1997年6月

*無住庵通信*
No.3

倉 橋 義 雄

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またまたアメリカ便り
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 1年に2回も3回もアメリカへ行くようになるとは思ってもみませんでした。 お陰様でユナイテッド航空からは上客扱いされて、コノシュアクラスのゆったり シートで旅できましたが、このままだと私の将来はどうなるのだろうかと、一抹 の不安を感じる旅でもありました。
 今回はコロラド州のボウルダーとネブラスカ州のリンカーンへ行ってきました。 ボウルダーはこれで5回目でしたが、リンカーンは初めてでした。
 ボウルダーでは、いつもと同じように、尺八の集中講座を開きました。ニュー メキシコ州のサンタフェから泊まり込みで受講しに来た人もいて、ますます盛況 になっています。
 リンカーンでは、ネブラスカ大学のサマー・アート・フェスティバルに招待されて、現地の弦楽トリオや東海岸から来たピアニスト・中国琵琶(ピパ)奏者などと共演してきました。リンカーンでのいろんな人たちとの出会いは、私の心の奥深いところを揺り動かしたみたいで、まだ整理はできていませんが、なにかしら不安定な後味を残しました。

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コロラド州ボウルダー(6/12-16)
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 さすがコロラドの高地だけあって、実に爽やかな毎日を過ごしました。なにし ろ町中でも高山植物が咲き乱れているのですから、散歩しても気分が良く、1− 2時間はあっという間に過ぎてしまいます。

 来年7月ここで開催される「第2回国際尺八フェスティバル」の準備がいよい よ本格的になってきて、「ボウルダー尺八協会」の面々のまなざしには真剣味が 加わってきました。
 フェスティバルの内容は、一流奏者によるコンサート、尺八講習会、シンポジ ウム、一般尺八愛好家によるコンサート、それにロッキー山脈国立公園へのツア ーなど多彩です。
 日本から多数の尺八愛好家が参加されることが望まれています。もちろん尺八 を愛好されない方が一般旅行者として参加しても、充分楽しめる内容になるはず です。
 詳しい日程は未定ですが、参加希望者が多数の場合は、団体を結成して格安料 金ツアーを実施したいと考えています。
 西日本の参加とりまとめは私(倉橋義雄)がいたしますので、参加希望の方は なるべく早い目にお申し出ください。
 東日本のとりまとめは東京のクリストファー・遥盟・ブレイズデルさんがいた します。

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ネブラスカ州リンカーン(6/16-22)
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 ボウルダーとはうってかわって、東南アジアを思わせるような蒸し暑さに驚き ました。ところが冬は氷点下30度くらいまで冷え込むということで、アメリカ 最深部の大陸性気候の厳しさを思い知らされ、つくづくアメリカは広いなと感じ 入りました。
 ここはいわゆるグレート・プレイン(大草原地帯)のまっただ中、どこを見て もひたすら一直線の地平線が見えるだけ、気が遠くなりそうな景色に息を呑みま した。
 ある日、散歩していたら、突如として町中に不気味なサイレンの音 が鳴り響きました。すわっ空襲警報! 私はてっきり戦争が始まったのだと思っ て立ちすくみましたが、実はトルネード(竜巻)警報だったのです。誤 報で、すぐ解除されましたが、警報が鳴ったら30秒以内にシェルターに避難し なければならないとのこと。恐ろしいところに来てしまったと思いましたが、現 地の人の話では「ニューヨークの方がはるかに危険だ」ということでした。

 ネブラスカ大学が主催するサマー・アート・フェスティバルに参加するために 私はこんな所へやってきたのです。音楽学部のランドール・スナイダーという先 生が作曲した<BAMBOO PRINCESS>という曲を初演することが、私に課せられた仕 事でした。
 これはドナルド・キーン訳の「竹取物語」に音楽をつけたもので、ピアノ・バ イオリン・ビオラ・チェロ・中国箏(ツェン)・尺八と打楽器という楽器編成に 英語の語りが入りました。
 物語のかわいらしさとは裏腹に、音楽は構成が複雑で、よく分からない英語の語りを聞いて演奏しなければならず、演奏前は少し胃が痛みました。
 ところが本番になってみると、なぜか気楽になって、楽しみ ながら演奏できました。そして、拍手喝采、作曲者からも必要以上の ほめ言葉をいただきました。
 そうです。それは必要以上だったのです。「ヨシオは偉大な芸術家である」と 言われただけで恐縮したのに、「ヨーヨーマに匹敵する芸術 性の持ち主である」とまで評されるに至って、私はほとんど身のやり場がなくな ってしまいました。

 共演者のピアニスト・井上和子さんについては前回の<無住庵通信No.2> で紹介した通りです。

 もうひとりの共演者、中国箏(ツェン)と琵琶(ピパ)を奏するウー・マン (呉蛮)さんとは初対面でしたが、彼女との出会いは今回の最大の収穫でした。
 驚いたことに、彼女は私の最良の共演者だったのです。いままでこれほど 息が合う共演者と巡り会ったことはありませんでした。琵琶と尺八で<ランフア フア>という中国民謡を二重奏したときは、至福の境地をさまよいました。初対面で、おたがい片言の英語で話し合うしかなく、気心が通じていたとは言えないのに、なぜ息が合ったのか、音楽の不思議さと素晴らしさを痛感しました。人間的にも、いや な点がひとつもない素晴らしい女性でした。

 ウー・マンさんは中国の杭州出身。5年前にアメリカへ来たときは、ポケット に20ドルしかなかったといいます。ボストンに在住して、がむしゃらに生きて きて、いまではドイツのシュトゥットガルト管弦楽団と共演したり、イタリアの ベネチア弦楽四重奏団と定例的にコンサートを開いたりしています。「アメリカ ン・ドリームの体現者ですね」と言ったら、首を横に振って「まだまだです」。 たぶん、音楽家の生活というのは、表面的には華やかに見える人でも、決して楽 なものではないのでしょう。

 さてこの公演に際して、リンカーンにある川崎重工業から 助成金が出ました。だから私も同社の現地支社の佐伯社長に感謝の意を表したの ですが、そのとき同社長が言うには、2カ月前まで同社に森博昭という人が勤め ていて、その人は何と私の尺八道場の会員さんだったということでした。ところ が、情けないことに、また失礼なことに、私には森博昭さんという人の記憶がな いのです。どなたか森博昭さんをご存知の方がいらっしゃったら、教えていただ けないでしょうか。

無住庵通信 了