「邦楽ジャーナル」1999年12月号掲載

異国見聞尺八余話 (3)

荷物検査の巻

倉 橋 義 雄

●尺八という楽器は、私たちは見慣れてしまっているけれど、 よく考えてみると、実に怪しげな形態をしている。見慣れぬ人 には、気味悪く、得体の知れぬモノなのだろう。それを実感す るのは、空港の荷物検査のときなど。日本の空港ですら、検査 官が首をかしげることが、たまにあるのだから、外国ではなお さらのこと。

●つい最近も、アメリカのサンフランシスコ空港でひっかかっ てしまった。X線カメラの画面をのぞきながら、複数の係官が、 怖い顔でヒソヒソ話し合っている。何を話しているのか、表情 を見ればすぐ分かる。
「あれは、パイプだ。実に怪しい」
「しかし、透けて見えるから、金属ではない」
「怪しいものは怪しい。持主の人相を見ろ。凶悪きわまりない」

●アメリカの空港の場合、それが竹であることが判明したら、 たいてい許してもらえる。でも空港以外のところでは、そうは いかない。たとえば、ニューヨークのシンボル・自由の女神の 入口での検査は、ひじょうに厳しい。尺八の中まで望遠鏡みた いにのぞき込み、怪しいものが隠されていないか検査する。た だし、その用途についての質問は、一切ない。

●用途について質問してくるのは、アジアが多い。
 マレーシア・クアラルンプール空港の入国検査で・・・・
「コレハ何カ?」
「竹である」
「何ヲスルモノカ?」
「笛である」
「イヤ、武器ニ違イナイ」
「まさか、これは楽器である」
「オヤ、コレハ何カ?」
「これはキモノという日本の民族衣装である」
「オオ、黒装束、キサマハ忍者ダナ、アチョー」

●武器と見間違えられることは多い。
 タイ・バンコクの超一流ホテルで、タイ皇太子妃への御前演 奏を依頼されたときのこと。紋付袴で正装し、尺八をたずさえ て、ホテル玄関で皇太子妃の到着を待っていたら、タイの大臣 閣下が血相変えて飛んできた。
「武器ヲ持ッテオ迎エスルトハ、ナニゴトカッ」
「これは武器ではありません。尺八という楽器です」
「ウム、シカシ、オマエハ良クナイ」
「これから私は、御前でこれを演奏するのです」
「トニカク、早ク、アッチヘ行ケ」

●イスラエル・テルアビブ空港の出国検査場で、見るからに善 良そうな若い女性兵士が、私の荷物を検査して・・・・
「コノ袋ノ中味ハ何カ?」
「日本のバンブー・フルートである」
「エッ、バンブー・フルート? 見セテ、見セテ」
「はい、どうぞ」
「ワー、キレイ。イスラエルデ演奏シタノカ?」
「はい」
「ドコデ?」
「◯◯キブツと、それから・・・・」
「エエッ、◯◯キブツ? 私ノ生マレ故郷ヨ」
「それは、それは」
「ネエ、ネエ、××サンニ会ッタ? △△ハ元気?」

●アラブ首長国連邦・ドバイ空港の出国検査場にて、これまた 女性兵士による検査。アラブの民族衣装をアレンジした制服を 身にまとい、物憂い瞳にエキゾチックな色香がただよう兵士。 これはただならぬ雰囲気、007の映画を見るよう。
「コノ袋ノ中味ハ何カ?」
「バンブー・フルートである」
「袋ヲ開ケテ、中味ヲ見セヨ」
 私が袋を開けようとすると、背後で異様な気配。見ると、複 数の兵士が銃をかまえ、私を取り囲んでいる。そのときは、あ のイラン・イラク戦争の真っ最中、とにかくみんなピリピリ。
「見セヨ」
「はい、どうぞ」
 女性兵士、尺八を上にしたり下にしたり、中をのぞいたり、 首をかしげたり ・・・・。静まり返る検査場。高まる緊張。
「オマエ」
「は、はい」
「演奏セヨ」
 こんなところで?と口答えすらできない威圧感。恐る恐る尺 八を手にし、震える唇をそっと歌口に合わせる。かたずを呑む 背後の武装兵士たち。
 「ヘタクソ」と叱られたらどうしよう。えい、ままよ、と覚 悟を決めて「小諸馬子唄」を朗々と吹奏。そこは素晴しい音響 効果あり、実に気持ち良い。女性兵士も背後の兵士たちも、武 器をおろし、パチパチと大拍手。面白いところである。

(第3話終)