ショパンの旋律とイタリア・ベル・カント

2000/5/11 4年 早坂 裕介

ショパン(Chopin, Fryderyk Franciszek[Frederic Francois] 1810-1849)


1.ショパンとイタリア・オペラとの接点
2.ベッリーニとの関係について
3.作品に見られるイタリア・オペラの影響の例
結論

■ 序

 ショパンの作品に見られる旋律(この場合主に夜想曲における)の美しさの源のひとつをイタリア・オペラ特にベッリーニ(Bellini, Vincenzo 1801-1835)の旋律に求める見方がある。 この点に興味を持って、今回はまずこの問題に取り組むに当たって前提となるべき事柄と、実際に作品中に見られる影響とされる例をいくつか紹介したいと思う。

■ 1.ショパンとイタリア・オペラとの接点

1−1.接したオペラ
1−2.オペラに取材(明らかに引用)したショパンの作品と完成年
モーツァルト<ドン・ジュアン>のアリア「ラ・チ・ダレム・ラ・マーノ」による変奏曲 1825
ロッシーニ<シンデレラ>の主題による変奏曲 1824? 偽作?
ロッシーニ<セビリャの理髪師>の主題による変ロ短調ポロネーズ 1825 紛失(1825. 11の友人宛の書簡に記録)
変ト長調ポロネーズ(トリオにロッシーニ<泥棒かささぎ>の主題) 1826
マイヤベーヤ<悪魔のロベール>の主題による協奏的大二重奏曲(共作) 1832
エロール(エロルド)<リュドヴィック>の主題による華麗なる変奏曲 1833
ベッリーニ<清教徒>の主題によるヘクサメロン変奏曲(共作) 1837
(タランテラ 1841 その拍子についてロッシーニを参考)


ショパンの書簡の音楽に関する記述の多くの部分はオペラやオペラ歌手の話題である。 以上の事柄を踏まえると彼が生涯オペラを好んだという事実は疑う余地がない。 特にロッシーニはワルシャワ時代から愛好しており、参考までに次のようなエピソードも挙げておく。

■ 2.ベッリーニとの関係について

2−1.出会い

 ショパンの記述にはロッシーニが多いが、作品の旋律における影響では同じイタリア・オペラの作曲家ベッリーニにより負うところがあると言われる。 多くの伝記作家が1833〜35年辺りの冬にパリに来ていたベッリーニにショパンは会って、性格的にも似通った2人は共鳴しあった、というようなことを書いており、その交友関係は半ば「定説」となっているようだ。 それはおそらく下記のような資料に基づくものと思われる。 しかし実はこの2人のどちらの書簡にも、この両者が出会い、交流したと言う記録は残っていない。 『ベッリーニ』の著者レズリイ・オーリイ (*4) はこの点について
「ショパンとの交友関係なども、実際には疑問に属するものの一つなのである。 ・・・それは実際に証拠立てる記録は何もないのである。」
と述べている。

*1 出典未確認。 戻る
*2 Hiller, Ferdinand von (1811-1885) ドイツの指揮者、作曲家、教師。パリではショパンと交流。 戻る
*3 Niecks, Friedrich (1845-1924) ドイツの音楽学者、著述家。 戻る
*4 Orrey, Leslie (1906-1971) イギリスの音楽著述家、音楽教育者。19世紀声楽曲中心。 戻る

2−2.作品への影響
 ショパンがベッリーニのオペラ作品に接していた事は、変奏曲作品や本人の書簡(1831.12.12友人ティトゥス宛の手紙など)からも事実である。 そしてベッリーニの旋律がショパンのそれに大きな影響を与えているという説は広く知られている。 しかし否定的な意見もある。 アーサー・へドリー (*5) はショパンの様式は「ベッリーニの音楽の一音を聴く以前、あるいは彼の名前さえ聞く以前にすでに彼によって開発されていたのだ。」と述べており、また遠山一行氏も類似性は認めながら影響という点については否定的である。

ショパンの旋律に類似性のあるとされるベッリーニの作品例を二つ挙げておく。 (主に夜想曲の旋律を想定しているが具体的なものではない)
*5 Hedley, Arthur (1905-1969) イギリスのショパン研究家。 戻る
*6 Abraham, Gerald Ernest Heal (1904-1988) イギリスの音楽学者。編集者としても活躍。 戻る

■ 3.作品に見られるイタリア・オペラの影響の例

 ショパンの作品の旋律に見られるイタリア・オペラの影響と思われる点をエイブラハムは具体的に分類して挙げている。 列挙するだけになってしまうが興味深いのでいくつか紹介しておきたい。
  1. 息つぎ効果・・・夜想曲Op. 9-2、ピアノ協奏曲第2番Op.21 第1楽章
  2. ある音を保持する代わりに繰り返すことで「擬似カンタービレ効果」・・・夜想曲Op. 9-1、即興曲第1番Op. 29 sostenuto
  3. コロラトゥーラ的・・・ピアノ協奏曲第2番Op. 21第1楽章、夜想曲Op. 9-1、62-1
  4. 様式化されたポルタメント(マリア・オッティヒの説)・・・夜想曲Op. 9-3、15-2
その他、あちこちの文献から拾い上げてきたもの(参考)
・・・スケルツォ第4番Op. 54中間部、幻想即興曲Op. posth. 66中間部、ソナタ第2番Op. 35

■結論

 ショパンに関する日本語の文献は伝記的なものが多く、今回のように多少狭まったテーマを論ずる資料としてはとても充分とはいえない。 だからベッリーニとの関係の論議にまだほとんど目を通していないも同然である。 結論が出せる段階ではないが、先が広がるテーマを見つけられたのは良かったと思う。 今後はできる限り多くの英語の文献を読む必要があるだろう。

■ 課題・問題点

使用楽譜

参考文献