GF. ヘンデルの 《オルランド Orland》 HWV31 における劇作法の問題

——調性とアフェクトとの関係から——


2003年 4月24日(木) 西川研究会

4年 渡辺 崇聖


・目次

序. 先行研究とその問題点  作品データ  

1.調性プラン  

2.モティーフとアフェクトとの関係 

3.様式とアフェクトとの関係  

4.フィグールとアフェクトとの関係  

結語  

参考文献一覧



序. 先行研究とその問題点

 ヘンデルGeorge Frideric Handel (1685-1759)のの研究は、1980年に入ってから本格的に始められたと見てよいだろう。この時期から、それまでは表面的に扱われがちであったこの問題に光が当てられるようになり、議論が活発に戦わされるようになった。


 しかしながら、実際には、劇進行と音楽の関係を簡略に論述するのに留まるものが多く、今日に至っても、この分野の研究が発展途上にあることに変わりはない。具体的な作曲技法を論じた研究としては、調性プランについてのものが挙げられる。


 従来、ヘンデルが調性によって作品を構築している可能性が指摘されてきたが、論拠が薄弱であるとの理由から、疑問視される傾向にあった。近年における、ハリス(1994)や衛藤(2000)の論考は、調性プランが存在するという立場に立って、より興味深い考察を行っているものの、充分な説得力を持つまでには至っていない。


 分析の対象として、発表者は≪オルランド Orland≫を選択した。この作品は、1733年に初演されたが、1シーズンしか上演されなかった。以後、ヘンデルの生前には1度も上演されず、他のヘンデル・オペラにしばしばみられる異稿・改稿問題が存在しない。


 全曲に渡る作品分析を通じて、ヘンデルが、調性によって作品を構築しているという学説の論拠を、より確かなものとしたい。この調性プランの検討を主軸に、アフェクト、モティーフ、様式、そしてフィグールの問題を補足的に扱う。上記先行研究においては、アフェクトと音楽との関連はしばしば論じられていたものの、他の3者に関する論考が、不充分であると感じられたからである。

作品データ

 ≪オルランド Orland≫ HWV31

 初演日時:1733年1月23日、 ヘイマーケット the Haymarket キングズ劇場 the       King's Theaterにおいて初演。

   配役:オルランド(アルト)、アンジェーリカ(ソプラノ)、メドーロ(アルト)、      ドリンダ(ソプラノ)、ゾロアストロ(バス)

 あらすじ:英雄オルランドは、恋人アンジェーリカとその愛人メドーロとの関係を知っ     て怒り、そのあまり、理性を失う。しかし、魔法使いゾロアストロの助けに      よって正気を取り戻し、英雄の本分を全うすべく、愛への執着を断ち切る。


1.調性プラン

1−1.舞台装置別の調性配置

 バロック・オペラの舞台においては、幕が上げられてからは、作品が全て終了するまで、幕が下ろされないのが慣例であった。


 当時の舞台作品において、物語の段落を形作るのは、舞台装置であった。舞台装置の転換は、幕が上げられた状態のまま、極めて迅速に行われ、そこから新たな段落が始まると見なされていたのである。


 一例として、第1幕における、第2舞台装置の調性プランを見てみよう。


   A→D→d→E→A→a→A


 基本的に、これらの場面は、A-Durの近親調の範囲内で話が進められる。これに対し、第2幕第1舞台装置の調性プランは以下のようになる。


   A→c→e


 この場において、オルランドはアンジェーリカとメドーロとの関係を知ることになる。この劇進行上の大きな山場において、3度間隔による調性上の緊張感が生み出されているのである。


1−2.アフェクトと調性との関係

 16世紀末から18世紀半ばにかけての音楽思想においては、しばしば「アフェクト」の概念が重視されていた。


 この視点を作品分析に持ち込む試みは、J. S. バッハ研究を筆頭に、数多く行われている。上記先行研究も例外ではないが、幾分近視眼的になりがちであるように思われる。発表者は、より大きな枠組みでアフェクトの関係を捉えてみた。


 「戦い」または「栄光」のアフェクト:B-Dur

        「愛」のアフェクト :E-Dur


 BEは、増4度の関係にある。この関係は、3全音(トリトーヌス)と呼ばれ、5度圏において、互いが正反対に位置する「最も遠い調」であることを意味する。


 そして、オルランドが第3幕第8場において、眠りにつく場面で歌うアリオーソは、Es-Durである。ドラマの流れからみると、相反するB←→Eの緊張関係が、ここに至ってEs-Durに「解決」されるという図式が読みとれる。


 この「戦い」と「愛」の相反する関係が、音楽とテキストの両面において示されている例として、第1幕第3場:オルランドのレチタティーヴォ・アッコンパニャートが挙げられよう。


 以上に掲げた分析だけでは、偶然であるとの批判は免れ得ない。先行研究の不備は、まさにその点にあった。以下の項では、これらアフェクトの分類を説得力のあるものとするための諸問題を扱う。


2.モティーフとアフェクトとの関係

 ここでは、主にアフェクトとモティーフとの関連が見出せる例について論ずる。


   第1幕第2場:オルランドのアリオーソ

   第3幕第8場:オルランドのアリオーソ


 先に挙げた、「E-Dur→Es-Durへの解決」という関係を示す例である。前者のアフェクトが「愛」であり、後者のアフェクトが「眠り」ないし「安らぎ」であると解釈できる。


 以下に挙げるのは、楽曲におけるアフェクトを特定するために、補足的に持ち込まれ得る視点である。


3.様式とアフェクトとの関係

 アフェクトの質に応じて音楽の書法 Schreibart を使い分けることが、17世紀から18世紀前半にかけての慣例であった。この問題は、当時の音楽理論書において、様式 Stil, Styl の問題として、頻繁に論じられていたのである。様式の分類は多岐に渡っており、普遍的な分類法は必ずしも存在しない。


 しかし、注目すべき分類法に、高様式・中様式・低様式という分類法がある。この分類は、アフェクトの質を判断するにあたって有効であると思われる。



   第1幕第2場:ゾロアストロのアリア

   第3幕第3場:オルランドのアリア


 これらを様式理論の観点から分析すれば、前者はポリフォニックなコンチェルト様式による「高様式」のアリアであり、後者は前声部並行による「低様式」のアリアということになる。


4.フィグールとアフェクトとの関係

 古典修辞学の理論を音楽に応用した「音楽の修辞学」とも呼ぶべきフィグーレンレーレ Figurenlehre の問題は、17世紀から18世紀前半の音楽を語るにあたって不可欠である。


 もともと、この理論は古典対位法の規則を破るため、不協和音の用法を説いたものであったが、次第に「特定の言い回し」としての性格を有するようになった。


 フィグール Figur は、あらゆる楽節に渡って無数に存在するため、その全てを指摘して列挙することには、あまり意味がない。特定の言葉が強調されている場合は、その楽曲を象徴するアフェクトと関連した言葉である可能性があるため、そこに留意して分析すべきであろう。


結語

 本発表においては、ヘンデルの≪オルランド≫における調性プランについて検討した。


 従来の研究でなされなかった、より大きな枠組みでの、調性とアフェクトとの結び付きを指摘し、そしてまた、モティーフ・様式・フィグールとの関連を補足的に扱うことで、より広い視野からの分析を試みた。


 調性プランは、あくまで作品を構成する1つの要素であって、その全てではない。楽曲の諸要素すべてを調性プランに帰結させようとする姿勢は危険であるし、また誤っている。


 調性プランと、その他の要素との結び付きから成る、作品の重層的な構造を解き明かす事こそが、調性プラン研究の糸口となるのではないかと、発表者は考えている。

                                      以上


参考文献一覧

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使用楽譜

 Händel: Orland opera seria in tre atti HWV31, Klavierauszug nach dem Urtext der Hällischen Händel-Ausgabe von Micheal Pacholke, BA 4027a, Kassel: Bärenreiter 2001.