FREE BIRD
LYNYRD SKYNYRD の代表曲 「FREE BIRD」 について語るページ
1. 「FREE BIRD」とは?
「FREE BIRD」 は
ロニー・ヴァン・ザント と アレン・コリンズ による作品で
もともとは約10分の曲です (ライブでは14分ちょっと)
LYNYRD SKYNYRD の代名詞でもあり
1973年の発表当時は THE ALLMAN BROTHERS BAND の
故デュアン・オールマン (1971年10月29日に バイク事故で他界) に
ささげる曲としてラジオで大量オンエアされたことでも有名になりました
しかし 1977年10月20日にツアー移動中の飛行機事故により
ロニーを含めたメンバーが他界しバンド活動が休止すると
「FREE BIRD」 は ロニー自身へささげられる曲となったのでした
前半はスローな感じで
ひとところにとどまる事のできない男が彼女との別れにこう言います
「俺は鳥のように自由な男だから誰にも止められないのさ」
後半になるとギターバトルになり
豪快な演奏が延々と続きます
それが単にテクニック重視の演奏だったら
この曲は名曲になりえなかったでしょう
大空を自由奔放に飛び回る鳥のイメージ
まさにこの勢いは「止められない」という歌詞そのものです
5分近い長い時間なのに飽きさせない展開
いつしか自分も空を駆け回っているような錯覚におちいる・・・
そして
「もし俺が明日ここを離れても おまえは忘れないでいてくれるかい?」
という歌詞に
突然の飛行機事故で他界したロニーを想った人も少なくないはずだ
その後長い間ロニー以外には歌えなかった歌
コンサートでもインストルメンタルで演奏された
ファンがステージにいないロニーと共に歌った・・・
2. どのようにしてつくられたのか
リード・ギターのアレンが曲をつくってから半年ほどしてロニーが詩を完成させた
ロニーは FREE BIRD THE MOVIE の中で
「誰だって自由になりたい 鳥ほど自由なものはない」
という意味の歌だと語っている
詩ができたときにロニーはアレンに彼の考えたメロディーを使ってくれと
頼んだそうだが あまり良い感じのものではなかったそうだ
しかしアレンがアップテンポのアレンジを加えたことにより
この曲はとても良いものになったそうだ
新アレンジが発表されたライブの数日後に
当時契約を結んでいた シェード・ツリー・レコード のスタジオで
この曲の初レコーディングがおこなわれた
(下記リスト No.1 <1970年>)
その後 シェード・ツリーからはなれた彼らは
マネージャーの アラン・ウォルデン の準備により
マッスル・ショールズ への売り込みのための デモ・レコーディングを
クインヴィ・スタジオでおこなう
(下記リスト No.2 <1970年10月>)
アランがこれを持ち込み 1971年の春と秋の 2回にわたって
マッスル・ショールズでのレコーディングがおこなわれることになる
しかし レコーディング直前にドラムのボブがぬけてしまい
彼らは BLACKFOOT の リッキー・メドロックを参加させる
(現在の LYNYRD SKYNYRD のギタリスト (リスト No.13参照))
リッキーはプロデューサーのティム・スミス とともに
とても美しいコーラスも披露している
また、大学でピアノを専攻していたビリー・パウエルは
友人ケヴィン・エルソンが LYNYRD SKYNYRD のサウンドマンをしていた関係で
彼らのマネージャーをするようになっていた
ピアノが弾けることをメンバーには教えていなかったそうだが
ある日、ケヴィンがメンバーに話しかけたことにより
「FREE BIRD」 のピアノメロディを披露することになる
これに驚いたロニーはさっそくビリーをメンバーに入れたのだそうだ
こうしたメンバーチェンジの後にレコーディングはおこなわれた
そのときに大きく変化したのがギターバトルの部分である
当初 2つのギターソロが録音されていたのが
ティムの提案でオーバーダビングして組み合わされることになった
その結果は 他に比類の無いギターバトルを誕生させることとなった
ベーシストは1975年にエドが録音しなおしたことになっているが
レコーディングセッションの間にベースのラリーは脱退しており
当時の他の曲では BLACKFOOT のグレッグ・ウォーカーによって
ベースパートはふきかえられているので
オリジナルはラリーかグレッグのどちらかだろう
(下記リスト No.3 <1971年7月>)
アランはこのときの音源を大手のレコード会社に売り込みに行くが
他の曲も含めて収録時間が長すぎるということで断られている
1972年 ボブがバンドに復帰し、レオンも加入したので
リッキーとグレッグは BLACKFOOT再始動のため脱退していく
レオンはベースパートを作曲しなおす
ライブ活動を続けていた LYNYRD SKYNYRDは
1973年 SOUNDS OF THE SOUTH というレーベルを設立した
アル・クーパーにみいだされ デビューアルバムのレコーディングに入る
ところが、レオンが一時的に抜けてしまったので
STRAWBERRY ALARM CLOCK から加入したギタリストの エド・キングが
かわりにベースをつとめる
(下記リスト No.4 から No.6 <1973年>)
1974年末にシングル・カットされた 「FREE BIRD」は
故デュアン・オールマンへの追悼をこめて繰り返しラジオから流れ
1975年 1月に全米チャートで 19位を記録した
3. ライブでの FREE BIRD
1973年11月には THE WHO のツアーのオープニングアクトとして
初めて大規模のホールでのコンサートを体験している彼らだが
その直前に メンフィスの WMC-FM のスタジオ で録音されたのが
(下記リスト No.7 <1973年10月>) のライブである
レオンが戻ってきたので エド はギターを弾いている
「SECOND HELPING」 では 使用しているギターについて
となっているが、この時はどうなのだろう?
ゲイリー ギブソン レス・ポール アレン ギブソン ファイアバード エド フェンダー ストラトキャスター
1975年にはツアーの連続に嫌気がさしたエドがグループを去り
メンバーは新しいギタリストをさがしジャムセッションを繰り返す
その結果メンバーに加わったのは
当時のコーラス担当キャシーの弟であるスティーブ・ゲインズだった
彼の演奏は天才的で、またエドと同じストラトキャスターを使用していた
新メンバーでのパワーあふれる演奏は
「ONE MORE FROM THE ROAD」 と 「FREE BIRD THE MOVIE」 に収録されている
(下記リスト No.8 から No.10 <1976年と1977年>)
ビリー・パウエルのピアノもこのライブ盤からとても美しい音になっている
「ONE MORE FROM THE ROAD」 はトリプルプラチナ盤となり
そこからシングルカットされた 「FREE BIRD」 は全米38位にランクされた
ところが 1977年10月20日の飛行機事故によりバンドは活動停止におちいる
生き残ったメンバーが再結成するのは 1979年1月のことであった
チャーリー・ダニエル主催のヴォランティアジャムに出演した彼らは
「FREE BIRD」 をインストルメンタルで演奏したらしい
その後 LYNYRD SKYNYRD のスタイルと精神を継承するグループとして
1980年に ロッシントン・コリンズ・バンド が結成される
ライブのアンコールでは 「FREE BIRD」 がやはりインストルメンタルで演奏された
バンドは1982年に解散しメンバーはそれぞれの活動にうつる
そして 1987年
飛行機事故から10年目にトリビュートツアーとしてメンバーが一時的に再結成
ロニーの弟ジョニーがボーカルをつとめたライブの様子は
「SOUTHERN BY THE GRACE OF GOD」 として発表された
(下記リスト No.11 <1987年>)
このツアーが影響したのだろう
1990年にジョニーが出したソロ・アルバムの
「BRICKYARD ROAD」 という曲の歌詞に 「FREE BIRD」 が登場したかとおもうと
1991年には LYNYRD SKYNYRD 再結成
「END OF THE ROAD」 の中でも 「FREE BIRD は飛び続ける」 と歌っている
再結成後のライブは現在 2枚発表されている
(下記リスト No.12 <1996年>)
(下記リスト No.13 <1997年>)
4. FREE BIRD 収録アルバムリスト
FREE BIRD は多くのアルバム(ベスト盤)に収録されています
すこしづつ違うのでそれを解説してみます
1. 1970. (DEMO) 「COLLECTYBLES」収録
SHADE TREE RECORDING の音源
イントロはギターではじまりスライドギターがある
ギタリストは2人だがピアニストはいない
バトル前のロニーの歌いかたは
「フリー ↓ バード ↓」 と語尾が下がる
アレンのギターソロはオーバーダビングされていない
最後はかっこよくまとめて演奏をしめくくる
メンバー RONNIE (v) , ALLEN (lead-g) , GARY (slide-g), LARRY (b), BOB (d)
2. 1970.10 (DEMO) 「LYNYRD SKYNYRD BOX」収録
QUINVY RECORDING の音源
後半のギターバトルが無くて
歌のフェードアウトで終わる
メンバー RONNIE (v) , ALLEN (lead-g) , GARY (slide-g), LARRY (b), BOB (d)
3. 1971. 7. 2 (ORIGINAL) 「SKYNYRD'S FIRST」収録
MUSCLE SHOALS RECORDING の音源
ビリーのピアノが入りイントロもピアノに
しかしスライドギターが消える
ドラムのボブの代わりにリッキーが参加した
エドは当初参加していなくて1975年にベースで音を加えている
当時のベースはラリーかグレッグのどちらかだろう
後半のギターバトルがツインメロディーになる
メンバー RONNIE (v), ALLEN (lead-g), GARY (slide-g), (ED (b)) , RICKEY (d),
BILLY (p), TIM (g)
4. 1973. 3
「PRONOUNCED 'LEH-'NERD 'SKIN-'NERD expanded edition」収録
アル・クーパーの設立した 「SOUNDS OF THE SOUTH」 のために
STUDIO ONE で行われたレコーディングの音源
エドはベースなのでギタリストは2人
ギターバトルが始まったところでアレンのギターの弦が切れてしまい
最後のほうで復活するまでの間リズムパターンのみが延々と続く
しかしエンディングは全バージョンの中でもっとも白熱しているだろう
メンバー RONNIE (v), ALLEN (lead-g), GARY (slide-g), ED (b), BOB (d),
BILLY (p), AL (o)
5. 1973. 4 「PRONOUNCED 'LEH-'NERD 'SKIN-'NERD」収録
記念すべきファーストアルバムに収録されたバージョン
プロデューサーのアル・クーパーが Roosevelt Gook名でオルガンを弾いている
イントロはオルガンでスライドギターも復活
バトル前のロニーの歌いかたは
「フリー ↑ バード ↑」 と語尾が上がる
ラジオでのオンエアには長すぎるという問題のために
ギターバトルは途中でフェードアウトしていく
メンバー RONNIE (v), ALLEN (lead-g), GARY (slide-g), ED (b), BOB (d),
BILLY (p), AL (o)
6. 1973. 4 (OUTTAKE) 「SKYNYRD'S INNYRD'S」収録
上のバージョンでバトルの最後まで収録されたもの
おそらくスタジオ録音としては一番完成されたバージョンであろう
メンバー RONNIE (v), ALLEN (lead-g), GARY (slide-g), ED (b), BOB (d),
BILLY (p), AL (o)
後はライブ音源である
ライブではギタリストが3人となり
イントロなどに鳥の声が入ることとなる
7. 1973.10.30 (LIVE ON WMC-FM) 「COLLECTYBLES」収録
THE WHO のツアーのオープニングアクト (1973.11) をつとめる前に
メンフィスの WMC-FM のスタジオで録音されオンエアされたもの
アレン、ゲイリー、エドの3人がそろったライブ音源はこれだけだろう
スタジオのため観衆の声援が少ないのがちょっとさびしいが
ギターバトルの部分はとってもかっこいい
メンバー RONNIE (v), ALLEN (lead-g), GARY (slide-g), ED (lead-g),
BILLY (p), LEON (b), BOB (d)
8. 1976. 7. 8 (LIVE AT FOX THEATER)
「ONE MORE FROM THE ROAD」収録
LYNYRD SKYNYRD 初のライブ盤として発表されたもの
演奏も臨場感も文句無しにすばらしい
「 Cause I'm as free as a bird now 」 と歌ったあとに
「 How about you ? 」 と問いかけるところが なんだかいいなあ
メンバー RONNIE (v), ALLEN (lead-g), GARY (slide-g), STEVE (lead-g),
BILLY (p), LEON (b), ARTIMUS (d)
9. 1976. 7. 9 (LIVE AT FOX THEATER)
「COLLECTYBLES」収録
2000年発表の 「 COLLECTYBLES 」 に収録されたものだが
2001年になって
「 ONE MORE FROM THE ROAD 25th ANNIVERSARY DELUXE Edition 」
にもボーナスとして収録された
オリジナルのライブ盤の翌日の公演の音源である
この日は 「 How about you ? 」 の問いかけの前に
「 Yes, I am ! 」 と答えている
メンバー RONNIE (v), ALLEN (lead-g), GARY (slide-g), STEVE (lead-g),
BILLY (p), LEON (b), ARTIMUS (d)
10. 1977. 7. 3
(LIVE AT OAKLAND-ALAMEDA COUNTRY COLISEUM)
「FREE BIRD THE MOVIE」収録
ビデオ化されているライブのオリジナルサウンドトラック
ぜひ映像のほうも見てほしい
スライドギターもピアノもバトルも臨場感もとってもいいです
「 How about you ? 」 は毎回言ってるみたいだ
メンバー RONNIE (v), ALLEN (lead-g), GARY (slide-g), STEVE (lead-g),
BILLY (p), LEON (b), ARTIMUS (d)
11. 1987.11. 1 (LIVE AT REUNION ARENA)
「SOUTHERN BY THE GRACE OF GOD」収録
1977年の飛行機事故から10年ということで一時的に再結成された
トリビュートツアーからのライブ音源
アレン・コリンズは1986年の自動車事故で下半身麻痺になっていたため
ツアーのアレンジ・コンサルタントとして参加している
アレンの代役をつとめているのは LYNYRD SKYNYRD 活動休止中の
アレン・コリンズ・バンドでギターを弾いていたランドール・ホール
ツアー中のボーカルはロニーの弟であるジョニーがつとめたが
FREE BIRD だけは インストルメンタル で演奏された
会場のファンが合唱している・・・
ギターバトルのアレンジは多少ハードロックっぽくなっている
メンバー JOHNNY (v), GARY (slide-g), ED (lead-g), BILLY (p),
LEON (b), ARTIMUS (d), RANDALL (lead-g)
12. 1996. (LIVE AT MANASSAS,VA)
「SOUTHERN KNIGHTS」収録
1991年に本格的に再始動した 新LYNYRD SKYNYRD のライブ音源
オリジナル・メンバーは4人になってしまいギターの音はハードロックである
この年にはエドまでもが脱退してしまうことになる
このライブ盤から FREE BIRD でもジョニーのボーカルが聞けるようになる
メンバー JOHNNY (v), GARY (slide-g), ED (lead-g), BILLY (p),
LEON (b), OWEN (d), MIKE (lead-g)
13. 1997. 7.15
(LIVE AT THE COCA COLA STAR LAKE AMPHITHEATRE)
「LYVE FROM STEEL TOWN」収録
MUSCLE SHOALS 時代に参加していたリッキー・メドロックがギターで参加
FREE BIRD の前後半の区別はビリーのピアノがなければ分からないくらいに
全編通して ハード すぎる気がするのだが・・・
メンバー JOHNNY (v), GARY (slide-g), RICKEY (lead-g), HUGHIE (lead-g),
BILLY (p), LEON (b), OWEN (d)
おまけにトリビュート音源から
14. 1994. (TRIBUTE) 「SKYNYRD FRYNDS」収録
かつて飛行機事故から生き返った LYNYRD SKYNYRD のメンバーが集まり
ロッシントン・コリンズ・バンド を結成したときに
ロニー のように歌えるボーカルが見つからず、女性ボーカルを起用した
このトリビュート盤で LYNYRD SKYNYRD の代名詞 「FREE BIRD」 を歌うのも
女性ボーカリストである
しかしパンチのある歌声はなかなか良い感じであるし、後半のギターバトルも
オリジナルが 「豪快な飛翔」 とすれば 「軽快に疾走」 するという感じで
スピード感がありながらも 自由にはばたく鳥のイメージ をそこなっていない
ヴォーカル WYNONNA