G. F. ヘンデルのオペラ≪オルランドOrland≫、≪アリオダンテAriodante≫、≪アルチーナAlcina≫における、音楽上の関連について
2002年9月26日(木) 西川研究会
3年 渡辺 崇聖 Takamasa Watanabe
♪目次
序
1.統一主題について: 1−1.従来の研究
1−2.≪オルランド≫における統一主題
1−3.≪アリオダンテ≫における統一主題
1−4.≪アルチーナ≫における統一主題
2.借用の実践について: 2−1.従来の研究
2−2.三作品間における借用の実践
3.まとめと今後の課題
4.参考文献
序
ヘンデルGeorge Frideric Handel(1685-1759)作曲による、≪オルランド Orland≫(1732)、≪アリオダンテ Ariodante≫(1734)、≪アルチーナ Alcina≫(1735)は、いずれもアリオストRudovico Ariosto(1474-1533)作の叙事詩≪狂乱のオルランド Orland Furioso≫(1532)に基づいてリブレットが作成されたオペラである。ヘンデルのオペラの中で、原作が同一であるという関係を持つものは、これらの他に見当たらない。
ヘンデルが、初めからこれらを「三部作」として構想していた、とは考えにくい。恐らく、「続編もの」という狙いで、同じ原作からリブレットを作成したのだと思われる。
これら三作は、物語の上で直接の関連は無いが、「連作もの」という観点から、これまでテキスト面での関連を指摘した研究が幾つか存在していた。しかし、音楽面での関連を指摘する研究は、現在のところ見受けられない。
発表者は、ヘンデルのオペラ作品における「全曲を通して聴かれる統一主題」の存在について検討を進めていた。その結果、上記三作品の間に、統一主題の同一性を見出せるのではないか、と考えるに至った。
本発表では、まず≪オルランド≫を例に、全曲を通して聴かれる統一主題の存在を指摘する。そして、そこから導き出される事項をもとに、≪オルランド≫、≪アリオダンテ≫、≪アルチーナ≫三作品間における統一主題の同一性を検討する。また、借用実践の問題にも目を向ける。これらの作業によって、ヘンデルが上記三作品を、音楽的にも「続編もの」として位置付けていた可能性を、指摘してみたい。
1.統一主題について
1−1.従来の研究
ヘンデルのオペラにおける、「統一主題」の存在について、明確に指摘した研究は、現段階では見当たらなかった。ヘンデルの劇的作品における、序曲、シンフォニーア、バレエ、そして行進曲などの器楽曲の研究においては、劇中における特定の雰囲気の表現についての、詩的・文学的な解説という範囲に留まっている(参考文献D・G・Iなど)。
ヘンデルの研究においては、後述する「借用」の問題に関心が向けられがちである。オペラ全体が、音楽的にどう統一されているかについては、あまり研究が進んでいない様だ。
1−2.≪オルランド≫における統一主題
発表者による、「統一主題」の判定基準は、第1に、リズム・パターンである。第2の基準は、音程と、音の進行方向。以上2点については、逐次変奏が施されるということを考慮する必要がある。
≪オルランド≫の「序曲」と「ジーグ」(譜例2)の譜面から読みとれる、代表的なリズム・パターンを抽出してみた(譜例1)。
では、これらのリズム・パターンが、劇中でどの様に用いられているか、幾つかの例を元に検証してみよう。
・第1幕第1場:ゾロアストロのレチタティーヴォ・アッコンパニャート(譜例3)
・第1幕第4場:ドリンダのアリア(譜例4)
・第2幕第11場:オルランドのレチタティーヴォ・アッコンパニャート(譜例5)
・第3幕最終場:合唱(譜例6)
1−3.≪アリオダンテ≫における統一主題
先と同様にして、≪アリオダンテ≫の「序曲」と、それに続く舞曲(譜例7)から、リズム・パターンを抽出してみよう(譜例1)。
≪オルランド≫の主題動機との類似性が、見出せないだろうか。
それでは、これらの作品中においても、統一主題がどの様にして用いられているのか、検討してみよう。
・第1幕第1場:ジネーヴラのアリオーゾ(譜例8)
・第1幕第11場:ダリンダのアリア(譜例9)
・第1幕第13場:アリオダンテとジネーヴラの二重唱(譜例10)
・最終場:ロンドー、合唱(譜例11)
1−4.≪アルチーナ≫における統一主題
同じく、≪アルチーナ≫の「序曲」、「ミュゼット」、「メヌエット」(譜例12)からも、リズム・パターンを抽出してみよう(譜例1)。
≪アリオダンテ≫の主題動機との類似性が、指摘できないだろうか。
≪オルランド≫→≪アルチーナ≫にかけて分析を行うと、「主題の変遷」が掴み取れない。≪オルランド≫→≪アリオダンテ≫→≪アルチーナ≫という手順を踏む必要がある。
では、ここでも統一主題がどの様にして用いられているのか、検討してみよう。
・第1幕第1場:モルガーナのアリア(譜例13)
・第1幕第4場:ルッジエーロのアリア(譜例14)
・第2幕第12場:アルチーナのアリア(譜例15)
・第3幕最終場:タンブリーノ、合唱(譜例16)
2.借用の実践について
2−1.従来の研究
ヘンデルの借用実践Entlehnungspraxisの問題は、ヘンデル研究において重要なポイントの1つである。ヘンデルは作品を書くにあたり、自分が以前書いた作品、そして同時代の作曲家たちの作品から、数多くの音楽素材を借用した。借用の規模は様々で、メロディーの断片のみを借用する場合から、曲の形式を1曲まるまる借用してしまう場合にまで及ぶ。
こうした問題は、19世紀において、「剽窃」、「盗作」、「手抜き」といった、道義上の問題として取り沙汰された。ヘンデルの、芸術家としてのモラルが疑問視されたのである。
実際には、「パロディ」「模倣」という概念は、紀元前4世紀頃から存在していたと見られ、それは16世紀に入ってからも「パロディア・イオコーザ parodia iocosa」として認知されていた。ヘンデルの他にも、J. S. バッハ(1685-1750)、グルック(1714-87)、 ハッセ(1699-1783)、W. A. モーツァルト(1756-91)、H. パーセル(1659 ?-95)、そしてヴィヴァルディ(1678-1741)らの作品中にも、借用の痕跡が認められるという(以上、参考文献Hより)。
問題となるのは、18世紀における「借用」は、19世紀以降のそれとは意義が異なる、ということだ。19世紀の「引用」は、特別な意味を込める場合にのみ許容されていたが、18世紀では、もっと気楽に借用行為が行われていた。有名な作曲家の作品から借用することが、借用する側のステータスの一部にすらなっていたのである。
つまり、借用の実践が認められたとしても、それを即「音楽的上の関連」と結論付けることは出来ない。
しかし、ヘンデル研究者ヴァルター・ジークムント・シュルツェによると(参考文献K)、ヘンデルにおける「音と言葉」の問題を理解するにあたっては、パロディー技法が用いられている箇所に、特に注意する必要があるという。
詩の内容や、劇中の状況が一致する場合に、ヘンデルは頻繁に借用を行っていると、シュルツェは指摘している。
例えば、≪ブロッケス受難曲≫(1716 ?)のキリストの死の場面で歌われる三重唱から、仮面劇≪エイシスとガラテイア≫(1718)のエイシスの死の場面で歌われる合唱に向けて、30小節あまりの借用が認められるとのこと。
興味深いのは、ヘンデルの劇的作品中、「ヘラクレス」が登場する、以下の4作の間で、それぞれに音楽的にも関連が認められるという記述である。
≪テッサリアの王アドメート≫(1727)≪ハーキュリーズ≫(1745)、≪アルセスト≫(1749)、≪ハーキュリーズの選抜≫(1751)。
三澤寿喜の研究(参考文献A・B)では、ヘンデルの借用を大きく三種に分類している。
A.楽曲をまるまる使い回しするもの(ごく稀なケース)
B.楽曲の原型はそのままに、アレンジを加えたもの(より頻繁なケース)
C.楽曲から主題・伴奏などの、特徴的な音型を抽出するもの(最も頻繁なケース)
また、これらはそれぞれ、テキストの内容が関連するものと、そうでないものとの二つに分類されるという。
「C.」にテキストの内容が関連するものに、発表者は注目した。つまり、テキスト中の言葉、もしくは劇中の状況が一致する場合に、旋律その他を借用するという事例である。
3−2.三作品間における借用の実践
ここでは、≪オルランド≫→≪アリオダンテ≫、≪オルランド≫→≪アルチーナ≫、そして、≪アリオダンテ≫→≪アルチーナ≫へと行われている借用について、指摘する。
尚、以下の借用について、Händel-Handbuch(参考文献C)では指摘されていない。
・≪オルランド≫第2幕第11場:オルランドのレチタティーヴォ・アッコンパニャート
→≪アリオダンテ≫第1幕第3場:ダリンダのアリア(譜例17)
・≪オルランド≫第1幕第2場:オルランドのアリオーゾ(譜例18)
→≪アリオダンテ≫第1幕第4場:ポリネッソのアリア
・≪オルランド≫第1幕第3場:オルランドのアリア(譜例19)
→≪アリオダンテ≫第1幕第11場:ミュゼット
・≪オルランド≫第1幕第6場:アンジェーリカのアリア(譜例20)
→≪アルチーナ≫第1幕第1場:モルガーナのアリア
・≪オルランド≫第2幕第5場:メドーロのアリア(譜例21)
→≪アルチーナ≫第2幕第11場:ルッジエーロのアリア
・≪アリオダンテ≫第3幕10場:ダリンダとルルカーニオの二重唱
→≪アルチーナ≫第3幕最終場:タンブリーノと合唱
現段階で借用と考えられる例は、以上である。
3.まとめと今後の課題
リズム・パターンと音程を基準にして、上記三作品の間に、主題上の関連がある可能性について示唆した。
先行研究がほとんど認められないため、説得力のある理論の展開が必要となるだろう。
また、三作品間における、幾つかの借用の実例を提示した。象徴的な借用がなされている場合には、意味論的な解釈が可能となるであろう。
借用実践の問題は、ヘンデルの作曲技法研究において、避けては通れない論点である。見方によっては、統一主題の問題も、「広義の借用」として捉えるべきかも知れない。
今回は、調性アフェクトの問題や、和声分析などについては取り上げなかった。これらの関連についても、今後は検討して行きたい。
発表者自身が、作曲理論・音楽修辞学・調性アフェクトなどについて、より研鑽を積まねばならぬ事は、言わずもがな。根気を持って取り組むことが肝要であろう。以上。
4.参考文献
@ホグウッド,クリストファー『ヘンデル』三澤寿喜訳、東京書籍、1991年。
A三澤寿喜「G. F. Handel's Borrowings (V)――Regarding His Five Operas Composed in the 1710's――」、『音楽学 第32巻 1号』、1986年、37−55頁。
B三澤寿喜「G. F. Handelの借用(W)――≪RADAMISTO≫(HWV12a, b)における改訂作業と借用――」、『北海道教育大学紀要(第1部A)第47巻 第1号』、1996年、113−124頁。
CBernt Baselt: Händel-Handbuch・Band 1, Bärenreiter Verlag 1978, 374-384 396-421.
DBurrows, Donald: Handel,New York 1994, 215-225.
EDahnk-Baroffio, Emilie: 'Zur Stoffgeschichte des Ariodante', in Händel-Jahrbuch 6 (1960), 151-161.
FDean, Winton: 'Handel, George Frideric:', in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, ed. Stanley Sadie,London 2001, 747-813.
GFleishhauer, Günter: 'Zur Funktion und Bedeutung der Instrumentalmusik in Händels dramatishen Werken (Opern und Oratorien)', in Händel-Jahrbuch 37 (1991), 121-134.
HMarx, Hans Joahim: 'Parodie und Nachahmung in der Poetik des 17./18. Jahrhunderts', in Göttinger Händel-Beiträge V(1987), 259-264.
ISauerzapf, Dörte: 'Dramatish-szenische Aspekte der Opern "Ariodante" und "Alcina" von G. F. Handel im vergleich zu ihren Libretto-vorlagen', in Händel-Jahrbuch 37 (1991), 57-64.
KSiegmund-Schultze, Walther. 'Zur "Wort-Ton" -Problematik bei Händel, Dergestellt am Parodieverfahren', in Händel-Jahrbuch 21./22 (1975/76), 11-17.