父よ

これが、父の姿。

 中学校一年生の時である。この頃の中学校は、様々な学校問題などから、新しいことを取り入れることが多くなった(ゆとり教育とかもその一環)。その中で私達の学校では、職業について力を入れていく方向になった。簡単に言うと、職業調べや職場体験というやつをやるのである。だが一年生から職場体験というのは多少無理があるので、まずは職業調べをやるということになった。
 その職業調べというのは、現在働いている方を学校にお招きし、どのような仕事をしているのか、実績はどうか、その仕事に満足しているかなどを語ってもらうという催しである。だが、お偉いさんを学校に招くというのは厳しいものがある。そこで生徒の親に学校で話してもらおうという結論が出たのである。
 
  勘のいい方ならもう気付くだろう。タイトルを見てもわかるように、選ばれたのは私の父であった。 なぜ彼が選ばれたのか? その理由を話さざるを得まい。
 私の父は一言で言うと阿呆である。私は小学校から野球のクラブチームに入っていたのだが、その時の先輩が「タジマの父さんって、タジマの前だと紳士に見えるけど、俺らの前だとただのバカだよな」と証言するほどだ。また、私の父は私の友人達に「オマリー」と呼ばれている。理由は、バットを思いっきり振った時、その勢いでヘルメットが取れてしまい、その姿が現阪神コーチのオマリーに似ていたからである。しかし本人は、「俺がサングラスをかけた時の顔がオマリーに似てたからだ」と言って聞かない。ちなみに私は父がサングラスをした所を一度も見たことがない。  そんな父は人を話で笑わせるのが得意である。それを知っている友人の親が先生に推薦してしまったのである。
 これを聞いた父は、「覚悟しろよ」と謎の言葉とともに文章を考え始めた。私は念入りに、これは職業についての学習であって小話の勉強じゃないんだからね、と言っておいた。父は「わかってるよ」「大丈夫だ」などと頼りない返事を繰り返した。本気で心配になってくる。

 「大体できたよ」と言いながら父がうれしそうにしている。これは、リハーサルとして聞いてくれ!というサインであるので、早速家族みんなでどのくらいの出来栄えかを評価することにした。初めのほうはまあ普通であった。あ、これなら俺は恥をかかないで済む、と思ったちょうどその時である。
「私はアメリカの地を踏みました」
 父がそういうと家族全員からストップがかかった。 大ウソである。
「なんだよそれ!」 「いや、おもしろいと思って入れてみた」
「おもしろくなくていいからさぁー。本番は普通にやってよ」「わかったわかった」

 本番当日。体育館にぞくぞくと一年生が集まる。
「タジマー!今日オマリー来るんでしょ?マジ楽しみにしてるから!」この人気ぶりである。よく考えると父はものすごい存在なんだなぁ、と感心してしまった。だがその気持ちもあと少しで羞恥心に変わることをこの時の私はまだ知らない。
「では、タジマさんの話をよく聞いて、これからの経験に生かして下さい。タジマさん、よろしくお願いします」と司会者がマニュアル通りの言葉を言う。ついに時はきた。
 リハーサル同様、初めは真面目である。しかし油断はできない。頼む、アメリカに行かないでくれ!
「それで、僕は高校を卒業して、アメリカの地を踏みました」
 言ってしまった。あれほど言うなといったのに。こうなってしまったら父の独壇場である。
「アメリカでうろついていると、ある映画監督が僕に近寄ってきて。今、俳優がある理由で映画に出れなくなってしまったので、代役を演じてくれないか、と言われました。初めは自分のキャラに合っていないなどの理由で断わったんですけど、まぁ準主人公ぐらいの役でしたので、引き受けたんですね」
 父はなんの話をしているのだろう? そう疑問に思うほど、父の話は的を得てなかった。だが不思議なことに、教師、生徒、保護者を含め、みんながざわざわし始めた。そう、彼らは父の話を信じているのだ。
「その映画に出た後、他の映画にも引っ張りだこでした。まぁ適当に出演して、その後ビバリーヒルズに家を建てるっていうのが僕の夢でした
 会場は笑いに包まれた。私は(これでよかったのか?)と疑問に思いつつ、父を眺めた。とても長い夢を語った後の父はキチンと自分の職場について話し始めた。さすがに話はうまかった。     
 結局先生方にも非常に喜んでもらえるものとなった。なんとも皮肉な結果である。とりあえず家に帰って、父に感謝しておいた。