「ピアノの先生」と聞くと
そこそこ裕福な家庭で育ったのかな?
と思われがちですが、
母子家庭で育っていました。

みんなが持っていたゲームや自転車を
買ってもらえる余裕はなく
友達がゲームをやっているのを
ただただ後ろから見ていたり、
自転車でかっ飛ばす友達を
後ろから走って追いかける少年期でした。

ピアノは小さい頃からやっていましたが
10歳くらいでやめて、
15歳くらいから再開しました。

18歳で音楽学校に入学しましたが
やはり継続して積み上げてきた同級生との
間と技術的な差はとても開いていました。

担任の先生には
「ここはどうやったら弾けますか?」
と聞いても
「何で弾けないのかが分からない。
何で分からないのかが分からない」
と返されてしまう始末…

才能溢れ、しかも継続して努力してきた
同級生からどんどんと差が
ついていくのを実感していました。


でも今にして思えば
それは「沖田先生」を築き上げる上で
とてもプラスに働いたと思います。

どうしたらこれが出来るようになるのか…
というのを自分なりに考えることが
出来たからです。

自分のこの欠点には
こういう練習が有効なのではないか?
こういう課題を自分に課したら
上に行けるのではないか?

こういったことを試行錯誤していた
経験が今の生徒たちを伸ばすうえで
非常にプラスに働いていると思います。


私は就職超氷河期世代でして
卒業したころに就職口はなく
フリーターの道に進むほか
選択肢がありませんでした。

それでもピアノの先生になりたいと思い、
大手教室の採用試験にチャレンジするも、
ヤマハ、島村楽器ともに落とされました。

ヤマハに至っては2回も落とされました…


そこで思ったのは
「誰も僕を雇わないのであれば
自分で教室を立ち上げてしまおう!」

そう思い立ってから20年以上が経ち
現在に至っています。


これも今にして思えば
ヤマハさん、島村楽器さんの
面接官は
「この子は企業に属するより独立した方が
上手くいくだろう」
と見抜いてもらっていたのかもしれません。



家庭的に恵まれていたわけでもなく
優秀な学生でもなく、就活強者でもなかった。
そんな「這い上がりのピアノの先生」から
これをお読み下さっている方へ
お伝えしたいのは、

自分なりの勝ち方というのがある。

ということです。

周りと比べた結果に一喜一憂して
しまうのはある程度は仕方のない事ですが、
それでも
自分の基準の中で
自分なりに頑張っていけば
きっと自分が好む結果が出ます。


私は、
勉強とは社会に対して
どのようなスタンスで臨むのか
を学ぶことだと思ってます。


もちろん起業してからの20数年間、
経営上のピンチはたくさんありましたし、
今後もいろいろな問題を
抱えていくと思います。
それでもまた学び、新たなスタンスを
築けられると信じています。

もし、
「あ~…もうダメかもなぁ…」
と思う日がありましたら、
このことを思い出してもらえたら
嬉しいです。


「自分らしく頑張っていきましょう!」



沖田音楽院 沖田大佑
緑区中山のピアノ教室

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緑区中山のピアノ教室
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