プロコフィエフとバレエ「ロミオとジュリエット」
2002年5月9日 西川研究会 3年 吉田祐子
1.このテーマを選んだ理由
クラシック音楽作品名辞典を眺めていて、シェイクスピアの悲劇「ロミオとジュリエット」を扱った音楽作品がたくさんあることに気がついた。グノーのオペラ、チャイコフスキーの幻想的序曲、プロコフィエフのバレエ、ベルリオーズの交響曲…。これらの作品には何か注目すべき共通点・相違点はあるのか、原作の解釈や扱い方も微妙に違うのではないかと気になった。けれど、短期間でこれら全てを扱うのは無理があるので、どれか一曲に絞ることにした。
プロコフィエフのこの作品は、昔、実際にホールで観たことがあって、バレエの中でも好きな演目の一つだ。また、アレッサンドラ・フェリというバレリーナがジュリエットという役柄について話をしているのをあるバレエ雑誌で読んで、ますます興味を持っていた。音楽も印象的だし、色んな演出があって面白い。
2.プロコフィエフの生涯とロミオとジュリエット参考文献(1)(4)など
セルゲイ・プロコフィエフSergey Prokofievは、1891年ウクライナのエカテリノスラフ地方ソーンツォフカの裕福な家庭に生まれ、1953年、モスクワに没した。ロシア革命を期にアメリカ、パリと活躍の舞台を変えて最終的に祖国に帰ってきたが、その作曲スタイルは年代によって異なっている。ペテルブルグ音楽院で学んでいた頃から「恐るべき子供」のイメージで、極めて前衛的、複雑で強烈な音楽を書いていて、アメリカ時代(1918〜22年)、パリ時代(1922〜36年)も、時に複雑すぎてなかなか理解されず苦しむ事もあったが、それを深化させる方向で進んでいたと考えていいだろう。ところが革命後の新生ソヴィエトのもとでの彼の音楽は、以前よりも平明で分かりやすいものになっていると言われる。ソヴィエトの政策に同調したからだとか、政策によって縛られていたからだという意見もあるが、彼の本来の叙情性が開花したという考え方もある。
<ロミオとジュリエット(Romeo i Dzhuletta)Op.64 1935〜36年作曲>はパリから祖国ソヴィエトに戻る、ちょうど境目あたりの時期に書かれたものである。その頃プロコフィエフは、ソヴィエトに移住するためにパリとソヴィエトを行き来していた。ロミオとジュリエットはソヴィエト側から依頼された一連の仕事の一つで、祖国に帰るとともに変わりはじめた彼の創作スタイルの最初の巨大な結実である。(7)彼は最初、このバレエをハッピーエンドに変えることも考えて作っていた。なぜなら、「死んでいる人は踊れないから」。バレエの方はさまざまな事情によりすぐには初演できず、先に、このバレエ音楽から作られた組曲第一番(36年)と組曲第二番(36年)が世に出て、のちに38年12月30日にブルノで初演された。
3.ジュリエット
3−1.シェイクスピアの原作から、エッセンスとなる部分を抜き出している。(5)
(1)登場人物を一部削除。
例)ロミオがジュリエットの前に片思いをしていたロザライン、モンタギューやキャピュレット、パリス達の家来(バルサザー、サムソン、グレゴリ、ピーター、エイブラハム)、薬屋などは登場しない。
(2)場面の省略、変換、追加。
例)ローレンスの手紙が届かないというくだりや、ロミオが薬を買うに至るまでの場面は省略され、ただ、ジュリエットの墓にロミオが現れるというだけにしている。
原作と比べてみて…古い時代の長い洒落た言い回しよりも、ストレートな身体表現の方が現代の私達には素直に感動できる気がする。キャラクターを絞って性格付けがはっきりとなされることで、ストーリーに入り込める。(ライトモティーフの効果?)
3−2.ジュリエットを中心に置いている?
(1) 全曲の配置(表1を参照)
曲名で見ると、ロミオの名前が出てくるのが8曲、ジュリエットは13曲。またストーリーの後半になるにつれてジュリエットの登場が多くなり(しかも一人で葛藤をしているシーンが多い)、最後は「ロミオとジュリエットの死」ではなく、「ジュリエットの死」となっている。
(2) ジュリエットの成長?
「この音楽の中でジュリエットは、陽気なおてんば娘から偉大な力に満ちた悲劇のヒロインに成長する(4)」といった表現が様々な本で見られた。また、実際に映像資料でもジュリエットの精神的な成長を感じさせる。音楽だけを取り出してもそれが言えるか?
→ジュリエットを表すライトモティーフは4つある(5)。
@(譜例1)元気がよくお茶目でお転婆なジュリエット。
A(譜例2)クラリネットで優しく演奏される。一番多く使われる。幸せな感じ。
B(譜例3)ストーリーが進むにつれて増える。憧れに満ちた(5)。
どこか現実感のない切なげな響きもあるように思える。
C(譜例4)神妙な響き。大人しく従順。気持ちを抑えたような印象。
このライトモティーフを中心に、全幕を通して、ジュリエットがどのように描かれているのかまとめた。
(表2参照)
→パリスを断るシーン41曲目までは、ロミオへの愛に目覚めてもまだまだ子供だという印象(@という断り方が)。難しくてまとめられなかったが、42,43曲以降、音楽の調子が強くなる。たくさん楽器を使って音が重厚になり、死を予感させる低音や、きつい高音が、彼女の悲痛な思いを感じさせる。葛藤もあり、ここで初めて彼女は自分で(一人で)物を考えるようになった=独立した=成長したと言えるのでは?
→A=生、現実、B=死、気持ち、意志を感じさせる。@は後半減る。
参考文献
(1) ニューグローヴ音楽辞典(日本語版)
(2) ニューグローヴ音楽辞典(新版)
(3)
園部四郎/西牟田久雄 共訳『プロコフィエフ自伝・評伝』音楽之友社 1964年
(4)
サフキーナ『プロコフィエフ その作品と生涯』広瀬信雄訳 新読書社2000年 初版1995年
(5) 『作曲家別名曲解説ライブラリーS プロコフィエフ』音楽之友社1995年
(6)
ミシェル・R・ホフマン『プロコフィエフ』(不滅の大作曲家)清水正和訳 音楽之友社 1971年
(7)
井上頼豊『プロコフィエフ』(大音楽家・人と作品31)音楽之友社 1990年 初版1968年
(8) プロコフィエフ「交響組曲≪ロメオとジュリエット」」ムスティラフ・ロストロポーヴィッチ指揮 ワシントン・ナショナル交響楽団(CD)
(9) Prokofiev「ROMEO AND JULIET」Kirov Orchestra,St
Petersburg VALERY GERGIEV (CD)
(10) The Bolishoi Ballet「Romeo and Juliet」振付:ユーリー・グリゴローヴィチ I・ムハメドフ(ロミオ) N・ベスメルトノワ(ジュリエット)1989年(DVD)
(11)
ヌレエフ・フォンテーン「ロミオとジュリエット」全3幕 THE
ROYAL BALLET 振付:ケネス・マクミラン 1966年 イギリス(VHS)
(12)
「『ロミオとジュリエット』&『くるみ割り人形』」(フランク・オーガスティンが案内する名作バレエの世界 クラシック・バレエへの招待)1995年 (VHS)
(13)
リヨン・バレエ/プロコフィエフ「バレエ『ロミオとジュリエット』全曲」振付:プレルジョカージュ 1992