マーラーの歌曲集《少年の魔法の角笛》における詩の改変について
2002年10月31日 西川研究会 3年 上田 あかね
1.発表の目的
前回、バッハに破れ、「ドイツ」「文学」をキーワードにテーマ探しを行った私は、グリム童話集やその他の伝説集の編纂に大きく影響をもたらしたという、『少年の魔法の角笛 Des Knaben Wunderhorn』(以下、『角笛』と略す)という詩集の存在を知った。興味を持ち、さらに調べてみると、グスタフ・マーラー Gustav Mahler(1860-1911)がその詩集と同名の歌曲集を出していること、そしてその中でマーラーは原詩の改変を数多く行っているということがわかった。そこで今回はまず手始めに、《角笛》歌曲集の中からいくつかを例として取り上げ、原詩と、マーラーによって改変された詩とを比較することによって、具体的にどのような改変が行われたのか探ってみようと思う。
なおここでは、参考文献4に従って、『角笛』詩集の詩に作曲されたオーケストラ伴奏歌曲14曲のうち、最終的に交響曲の中に用いられた2曲(〈原光〉、〈3人の天使が歌っていた〉)を除く12曲をとり扱うこととし、曲番号も同様に従うこととする。
2.作品について (参考文献3)
2−1.『角笛』詩集について
この詩集は、19世紀初頭にドイツ・ロマン主義の代表的詩人であるアルニム Ludwig Achim von Arnim(1781-1831)とブレンターノ Clemens Brentano(1778-1842)がドイツの民衆達によって歌い継がれてきた伝統的な民謡の歌詞だけを、当時の出版物に基づいて収集し編纂したものである。しかし必ずしも歌い継がれてきたそのままの歌詞が掲載されているのではなく、ロマン主義的な世界観に基づく改変や補作が行われたとされている。なお、この詩集に民謡のふしは採譜されていない。
詩の内容的は大きく分けて、歴史物・伝説物、宗教色の強いもの、そして人生についての歌(恋愛など含む)の3つの傾向に分かれている。
2−2.《角笛》歌曲集について (参考文献4)
作曲:1888−1901年(図参照)
初演:
第1,2曲=1892年12月12日、ベルリン
第3,4,7曲=1893年10月27日、ハンブルク
第5,9曲=1900年1月14日、ウィーン
第6,8,11,12曲=1905年1月29日、ウィーン
第10曲=1905年2月3日、ウィーン
初版:
第1〜10曲=1899年
第11,12曲=1905年
楽器編成:独唱(声部指定なし)、ピッコロ、フルート、オーボエ、イングリッシュ・ホルン、クラリネット(B,A,Es)、バスクラリネット(B)、ファゴット、コントラファゴット、ホルン(F)、トランペット(B、F)、トロンボーン、チューバ、ティンパニ、トライアングル、小太鼓、シンバル、大太鼓、タムタム、大太鼓に取り付けられたシンバル、弦5部
★マーラーと『角笛』詩集の出会い
1887年にヴェーバー大尉の家で知った、というのが通説であるが、それ以前の作品にもこの詩集に収録されている歌詞と酷似している歌詞が見られたり、もとの民謡の影響が見られる作品が存在することから、マーラーはそれ以前に様々な形でこの詩集に収められている民謡に出会っていたであろうということが推測される。
3.原詩とマーラーによる歌詞の比較
3−1.第2曲〈無駄な骨折り Verlorene Müh'!〉
・熱心に男を誘う女と、冷徹に断る男の歌。
・感嘆符の追加(歌詞の変更も含む)……女の熱心さと男の拒否具合をさらに強調。
・単語、語句の反復……女の熱心さ、感情の高ぶり
→原詩の4行、2行の形が崩れている。
・男女の5回のやりとりのうち、2回をカット……長すぎるためか。
3−2 第4曲〈この歌を作ったのはだれ? Wer hat dies Liedlein erdacht!?〉
・田舎の若い男女の恋をテーマにした歌。
・同タイトルの詩の中に『恋なんて作ったのはだれ?』の歌詞を組み込んでいる。
→組み込まれた部分だけどちらかというと深刻な雰囲気。
・マーラー自身による新たな挿入(下線部)
・単語の追加(括弧部分)、置換(斜体)
・感嘆符の追加
・単語、語句の反復
→詩形の変化
4.まとめと今後の課題
原詩に比べ、マーラーの歌詞の方が幾分複雑で、感情表現が激しくなっており、ときにそれは元の整った詩形を壊して成立している部分さえある。このマーラーの《角笛》歌曲集は、マーラー以前に『角笛』の詩による歌曲を作った作曲家のように「『角笛』の詩に曲を付けた」のではなく、「詩を着想に、マーラーが新たに歌曲の詩を構成した」ように思える。よって、「詩の改変」というよりは、「詩の再構築」と言った方が正確かもしれない。実際、マーラーが『角笛』詩集に惹かれたのは、完成された詩としての魅力ではなく、素材としての魅力である、というのが通説らしい。
今後は、その他の曲についても詩の比較を行うとともに、音楽の構成と詩の関係についても言及していきたいと思う。
5.参考文献
1.『ニューグローブ世界音楽大事典』 講談社 1994年
2.山本まり子 『マーラーの《角笛》歌曲群−多層的ネットワーク群の生成過程−』
2001年度お茶の水女子大学博士論文 2001年
3.矢川澄子/池田香代子/石川實 訳
『ドイツ・ロマン派全集 第14巻 ブレンターノ/アルニムU』国書刊行会 1990年
4.根岸一美/渡辺裕 監修 『ブルックナー/マーラー事典』東京書籍 1993年
5.A.ジルバーマン『グスタフ・マーラー事典』山我哲雄訳 岩波書店 1993年
6.Stanley Sadie, ed., The New Grove Dictionary of Music and Musicians 2nd edition London; Macmillan, 2001
7.L.Achim von Arnim und Clemens Brentano, Des Knaben Wunderhorn, München, 1972 (1806/1808)
<楽譜資料(歌詞のみ参照)>
8.Des Knaben Wunderhorn and the Rürkert Lieder for Voice and Piano, Dover Publications,inc., 1999