T. 卒業論文の構想
U. A. ブルックナー《交響曲第3番ニ短調「ヴァーグナー」》WAB103
第1稿(1873年)と《トリスタンとイゾルデ》
 
2002年7月11日 西川研究会
4年 池上 健一郎
 







 
  発表の順序  
U-1. 今回の発表の目的
U-2. 第1楽章T.463ffをめぐって
  U-2-1. 《トリスタン》との比較・分析
  U-2-2. ブルックナーと《トリスタン》――伝記的事実・逸話
U-3. まとめ
U-4. 参考文献(今回使用分)

 
T-1. 卒業論文の目的
T-2. 方法
T-3. 章立て案



 
 
T-1. 卒業論文の目的
 
@ 《交響曲第3番》第1稿において指摘されている所謂「ヴァーグナー引用」が、従来言われてきたような単なる挿入物ではなく、深く楽章のコンテクストに根ざしており、主題形成に大きな意味を持つ音楽的素材であることを指摘する。
 
A @から導かれる結論として、《交響曲第3番》が既に構想の段階から「ヴァーグナー交響曲」として意図されていたことを主張する。この説は、ブルックナー研究において以下の意義を持つ。
(1) 《交響曲第3番》成立史に関して
ヴァーグナー引用」は、ヴァーグナーへの献呈が決まった後、すなわち1873年9月14日以後に挿入された、とする従来の見解が否定される。また着想段階から「ヴァーグナー交響曲」であったなら、はじめからブルックナーは《交響曲第3番》をヴァーグナーに献呈しようと意図していたと考えられるし、いわば出世作として目論んでいた可能性も高い。
(2) ブルックナーの作品分析への新たな視座?
 
 
T-2. 方法
 
@ 「ヴァーグナー引用」と呼ばれている箇所と、ヴァーグナーにおける該当個所をそれぞれ分析し、比較する。(これが意外にも、先行研究において行われていない)
A @での分析から、楽句を構成する特徴的要素を抽出し、さらにコンテクストへの位置づけを行う。
B ヴァーグナーに由来することを裏付ける作業
(1)伝記的事実
(2)ブルックナー作品全体の概観し、表にまとめる。特にヴァーグナー体験(1862年末が最初とされている)以前の作品に着目。
 
 
T-3. 章立て案
 
1. 序
 
2. 《交響曲第3番》成立史と異稿・異版について
2-1. 着想〜第1稿
2-2. 第1稿〜第2稿
2-3. 第2稿〜第3稿…………★
2-4. 異稿と出版楽譜
 
3. 「ヴァーグナー引用」の再検討
3-1. 音楽における「引用」という語について…………★
3-2. 《ヴァルキューレ》(第1楽章T.479ff、第2楽章T.266ff )
3-3. 《タンホイザー》(第2楽章T. 233ff)
3-4. 《ニュールンベルクのマイスタージンガー》に関して…………★
  3-5. 《トリスタンとイゾルデ》に関して
3-5-1. 第1楽章T. 463ff
3-5-2. 第4楽章T. 134ff…………★
3-5-3. 第2楽章T. 25ff
3-5-4. 第2楽章における新発見――第2主題と《トリスタン》
3-6. 伝記的事実と逸話…………★
3-7. 常套句か、ヴァーグナーか?――ブルックナー全作品の概観…………★
 
4. 音楽的コンテクストにおけるヴァーグナー素材の意義
4-1. 第1楽章
4-1-1. 主題への組み込み
4-1-2. 漸進的移行
4-2. 第2楽章
(4-3. 第4楽章)…………★
 
5. 結論――「ヴァーグナー交響曲」として構想された《交響曲第3番》
 
 
 
U-1. 今回の発表の目的
 
 前回の発表(2002年4月25日)では《交響曲第3番》第1稿の第1楽章における所謂「引用群」を取り上げ、それらが楽章のコンテクストに根ざしていることを指摘した。しかし、「《トリスタン》引用」と呼ばれている箇所(T.463ff)が実際に《トリスタンとイゾルデ》に由来するのか、という問題に関しては曖昧なままに終わった。従って今回の発表では、「《トリスタン》引用」と、《トリスタンとイゾルデ》第2幕第2場のトリスタンとイゾルデによる二重唱(T.1377ff)を比較・分析し、特に従来の研究では見過ごされていた要素に着目することによってその共通性を指摘したい。
 また補足的に、《交響曲第3番》に至るまでのブルックナーの《トリスタン》体験も整理する。
 
 
U-2. 第1楽章T.463ffをめぐって
 
U-2-1. 《トリスタン》との比較・分析→【譜例】(省略)
 
U-2-2. ブルックナーと《トリスタン》――伝記的事実・逸話
 
・1865.6.19 《トリスタンとイゾルデ》3度目の公演を聴く
(ミュンヘン;ハンス・フォン・ビューロゥ指揮)
 
    「ブルックナーは感激してすっかり夢中になってしまった。中でも愛の二重奏がとりわけ気に入った。」1
 
    * 歌唱声部なしの《トリスタンとイゾルデ》ピアノ編曲版を所有2
  《Tristan und Isolde. Klavierauszug zu zwei Händen.》
Bearbeitet von August Horn, Leipzig: Breitkopf&Härtel, 1863.3
 
・1872.5.12  ヴァーグナー協会コンサートに列席
【プログラム】4
 ベートーヴェン:《交響曲第3番「英雄」》
 ヴァーグナー:《タンホイザー》より〈前奏曲〉、〈新しい導入部〉
      《トリスタンとイゾルデ》より〈前奏曲〉、〈終曲〉
    《ヴァルキューレ》より〈ヴォータンの別れ〉、〈炎の魔法〉
 
 
U-3. まとめ
 
 ゲレリヒ/アウアーによって「2本のオーボエで始まり、続いてフルートに引き継がれるモティーフは、明らかに《トリスタン》の〈愛と死のモティーフ〉を想起させる」5と指摘されて以来、第1楽章T.463ffは「《トリスタン》引用」である、という見方が定説となった。その後、《交響曲第3番》と《トリスタン》との関連性を扱った論文はいくつか提出されているが、ことT.463ffに関しては、関連性を肯定する論文であれ6否定する論文であれ7、曖昧で説得力に乏しい議論しか展開されていない。その原因は、《トリスタン》二重唱の旋律(=〈愛と死のモティーフ〉)のみに目が向けられていたからに他ならない。
 しかし、今回検討したように、旋律以外に着目することで、両者の共通点は明らかとなる。特に、《トリスタン》二重唱に現れる「積み上げ」とも呼ぶべき要素をブルックナーが意図的に採用した可能性は高いと言えるだろう。(勿論、それが「引用」か否か、というのは別問題であるが。)
 
 
U-4. 参考文献(今回使用分)
 
・Auer, Max. Anton Bruckner. Zürich: Amalthea-Verlag, ca. 1923.
Wagner Werk-Verzeichnis (WWV). Verzeichnis der musikalischen Werke Richard Wagners und ihrer Guellen. Hrsg von John Deathridge, Martin Geck und Egon Voss. Mainz: Schott, 1986.
・Floros, Constantin. "Die Zitate in Bruckners Symphonik." In Bruckner-Jahrbuch 1982/83, hrsg. von Othmar Wessely, S. 7-18. Graz: Akademische Druck- u. Verlaganstalt, 1984.
・Göllerich, August u. Max Auer. Anton Bruckner. Ein Lebens- und Schaffensbild. 4 Bde. Nachdr. Regensburg: Gustav Bosse, 1974. Erstdruck 1936.
・Haas, Robert. Anton Bruckner. Potsdam: Akademische Verlagsgesellschaft Athenaion, 1934.
・Harrandt, Andrea. "Bruckner und Das Erlebnis Wagner. Vortrag beim Richard Wagner- Verein Linz am 14. Jänner 1992." In Mitteilungsblatt der Internationalen Bruckner- Gesellschaft, Bd. 38 (Juni 1992): 5-15.
・Hellsberg, Clemens. Demokratie der Könige. Die Geschichte der Wiener Philharmoniker. Zürich: Schweizer Verlagshaus, Wien: Kremayr & Scherian, Mainz: Musikverlag Schott, 1992. (クレメンス・ヘルスベルク『王たちの民主制――ウィーン・フィルハーモニー創立150年史』芹沢ユリア訳 文化書房博文社,1994年。)
・Hinrichsen, Hans-Joachim. "Bruckners Wagner-Zitate." In Bruckner-Probleme. Inter- nationales Colloquium 7.-9. Oktober 1996 in Berlin, hrsg. von Hans Heinrich Eggebrecht, S. 115-133. Stuttgart: Franz Steiner Verlag, 1999.
・Kühnen, Wolfgang. "Die Botschaft als Chiffre. Zur Syntax musikalischer Zitate in der ersten Fassung von Bruckners Dritter Symphonie." In Bruckner-Jahrbuch 1991/92/93, hrsg. von Othmar Wessely, S. 31-43. Wien: Musikwissenschaftlicher Verlag, 1995.
・Nowak, Leopold. Über Anton Bruckner. Gesammelte Aufsätze 1936-1984. Wien: Musikwissen- schaftlicher Verlag, 1985.
・Scheder, Franz. Anton Bruckner Chronologie. 2 Bde., Tutzing: Hans Schneider, 1996.
・Stephan, Rudolf. "Bruckner―Wagner." In Bruckner-Symposion "Bruckner, Wagner und die Neudeutschen in Österreich": im Rahmen des InterInternationalen Brucknerfestes Linz 1984, hrsg. von Othmar Wessely, S. 59-65. Linz: Linzer Veranstaltungsgesellschaft, 1986. 
・Voss, Egon. "Wagner-Zitate in Bruckners Dritter Sinfonie? Ein Beitrag zum Begriff des Zitats in der Musik." In Die Musikforschung, Bd. 49, H. 4(1996): 403-406.
 
 
 

1 August Göllerich u. Max Auer, Anton Bruckner. Ein Lebens- und Schaffensbild (Nachdr. Regensburg: Gustav Bosse, 1974. Erstdruck 1936), Bd. 3/1, S. 317.
2 Franz Scheder, Anton Bruckner Chronologie (Tutzing: Hans Schneider, 1996), Registerband, S. 363.
3 出版の広告が1863年11月19日に『音楽界への道標 Signale für musikalische Welt』誌に掲載、しかし『今年度の新刊楽譜・音楽書・イラストについての音楽・文芸月報 Musikalisch-literalischer Monatsbericht neuer Musikalien, musikalischer Schriften und Abbildungen für das Jahr』誌によれば1863年12月。ブルックナーは《トリスタン》の公演までにピアノ編曲楽譜を入手し、のちに友人のヨーゼフ・ザイベール Josef Seiberl (1836-1877.6.10)に贈っている。当初の予定では1865年5月15日に《トリスタン》初演が行われる予定で、ブルックナーもそれに招待されていた(August Göllerich u. Max Auer, a. a. O. Bd. 3/1, S.317)ので、この楽譜を1863年11月19日〜1865年5月15日の間に入手し、遅くとも1877年6月10日までは手元に置いていたと考えられる。
4 Clemens Hellsberg, Demokratie der Könige. Die Geschichte der Wiener Philharmoniker (Zürich: Schweizer Verlagshaus, Wien: Kremayr & Scherian, Mainz: Musikverlag Schott, 1992), S. 173.(プログラムのファクシミリ)
5 August Göllerich u. Max Auer, a. a. O., Bd. 4/1, S. 270.
6 Constantin Floros, "Die Zitate in Bruckners Symphonik," in Bruckner-Jahrbuch 1982/83, hrsg. von Othmar Wessely (Graz: Akademische Druck- u. Verlaganstalt, 1984), S. 10.あるいは、Wolfgang Kühnen, "Die Botschaft als Chiffre. Zur Syntax musikalischer Zitate in der ersten Fassung von Bruckners Dritter Symphonie," in Bruckner-Jahrbuch 1991/92/93, hrsg. von Othmar Wessely (Wien: Musikwissenschaftlicher Verlag, 1995), S. 36.
7 Egon Voss, "Wagner-Zitate in Bruckners Dritter Sinfonie? Ein Beitrag zum Begriff des Zitats in der Musik," in Die Musikforschung, Bd. 49, H. 4(1996), S. 403-404.