会員の広場
セルピコ 倉 橋 容 堂
その、アル・パチーノではなくて実在のセルピコさんが、実は尺八の愛好家であるということは、ほとんど知られていませんし、私も知りませんでした。 3年前、私がメーン州のポートランドという辺鄙な町で尺八を教えていたとき、一人の飄々とした老人が訪ねてきて、「尺八を教えてください」と言いました。ニューヨーク州の北部から11時間も自動車を運転してやって来たということでした。 話によると、その人は若い頃、兵士として韓国に駐留して負傷し、東京の病院に運ばれました。入院中、友人から尺八という笛を貰い、それで韓国で聞き覚えた「アリラン」を吹いてみました。以来60年間「アリラン」だけを吹き続け、私には「正しいアリランを教えてください」と希望しました。私がほどほどに指導したら、その人は何とも言えない人なつこい笑顔を見せました。その人は「パコ」と名乗っていましたが、あとで私の友人が「あの人は有名なセルピコさんだ」と言ったので、私はびっくり仰天しました。 翌日、セルピコさんはまたやって来たので、私は「ニューヨークならラニーという尺八の先生がいるよ」と教えました。すると彼は即座に「ラニーは変人です。私は嫌いです」と言いました。わけを聞いたら、今から10年前、彼は一度だけラニーさんを訪ねたことがあるということでした。ニューヨーク中を探し回って、ようやくラニーさんのアパートを見つけ出し、そのドアをノックしたのが、2001年9月11日、まさに同時多発テロ当日のことでした。ドアが開いたので「尺八を教えてください」と言ったら、ラニーさんは目を真ん丸にして「今日はだめ、絶対にだめ」と言ったそうです。だから「ラニーは変人です」。でも、私が思うには、セルピコさんの方が「変人」ですね。 (2011・9・11、ニューヨークにて記す)
|