発表概要
ストラヴィンスキーの作曲法――五線紙の切り貼りをめぐって
池原 舞

 作曲家は、どのように作品を構築していくのか。一般的に作曲法の研究といえば、作曲技法や作曲書法の研究を指すことが多いが、「五線紙をどのように使ったか」という研究は意外なほど少ない。しかし、作曲家が五線を目の前に、実際に何をしたかということは、作曲技法や書法以前の根本的な問いである。
興味深いことに、イーゴル・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky, 1882-1971)は、とりわけ後期の作品において、短い音楽的着想を書き留めたあと、その周りを切り取り、そのような紙片を複数集め、別の紙に貼り合わせて作曲していた。《レイクイエム・カンティクルス》などは、実に100以上にも及ぶ断片の貼り合わせから成っている。この、一見特異な「切り貼り作曲法」をストラヴィンスキーは、なぜ、いつから用いているのだろうか。
本研究では、ストラヴィンスキーがこのような作曲法を最初に用いた作品を明らかにし、その意義を考察する。発表者は、ストラヴィンスキーの一次資料の多くが所蔵されているパウル・ザッハー財団にて、初期作品から順に自筆譜を閲覧し、最初に「切り貼り」が用いられた作品は、1914年の《3つの小品》であることを突き止めた。また、出版譜を修正するような形ではあるものの、別紙の「貼り付け」が行われた最初の事例は、より早い1907年の《交響曲》作品1であった。さらに、初期のスケッチ・ブックのなかには、点線入り剥ぎ取り式のものも含まれ、それらのうちの少なくないページが実際に剥ぎ取られていたこともわかった。
今回の事例では、のちに、エリオット・カーターが指摘するような、満足ゆく順序を見つけるために切り貼りを行ったのかどうかは判然としないが、少なくとも、一度書いた音楽的着想の一部を用いるあるいは一部を破棄する、もしくは複数の類似した音楽要素を一つの紙面に集める目的であったことが推察される。