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インタビュー

木村恵子さん
「グレープフルーツ」

ひとりの男ではすべては満たされない
だから複数の男が必要になってくる

 シンガー・ソングライターとして4枚のアルバムを出している木村恵子さん。
音楽の世界で独自の才気を発している彼女が、初めて小説を書き下ろした。
耳に心地よい木村さんの歌声を知っている人は少しビックリ!
4人の男性と同時につきあい、
「だれが父親かわからない赤ん坊」を宿すヒロインの話なのだ。

「三島由紀夫の大ファンなのですが、「美徳のよろめき」で妊娠に関して
”違うんじゃないか”と思うところがあったんです。
だから女版「美徳のよろめき」が書ければなと思いまして」

 たしかに妊娠、出産、そして中絶も、男には体験できない行為だ。
たとえ、その子供の父親だとしても、その恐怖、あるいは喜び、
いずれの感情も想像の域を越えないはずだ。
 ところが、同性である女性だと、未経験でも不思議と理解できる。
それは生理的な感覚なのだろう。

精神的なマゾヒズムに興味がある
それを小説で表現してみたかった

 それゆえに女にとっては生々しい描写もある。
17歳のヒロインが6か月の赤ん坊を中絶する場面などは特にショッキング。

「子供の頃から、江戸時代の残酷物語などを隠れて読むませた子で、
大学でも谷崎潤一郎や泉鏡花など、エロチックな文学を読んでました」

 精神的な意味でサディズム、マゾヒズムに興味があるという。
楚々とした美しい外見からは想像できない一面だ。

「4枚目のアルバムで精神的なマゾヒズムをテーマにしたんですが、
これが評判悪くて(笑)」

 音楽で表現しきれなかった部分、理解されにくかった部分を
小説で表したかったのだという。
 ところで、複数の男性を同時に愛することができるというのは、
木村さんの恋愛哲学なのだろうか?

「イエ、私はひとりの男性にのめり込んじゃう方で(笑)。
ただ、今の時代はたくさんの中からものを選ぶ時代でしょ。
ひとつを選んだら、もうひとつのものが欲しくなる。
男の人を選ぶときも同じですよね。
あの人のこの部分と、この人のこの部分、
いろんな人のいろんな部分を合わせて、初めて理想の男性像になる。
ひとりの人に全部は求められないから、複数の人を好きになる。
女側の勝手な理論なんですが、こういう人ってけっこういますよね。
結局、自己愛が強いんです」

 4人の男をそれぞれに好きで、必要ともしている。
でも、ヒロインは誰をも愛していない。
ただひたすら、自分を愛しているのだ。
「女の本能のままに生きたい」という理想をそのままに。

「ただね、彼女はこんなことを言いながらも、保守的な部分もあるでしょ。
どこか普通の女の子の部分も捨てきれないところがある。
彼女はそういう自分と闘ってきたんですよ」

 男と肌を重ね、修羅場をくぐり抜けてきたヒロイン。
17歳で中絶をし、泣き暮らした彼女もやがて25歳のおとなの女に。
3度目の妊娠ではじめて子供を産みたいと思うようになった。

「父親が誰だかわからないから産むんです。
だれが父親かわかったら、自分の中で愛情のバランスがくずれるでしょう?」

 それでヒロインは幸せになれるのでしょうか。

「幸せだと思います。生まれて来る子供は自己愛の完成品ですからね。
女としては理想的な生き方では」

 と、著者はいうけれど、この本を読んだ女の子が
どれだけヒロインの生き方に共感できるかは疑問だ。
ひとりの男性をも十分に愛せずに、傷つくことばかり多くて…。
ただ、木村さんがヒロインに共感するのは、
先程のマゾヒズムの話にも関係してくるだろう。

「私は自分をとことんいじめるタチなんですよ。
そうやって自分をおとしめることで上にいけると思ってるんです。
ナルシズムの上級者といってるんですけどね」

 これとそっくりのことを小説の中でヒロインも語っている。

「男あまりの時代だし、都会の結婚適齢期は29歳といわれています。
女の子には考える時間がいっぱいある。
だからいろんな男の人を見て、見る眼を養う事が大切ですよね」

 ちなみに木村さん自身は
「なるべく早く結婚したいんですけど、なかなか見きわめがつかなくて」とのこと。
恋愛のエネルギーをバービー人形のコレクションに費やすというのも
まんざらウソではないらしく、
自室にはいかにも価値のありそうなバービーがズラリ。
地方でのコンサートの時はひとりで早く出発し、おもちゃ屋巡りをするという。
その情熱から察するに、「ひとりの男性にのめり込む」というのは
たぶん真実なのだろう。