「ラフマニノフ研究の現状」


2002年5月9日 西川研究会 4年 原鉄平


 
1-1. 序―発表の目的

 私は今年度を通してラフマニノフ Sergei. Rachmaninoff(1873−1943)について研究していきたいと考えている。第1回目の発表に際し、まずはラフマニノフに関する研究の現状を把握したいと思う。

1-2. 方法

@ 新版ニューグローヴ音楽大辞典のBibliographyの中から、作曲家研究の基礎となる@)作品目録、A)学問的な楽譜全集、B)網羅的な評伝にどのようなものがあるのかを調べる(全て洋書)

A B)に関しては、数ある文献の中からa)国内で入手可能なもの、b)慶応大学にあるものに分類する

B 洋書について今回はb)の文献を中心とし、加えてc)慶応大学にある、新版ニューグローヴには載っていないもの、に目を通しどのような内容かを確認する

C 日本語で書かれている文献、雑誌記事、学位論文にできるだけ多く目を通し、日本におけるラフマニノフ研究の現状を把握する



2. ラフマニノフ研究の現状

2-@
 @)作品目録
       
   R. Threlfall and G. Norris: A Catalogue of the Compositions of S. Rachmaninoff.
(London, 1982)

A)学問的な楽譜全集

   現在のところ、「ラフマニノフ全集」という形では見つかっていない。新版ニューグローヴのPrincipal publishersとして、Editions Russes, Gutheil, TAIR, Boosey &Hawkesが挙げられている。

 

2-A
 B)-a)日本国内で入手可能な文献
O. von Riesemann: Rachmaninoff’s Recollections told to Oskar von Riesemann
(New York and London, 1934; Russ trans., 1992)
Z.A Apetian, ed.: Vospominaniya o Rakhmaninove [Reminiscences about Rachmaninoff] (Moscow, 1957, enlarged 5/1988)
R. Threlfall and G. Norris: A Catalogue of the Compositions of S. Rachmaninoff
(London, 1982)
R. Palmieri: Sergei Vasil’evich Rachmaninoff : a Guide to Research (New York and London, 1985)
J. Culshaw: Sergei Rachmaninov (London, 1949)
S. Bertensson and J. Leyda: Sergei Rachmaninoff: a Lifetime in Music(New York, 1956, 2/1965)
G. Norris: Rakhmaninov (London, 1976, 2/1993, as Rachmaninoff; It. Trans.,1992)
B. Martyn: Rachmaninoff: Composer, Pianist, Conductor (Aldershot and Vermont, 1990)
M. Biesold: Sergei Rachmaninoff (Berlin, 1991)
V.M. Bogdanov-Berezovsky, ed.:Molodiye godi Sergeya Vasil’yevicha Rakhmaninova [Rachmaninoff’s early years] (Leningrad and Moscow, 1949)
F. Butzbach: Studien zum Klavierkonzert Nr. 1, fis-mill, op.1 von S.V. Rachmaninov (Regensburg,1979)

◎ 特定方法
・ NACSIS -Webcatはデータが豊富であるため、新版ニューグローヴのBibliographyに載っている文献を全てにおいて正確に(著者名、題名、出版年etc.)一つずつ入力した
・ あまり正確に入力しすぎても出てこない場合があるので、その都度著者名のみで検索するなど、ある程度柔軟性を持たせることもした
・ NACSISに加盟していない図書館(国会図書館、都立図書館、早稲田大学、国立音楽大学)についてはデータの数もあまり多くないことから、正確に一つずつは入力せずに、Bibliographyに載っている全てのラフマニノフ表記を入力して検索した
例)Rachmaninoff,Rakhmaninova,Rachmaninow,Rachmaninov etc.

※ 今回は検索するにあたって、NACSIS-Webcat、国会図書館、都立図書館、早稲田大学、国立音楽大学の検索システムを利用した。これらの検索システムは音楽を研究するときには標準的用いるものであり、網羅している範囲も広いことから、およそ国内で入手可能な文献をある確かさをもって特定できると判断したからである。もちろん上に挙げた文献が日本国内で入手可能な「全ての文献ではない」ことを明記しておく。

B)-b)慶応大学にある文献
    R. Threlfall and G. Norris: A Catalogue of the Compositions of S. Rachmaninoff
(London, 1982)
B. Martyn: Rachmaninoff: Composer, Pianist, Conductor (Aldershot and Vermont, 1990)
M. Biesold: Sergei Rachmaninoff (Berlin, 1991)
F. Butzbach: Studien zum Klavierkonzert Nr. 1, fis-mill, op.1 von S.V. Rachmaninov (Regensburg,1979)
   G. Norris: Rakhmaninov (London, 1976, 2/1993, as Rachmaninoff; It. Trans.,1992)

B)-c)慶応大学にある、新版ニューグローヴには載っていない文献
E. Reder: Sergej Rachmaninow - Leben und Werk (Gelnhausen : Triga , 2001)
dargestellt von Andreas Wehrmeyer: Sergej Rachmaninow (Reinbek bei Hamburg : Rowohlt Taschenbuch Verlag , c2000)
C. Poivre: d'Arvor Rachmaninov, ou, La passion au bout des doigts (Monaco : Le Rocher , c1986)
N. Bazhanov :Rachmaninov [translated from the Russian by Andrew Bromfield]
(Moscow : Raduga , c1983)
S. Bertensson and J. Leyda :with the assistance of S. Satina and with a new introduction by D. B. Cannata Sergei Rachmaninoff : a lifetime in music (Bloomington : Indiana University Press , c2001)
D. B. Cannata: Rachmaninoff and the symphony (Innsbruck : Studien Verlag ;
1999)
G. Norris : Rachmaninoff( New York : Schirmer Books : 1994)
H. V. Dyke: Ladies of the Rachmaninoff eyes [Harmondsworth] : Penguin Books , [c1965]

 

2-B B)-b),-c)を概観して
伝記的な内容は当然のように充実しており、かつ個々の作品を譜例を交えながら詳しく分析しているものもあれば、他の作品と比較をしていたり、またジャンルごとにまとめて解説しているものなどもあった。作曲家としてだけでなく、ピアニスト、指揮者としての功績という観点からアプローチしているものもあり、研究の内容は多様だ。


 

2-C 日本語で書かれた学術的な文献、雑誌記事、学位論文
・単行本
伊東一郎『ラフマーニノフ歌曲歌詞対訳全集』、新期社、1978年
 オリガ・I・ソコロワ『ラフマニノフ―その作品と生涯』佐藤靖彦訳、新読書社、1997年
 ニコライ・D・バジャーノフ『ラフマニノフ』小林久枝訳、音楽之友社、1975年
 藤野幸雄『モスクワの憂鬱―スクリャービンとラフマニノフ』彩流社、1996年

・雑誌記事
 伊東一郎「ラフマニノフの実験性とイロニー―ムソルグスキーとの関連で浮かび上がる
新たな作品像」『音楽芸術』1993年7月号(特集ラフマニノフ没後50年)、23-29頁
 宮下拓也「ラフマニノフの芸術」『音楽現代』2000年11月号(特集セルゲイ・ラフマニノ
フ〜その生涯と芸術)、113-116頁

・学位論文
 阿部敏之「S・ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番における原典版と改訂版の比較」(武
蔵野短期大学研究紀要1994年)35-42頁
石田修一「セルゲイ・ラフマニノフの『前奏曲』作品23について」(宇都宮大学教育学部紀要第1部、宇都宮大学教育学部34、1983年)115-132頁
近藤邦彦、樋笠雅也「ラフマニノフピアノソナタ第2番変ロ長調作品36―原典版と改訂版・ホロヴィッツ版との比較・考察」(作陽音楽大学・作陽短期大学研究紀要、1991年)作陽学術研究会24(1)1-43頁
斉藤純子「ラフマニノフの音楽を創り上げたもの―当時のロシアと周辺の人々を通して」(修士論文、新潟大学、2000年度)
坂井涼子「ラフマニノフのロシア時代の作品様式―ピアノ作品と歌曲との関係を中心に」(修士論文、上越教育大学、1995年)
山野昭正「S・ラフマニノフの作曲技法に関する研究」(修士論文、兵庫教育大学、1994年度)
 

 

3. 洋書と日本語文献との比較とまとめ
  明らかにいえることは、日本語文献において洋書のような本格的な研究書は皆無ということである。日本語文献の単行本で伝記的な内容のものもあるが、第一数が少なく、伝記的内容で留まってしまう傾向にあり、洋書にみられる、伝記的な事柄を踏まえた上での音楽学的手法を用いた研究書が出版されても良いのではなかろうか。その点雑誌記事や特に学位論文は具体的な内容に踏み込んでいるので、ぜひとも参考にしたい。
  

 

4. 今後の展望
  今回「ラフマニノフ研究の現状」というテーマだけに、広く浅くしかラフマニノフについて触れられなかったので、これからは具体的なテーマを決めることを目標とし最重要文献を通読したり楽譜やCDなども入手し、さらに踏み込んだ研究をしたいと考える。

 

5. 参考文献 
・日本語文献
 単行本
 オリガ・I・ソコロワ『ラフマニノフ―その作品と生涯』佐藤靖彦訳、新読書社、1997年
 ニコライ・D・バジャーノフ『ラフマニノフ』小林久枝訳、音楽之友社、1975年
 藤野幸雄『モスクワの憂鬱―スクリャービンとラフマニノフ』彩流社、1996年
 リチャード・J・ウィンジェル『音楽の文章術』宮澤淳一、小倉眞理訳、春秋社、1994      
 年

 雑誌記事
 伊東一郎「ラフマニノフの実験性とイロニー―ムソルグスキーとの関連で浮かび上がる新たな作品像」『音楽芸術』1993年7月号(特集ラフマニノフ没後50年)、23-29頁
 小林久枝「研究の開花へ向けて―タンボフで開かれた〈ラフマニノフ生誕120年記念国際会議:ラフマニノフと世界の音楽芸術〉に参加して」『音楽芸術』1993年7月号(特集ラフマニノフ没後50年)、36-40頁
 中村靖「主要作品にみるラフマニノフの特徴」『音楽現代』2000年11月号(特集セルゲイ・ラフマニノフ〜その生涯と芸術)、117-119頁
 西川尚生「作品研究の手引き―楽譜、作品目録、事典を中心に―」『三色旗』2000年11月号、33-37頁
 宮下拓也「ラフマニノフの芸術」『音楽現代』2000年11月号(特集セルゲイ・ラフマニノ
フ〜その生涯と芸術)、113-116頁


・洋書
B. Martyn: Rachmaninoff: Composer, Pianist, Conductor (Aldershot and Vermont, 1990)
C. Poivre: d'Arvor Rachmaninov, ou, La passion au bout des doigts (Monaco : Le Rocher , c1986)
G. Norris: Rakhmaninov (London, 1976, 2/1993, as Rachmaninoff; It. Trans.,1992)
R. Threlfall and G. Norris: A Catalogue of the Compositions of S. Rachmaninoff
(London, 1982)
S. Bertensson and J. Leyda :with the assistance of S. Satina and with a new
introduction by D. B. Cannata Sergei Rachmaninoff : a lifetime in music
(Bloomington : Indiana University Press , c2001)
Stanley Sadie, ed., The New Grove Dictionary of Music and Musicians 2nd edition (London; Macmillan, 2001); s.v.“Rachmaninoff”pp.716-719.