速さ
[授業のねらい]
すべてものは運動しています. 静止しているものも, ミクロで考えれば, 運動しています. 運動は物質の最も基本的な属性です.
運動にはいろいろなタイプがありますが, はじめに, マクロに見たときのものの運動を表す速さについて考えます.
[授業の展開]
≪問1≫ 道のり=速さ×時間 という関係の具体的な例をあげてみましょう.
この関係は小学校のときからおなじみです. つまり, ものの運動は速さを一定として扱ってきました. それは平均の速さという考え方です.
東海道新幹線を時刻表で調べてみましょう. 東京−新大阪 の距離(営業キロ)は552.6km, ひかり121号は東京を812(時刻はこのように表示されます)に出て, 新大阪には1112に着きます. ちょうど3時間かかることになります. 平均の速さは
552.6÷3.00=184.2 平均速度184キロということになります. 速球投手の珠より速いのです. この間, 新横浜,
名古屋, 京都にとまるのですから,
トップスピードは230km/hにもなります.
ちなみに, 552.6kmは運賃計算用の営業キロで,
実キロは515.4kmだそうです.
速さをいうときには, このように, <平均の速さ>なのか,
<最高の速さ>なのか, <特定の時刻における速さ>なのか,などをいわないと不十分です.
≪問2≫ 速さに関する情報を集めましょう.
現在は, 情報が氾濫しています. いろいろなところから, ものの速さに関するデータを集めて, 比較検討させます. いちばん速い動物とか,….
≪問3≫ つぎの文を読んで, 感想をいいなさい.
女の人の運転する自動車が白バオにつかまった. 巡査が彼女のところへやってきて, こういう. “奥さんは時速60マイルで走っていましたね!” 彼女はいう.“そんなはずはありませんよ. まだ7分しか走っていないのですよ.
おかしいですね. まだ1時間も走らないのに1時間60マイル走るはずないじゃありませんか?”
もし諸君が警官だったらなんと答えるか? (注:時速60マイルは時速161km)
これは, <ファインマン物理学>の力学から引用したものですが,
このような笑い話はどこにもあります.たとえば, “このジェットクースターは時速100キロも出るんだよ” “へー! そんなに長いの!”
さて, さきの運転者の説得はどうすればよいのでしょうか.
“このスピードで1時間走りつづけるとすると 60マイル走ることになって, それで違反になるんです”なんていうのは駄目です.
彼女はきっとこういいます. “私は1時間なんて走らないのです. 目的地には20分で着きますから” “仮に, ということなのです“ “私は仮定の話は嫌いです”
こんな調子では, 最後には裁判官にご登場願わなくてはなりません.
すっきりさせる方法の一つは, スピードメーターを時速表示から秒速表示に作り変えることです.
そうすれば, “私はまだ1秒も走っていません”
などということはないでしょうから.
物理で広く使われている速さの単位は m/s です. 投手の投げるボールのスピードも km/h より m/s の方がよいと思います. たとえば, 144km/h というよりも, 40m/s の方がピンときます.
ピッチャープレート――ホームベースの間隔は18.5mなので,
ピッチャーが投げた球をバッターが打つまでに, 0.46sの時間しかないこともわかります.
ちなみに, バッターが打ったライナーが,
4sで外野のスタンドに突き刺さったときの速さは平均30m/s程度とわかります.
ところで, ここで大切なことは, 速さというのは瞬間の概念だということです. ものの運動の速さは刻々と変わるのが一般ですが,
そのどの時点においても, どの位置においても,
速さは確定しています.
≪問4≫ 小石を持った手をいっぱいに上にあげて,
静かに小石を落とします. その小石は地面に着くときにはおよそ
6m/sの速さに達しています. そのあいだに, この小石が4m/sであった時点があります.
4.15m/sであった時点がありますか. 4.152706m/sであった自転がありますか.
物体が, ある時点Tを中心にした短い時間△tのあいだに, 短い距離△sを移動したときの平均の速さは △s/△t
です. △tを小さくすると△sも小さくなっていき, 両方ともほとんど0になってしまうとしても, △s/△tはしっかりした値をとります.
その極限の値が, 時刻Tにおけるこの物体の速さです. “0を0で割る” ような, 一見矛盾した方法で, 物体の瞬間の速さを表すことを発見したのはニュートンでした.
これが微分の思想です.
さきの話にはまったく別の問題があります. 話のわからないスピード違反者がなぜ女性なのかということです.
私の授業では女子生徒からクレイムがついたことがありました. (このことについてはHRの問題にしましょう)
≪問5≫ いつも同じ速さで運動しているものの例をあげなさい.
たぶん, 地球の自転, 公転などが出ると思います. いずれも厳密には等速運動ではありませんが,
あまりやかましいことはいいません. ここであげられた例は,慣性運動の学習の布石にします.
物質の学習では, 実際の量を数値で表すことも大切なのだということをわかってもらうため,
つぎの計算をさせてみましょう.
≪問6≫地球の自転, 公転の速さを計算しなさい.
各班に電卓を用意します.
はじめは自転です. 自転の場合には,
<地球上の人>というように運動しているものをはっきりさせます.
地球の半径は6400kmです. 赤道にいる人は1日でこの半径の円周上を一周します. 電卓に, 6400×1000×2×3.14÷24÷60÷60= と置くと,
その答えは465(m/s)と出ます.
日本のある北緯36度あたりでは実際の回転半径は,
それの80% (=cos36)なので, 速さは465×cos36=380(m/s)となります.
次は, 公転の速さです. ここでは,
運動している対象は地球としてもよいのですが, やはり,
<地球上の人>としておきます.太陽からの光は地球に来るのに約500秒かかります. 光の速さは秒速30万kmですから, 太陽と地球の距離がでます.
これを半径とした円を1年で回ります.
電卓に, 30×10000×500×2×3.14÷365÷24÷60÷60= と置きます.公転の速さ 30(km/s) が得られます.
≪問7≫ 自転や公転による速さを私たちは感じません.
このような体験を話合ってみましょう.
静かな乗り物の中で, 走っているのを感じなかったという経験がありますか.
高層のエレベーターでは, 動き始めと終わりを除いた途中では,
全く速さを感じないものです. 外の景色の動きや,
体に感じる空気の流れや, スピードメーターなどで走っていることを理解することはできますが, 私たち自身は速さの感覚をもちあわせません. 加速度は感知します. 電車が「等速」で走っているときにも, ガタガタしていて, 走っているのがわかります.
ガタガタしているのがわかるというのは, 加速度を感じているということです.
一日中飛行機に乗っていたことがあります. 離陸や着陸の際には,
自分の座席でシートベルトを締めて座っていても, 速さの変化を感じましたが, 飛行機が巡航に入ると, もう特別なことはなにも感じなくて, 飛行機の中はふだんの生活と同じような空間になりました.
≪問8≫ 次のお話を読んで, 感想をいいなさい.
星の王子さまは, ある日のこと, 自分の星のバオバブの樹の下に座って, 空を眺めていました. 小さな星が一つ,
流れていきました. しばらくすると,また, 星が流れていきました. こんどは,
大きな星もふくめて, たくさんの星が,
同じ方向へ流れていきました.“流れ星の多い日だな” と王子さまは思いました. “だが, 待てよ.
流れているのはあの星たちなのだろうか. それとも,
私の星なのだろうか?”
等速度運動をしている王子さまの星の上や, 巡航中の飛行機の中では,
地球上で生活しているのとなんの変わりもありません. このような,
場所, 空間を慣性系といいます.
≪問9≫ 静止しているものは速さをもっているといってよいでしょうか.
速さがゼロの運動だといってもよいでしょうし, 速さは相対的なので, 観測者によっては運動しているともいえます. 軽く扱っておきます.
≪実験1≫ <速球王>という商品名のボールがあります.それを使って投球速度を実測してみましょう.
このボールはストップウオッチを内蔵していて, 投球と同時に時計が作動し, 捕球などの衝撃で時計が止まって, その時間がデジタルに表示されるようになっています.
野球部員に受けてもらって全員「登板」させましょう.
≪実験2≫ 速い球を投げるために, 走ってきて投げてみましょう. 速さが和になることを確かめられますか. 差の実験ができますか.
自動車に据えられた投球マシンから、投球するというビデオがあります。自動車と同じ速さで,自動車と逆向きに投球された球が、その地点にポトリと落ちる映像は感動ものです。
[まとめ]
1 速さの単位はm/sです.
2 速さをいうときには, どのような速さなのかをはっきりさせます.
3 物体の運動が変化しているときには, その各時点で速さが決まります.
4 速さは相対的です.
5 人間は速さを体感できません.
6 日常生活と同じような生活ができる空間(場所)を慣性系といいます.
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石井信也 |