大江健三郎におけるヴィジョンについて

2000/6/1 3年 露木 拓真

序(大江健三郎における武満徹)
1.各作品にみられる特徴(〜'70年代)
2.一次資料にみられるヴィジョンへの言及
3.まとめ

1.各作品にみられる特徴(〜'70年代)

発表
年月
『作品名』 I II III IV V VI  
57. 5『奇妙な仕事』        犬 《22歳》
. 8『死者の奢り』        人間の尊厳
. 8『他人の足』        同上
. 9(『石膏マスク』)          
. 10(『偽証の時』)          
. 12『戯曲 動物倉庫』        同上、劇的
58. 1『飼育』       
. 2『人間の羊』        尊厳、劇的
. 2『運搬』        尊厳
. 3『鳩』        少年院(弟)、犬
. 6『芽むしり 仔撃ち』        同上、出発、3少年?
. 6『見るまえに跳べ』       出発、娼婦、堕胎
. 7(『暗い川おもい櫂』)         《睡眠薬中毒》
. 8『鳥』        狂気(絶望)、劇的
. 9(『喝采』)         《8.小松川事件》
. 9『戦いの今日』        娼婦
. 9『不意の唖』         
59. 1-6(『夜よゆるやかに歩め』)         《卒論》
. 6(『部屋』)          
. 7『われらの時代』      性的、娼婦、出発、3
. 7『ここより他の場所』      性的、出発
. 8『共同生活』       狂気
. 8- '60. 3(『青年の汚名』)         《旅行、ルポ、成城》
. 11『上機嫌』      被爆、穴ぼこ、性的
. 12(『報復する青年』)         《武満徹》
60. 1(『勇敢な兵士の弟』)         《ゆかりと結婚》
. 3『後退青年研究所』        《若い日本の会、等》
. 4(『孤独な青年の休暇』)         《浅沼事件》
. 9- '62. 2『遅れてきた青年』    上昇、斜視
. 11『下降生活者』     詩への言及
61. 1(『幸福な若いギリアク人』)         
. 1『セヴンティーン』         性的
. 2(『政治少年死す』)         《脅迫》
62. 5『不満足』       「鳥」、凶人、3少年
. 7(『ヴィリリテ』)          
. 10(『善き人間』)          
. 11『叫び声』        出発、3少年、性的
63. 2『スパルタ教育』        脅迫、上昇
. 2- '64. 2『日常生活の冒険』        出発、性的
. 5(『大人向き』)         《光の誕生、広島》
. 5『性的人間』       性的(武満評価)
. 6『敬老週間』       寓話(奇形)
64. 1『アトミック・エイジの守護神』        寓話
. 1『空の怪物アグイー』        右眼、優しさ
. 2『ブラジル風のポルトガル語』        森の力、出発
. 8『犬の世界』         (にせ)弟
. 8『個人的な体験』        性的、出発
65          《30歳》
66          穴ぼこ、書き直し
67. 1-7『万延元年のフットボール』     右眼、狂気、出発、弟
. 11『走れ、走りつづけよ』       上昇、下降
68. 1『生け贄男は必要か』      寓話、神話
. 2-5『狩猟で暮したわれらの先祖』      オーデン
. 8『核時代の森の隠遁者』       
. 10『父よ、あなたはどこへ行くのか』     ブレイク、父子、母
69. 2『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』     同上、肥った男
. 4『単行本 われらの…』          
70          《三島自殺》
71. 10『みずから我が涙をぬぐいたまう日』      狂気、バッハ
. 11『月の男(ムーン・マン)』       
72. 10『単行本 みずから…』         《浅間山荘事件》
73. 9『洪水はわが魂に及び』       鯨、樹木、鳥の声
74           
75          《40歳》
76. 8-10『ピンチランナー調書』       息子の仕上げ
77           
78           
79『同時代ゲーム』        宇宙論的感覚
  1. 政治・社会・時代(「壁」の中の監禁状態/“参加”と絶望、徒労、停滞、硬直、屈服)
  2. (外部から隔離された)四国の山村の谷間の村、森 (残酷さ)
  3. 天皇制(父)
  4. 核兵器
  5. 障害をもった息子
幾つかのポイントとなる特徴のうち、当初から現れ、また本人も意識しているIの主題は、大江特有のものとは言い難い。
ところが、かなり早い段階からチラホラと見え始めるIIの主題(舞台)を含む作品は、他の作品とは異なるイメージを喚起することが認められるだろう。
外からの評価も、こうした作品に高いものが与えられている。
IIの欄に○をつけた作品のうち、『飼育』『芽むしり仔撃ち』『不意の唖』(在学中の作品)に現れるのは、《日本人の(人間の)いやらしさ》の投影としての「谷間の村」であろう。
また、『遅れてきた青年』では、当時の時代の政治状況とそれに関わる「天皇」の問題を描くための道具立てであると思われる。
いずれも、作者の成長過程における故郷の原風景が、明確な意図に基づかないかたちで表出したものだろう。 そうする中で、次第にこれを意図的に利用していくことの有効性を認識していったのではないだろうか。
『ブラジル風のポルトガル語』にいたって、IIの主題のうちの「森の力」がクローズアップされる。 ここか、もしくは『万延元年のフットボール』で、作者はついに、このIIが自分にとっての「ヴィジョン」であるという認識に至ったのではないか。
ここでヴィジョンというのは《大江が独自に観、またただ見えるもの》というようなもので、方法論的な探究と獲得の他に、このヴィジョンを確かに手にしたという認識が、大江を奮いたたせ、安心させもしたはずだ。
以後、「マンネリ」と言われるかも知れないが、同じ素材を、障害をもった息子の主題とあわせ、繰り返し登場させていく(ようだ)。しかも現実に障害をもつ自分の息子(光)は言葉よりも音楽(音)の方へと向かっていく、その方向づけもまた、「ヴィジョン」ということと無関係ではないだろう。

2.一次資料にみられるヴィジョンへの言及

「イェーツは現実に見たのですが、文学をつうじてあるくっきりとしたヴィジョンを僕は見る。 それも時間的に叙述していくのではなくて、一挙にすべてが見える。 複雑なもの、多層的なものが、全部見えるという感じがするのです。 それが散文よりは詩に表現されている。 さらに詩よりは音楽に表現されているという感じがするのです。」

「小説家としての僕はいつも、神秘経験から逆の方向へ、逆の方向へと生きて働いてきたように思います。」

(子供の頃、音楽家か科学者こそが偉大な職業だと思い、そうなりたかった)

「ぼくは詩をあきらめた人間である。 それは、あきらめるという言葉がもともと二重の意味あいをそなえて一個の言葉として実在している事情そのままに、詩の言葉と小説の言葉の根本的なことなりについて、なんとかあきらかに認識したことによって、詩を書くことをやめ、小説にむかった人間だ、ということである。 (略) さて、ぼくが詩をあきらめたのは、自分の言葉にたいする、自分自身の方向づけが、詩の言葉より、小説の言葉にむいていることを認めざるをえなかったからである。」

「この内なるトゲを、外部のものとすべく小説の言葉にとらえなおしたいと考えるのが小説制作の操作である。 もっともそれが、小説の言葉と詩の言葉の癒着を意味しないことは、さきにあげた、あまったれであわてものの学者詩人ででもなければ、誰も誤解しはしないだろう。」

《武満徹と共通の、自己に厳しく外に広がりを求めること》

「誰しも六十歳にもなれば、当然ある程度のことはするでしょう。 だがうっかりすると、老化は、かれをその居心地いい場所に居座らせようとします。」

「メシアンは自分自身と和解しているというようなところがあるけれども、武満さんは自分自身と対立している。」

「自分自身の中にダイナミックなものを、対立的なものをとりこむ訓練をしなければならぬ。 そして自分自身の中の絶対的なものを取り除いていかなければならぬ。」

「表現はことばによっても音によってもいつも曖昧なものです。 しかもその曖昧さが、表現がまずいから曖昧だというんじゃなくて、正確に表現されればされるほどさまざまな意味を持つ場合が芸術にはある。(略)」
「その曖昧さ、動的なといま大江さんは言われましたけれども、それは結局自己の中における自と他との動的な戦いというか、動的な交渉というものじゃないでしょうか。」

「あるときにはヨーロッパの調に屈服し、あるときは琵琶の調子に屈服するタイプに対して、嫌悪感を感じられるんじゃないでしょうか。」

「正確な主題の把握や、方法の把握からくる自由さ」

「そしてその強靱さとは、正確な把握と表現ということだった。」


音(楽)
言葉(小説)
コトバ(詩)

《参考文献》

[一次資料]
大江健三郎
(文庫)
『死者の奢り・飼育』新潮文庫、1959
『われらの時代』新潮文庫、1963
『芽むしり仔撃ち』新潮文庫、1965
『性的人間』新潮文庫、1968
『遅れてきた青年』新潮文庫、1970
『日常生活の冒険』新潮文庫、1971
『空の怪物アグイー』新潮文庫、1972
『見るまえに跳べ』新潮文庫、1974
『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』新潮文庫、1975
『個人的な体験』新潮文庫、1976
『ピンチランナー調書』新潮文庫、1982
『洪水はわが魂に及び』(上・下)新潮文庫、1983
『同時代ゲーム』新潮文庫、1984
『万延元年のフットボール』講談社文芸文庫、1988
『叫び声』講談社文芸文庫、1990
『みずから我が涙をぬぐいたまう日』講談社文芸文庫、1991
『厳粛な綱渡り』講談社文芸文庫、1991
『持続する志』講談社文芸文庫、1991
(新書) 『ヒロシマ・ノート』岩波新書、1965
(その他) 『大江健三郎小説』1〜4、新潮社、1996
「現実の停滞と文学」、『三田文学』10月号(1959)
武満徹 『遠い呼び声の彼方へ』新潮社、1992
『時間の園丁』新潮社、1996
(対談集) 『創造の周辺 武満徹対談集』芸術現代社、1976、1997
武満徹・大江健三郎『オペラをつくる』岩波新書、1990

[二次資料]
齋藤愼爾・武満眞樹(編集)『武満徹の世界』集英社、1997
篠原茂『大江健三郎文学事典』森田出版、1998
船山隆『武満徹 響きの海へ』音楽之友社、1998
小沼純一『武満徹 音・ことば・イメージ』青土社、1999

《映像資料》
NHK教育テレビ『武満徹が残したものは・立花隆が伝える作曲家の”愛”』1996.2.25