短編小説 真実が嫌いな少年
「僕ニンジン食べたら死んじゃうもん!」
ニンジンが大嫌いなマサオくんは夕飯にニンジンが出ると
毎回こんな調子で母親を困らせておりました。
そんなマサオくんは周囲の人間から「うそつき」と呼ばれております。
ある時は牛乳をわざと吐き出して「腐ってる」と言いました。
「幼稚園が壊れた」と言って帰って来たこともありました。
このように、自分に有利な嘘をついているわけでもなく
その嘘によって困惑し、奔走する周囲の人々を見て
ほくそえむようなことも彼はしませんでした。
ただ単に真実が嫌いなだけかもしれません。
母親は彼に「嘘つくのはやめなさい」と何度も言っておりましたが
あいかわらずして彼は周囲をはばからぬ行動ばかりしておったのであります。

ある日セールスマンの男がマサオくんの家にやってきました。
週に1回はやってくるこの男は母親と妙に親しげでありました。
しかしその日はマサオくんが「お腹が痛い」と言って
幼稚園を休んで家にいたのであります。
母親はマサオくんに「自分の部屋で寝てなさい」と言いつけていたのですが
彼は部屋を飛び出して玄関まで来てしまったのであります。
そればかりか初対面でありながらセールスマンの男が
無抵抗なことをいいことに意味もなく蹴りまくっておりました。
「ぜんぜん元気じゃないですか」と男は苦笑い。
「やっぱり嘘だったのね」と母親。
事情を聞いた男は「うそつきは泥棒の始まりだぞ」
マサオくんに忠告したのですが、そんなやり取りを断つように
「子供にあなたの顔を知られてしまったので終わりにしましょう」と母親。
男は潔く承諾したのですが何となく空気が悪くなってしまってしばらく沈黙が
続いておりましたが、そんな時「ぐ〜」と男のお腹が鳴ったのであります。
「最後に昼食でもごいっしょしますか」と母親のはからいで
男は昨日の残りのシチューとやらをごちそうになりました。

例によってマサオくんの皿にはニンジンだけが残っておりました。
男がマサオくんに「なぜニンジンを残すのか」と訊ねたところ
「いつものことですから」と母親は後片付けを始めました。
男はそれを制止し、マサオくんにニンジンを食べるように言いました。
でもマサオくんはニンジンをまったく食べようとしません。
男は再三ニンジンを勧めましたがマサオくんは頑として拒否しました。
しびれを切らした男は突然、マサオくんの口をこじ開けると
無理矢理ニンジンを押し込みました。
マサオくんは泣きながらニンジンを飲み込みました。
唖然とする母親を尻目に「やればできるじゃないか」と男。
にっこりと微笑みながら「君はうそつきなんかじゃない」と言って
マサオくんの頭をなでると、男はそそくさと去って行きました。
母親は男を見送ることもできずに、しばらく呆然としていましたが
やがてホッとして何事もなかったかのように食器の片付けを始めました。

「ごちそうさまは?」と母親。
しかしマサオくんはぐったりとして2度と動きませんでした。
おわり
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