オーケストラ・アンサンブル金沢21
ショスタコーヴィチ:バレエ組曲第3番、チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲、弦楽のためのセレナード
1)ショスタコーヴィチ: バレエ組曲 第3番
2)チャイコフスキー: ロココ風の主題による変奏曲
3)チャイコフスキー: 弦楽のためのセレナード
●演奏
ドミトリ・キタエンコ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
ルドヴィート・カンタ(チェロ)*2
●録音/2006年5月16日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-12031(2007年4月25日発売) \1500(税込) 


ワーナーミュージック・ジャパン/オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)提携シリーズ5(2007年版)の第1回発売は,2006年にオーケストラ・アンサンブル金沢のプリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任したドミトリ・ギタエンコ指揮によるチャイコフスキーとショスタコーヴィチの作品を集めたCDである。このアルバムに収録されている曲目は,2006年5月16日と5月17日に2日連続で行われたキタエンコの就任記念定期公演で演奏された曲目なので,このCD録音もまた,キタエンコの就任記念CDということになる。

この2公演では,モーツァルトとベートーヴェンも演奏されたのだが,ここではチャイコフスキーとショスタコーヴィチといったロシア(ソヴィエト)が収録されている。よりOEKらしさとキタエンコらしさを生かした選曲ということで,これらの曲が選ばれたのだろう

曲順は,公演の最後に演奏されたショスタコーヴィチが最初に収録され,公演の最初に演奏された弦楽セレナードが最後に収録されている。生の演奏の時と反対になっているが,CDとしては,やはりこの方がバランスが良い。

最初に収録されているショスタコーヴィチのバレエ組曲第3番は,演奏される機会の少ない曲だが,大変面白い曲である。この曲の最初の音を聞いただけで,聞き手の耳をつかんでしまう。どちらかというと気楽に聞ける通俗的な曲なのだが,それがとても高級に響くのが面白い。6曲から成る組曲だが,力の入れ具合,抜き具合が交互に来るので,古典的なバランスの良さのようなものを感じさせてくれる。

1曲目は,ダイナミックに始まるワルツである。現代的というよりはどこかレトロ風の懐かしさもある。OEKの各奏者が自由に演奏しているような生き生きとした表情があるが,実はキタエンコがしっかりとコントロールしているといった,奥行きの深い余裕も感じられる。2曲目のガボットは,弱音主体の軽妙な音楽だが,ここでもしっかりと曲を聞かせてくれる。

3曲目のダンスは,ピアノや打楽器がしっかりとリズムを刻み,カバレフスキーの「道化師」のギャロップを思わせる。リズム感が非常に良いのでとても気持ちよい。ただし,パワーで押すのではなく,演奏に余裕があるので,暖かなユーモアを感じさせてくれる。4曲目のエレジーもメルヘン的な暖かさを持っている。各楽器のしっかりとしたソロが美しいが,それがバランスよくブレンドされている。5曲目のワルツは,1曲目に比べると控えめである。その抑制された風情が美しい。

最後の6曲目は,前曲と対照的にエネルギーをパッと発散したような躍動感に満ちた演奏となている。それでいて演奏が非常に引き締まっており,聞いていてほれぼれとする。ここでも第3曲のダンス同様,リズムの軽快さと金管楽器を中心とした重量感が同居したような面白さがある。実演で聞いたときは非常に熱のある演奏に聞こえたが,CDで聞くと完成度も非常に高いことも実感できる。すみずみまで計算された余裕たっぷりの演奏である。

以下の2曲は,OEKにとっては再録音である。近年のOEKのレコーディングについては,過去の録音との重複ということは一切気にせず,言ってみれば定期公演の実況中継をCDを通じて行っているようなところがある。この「ロココ」についても2005年末に遠藤真理とのCDがavexから発売されたばかりである

この曲については,セッション録音である遠藤の録音の方が全体的な仕上げが美しいところはあるが,長年オーケストラの中で一緒に演奏している奏者がソロを行っているカンタとの今回の演奏の一体感もすばらしい。年季の入った美しさと演奏全体にあふれる自然体の暖かさがこの録音の一番の魅力である。特にゆっくりした変奏でのしっとりとした歌にカンタならではの「品の良い泣き」の気分があふれている(特に第3変奏の最後の高音の繊細さがすばらしい)。それをOEKの各奏者たちが一緒になって共感して,盛りたてている。テンポの速い曲でも鮮やかな技巧をしっかりと聞かせてくれている。これまでカンタは,室内楽の演奏を含め,たくさんのCD録音を行ってきたが,会心作と言ってよい演奏である。

そして最後の弦楽セレナードである。ここでは,ぐっと内面に深く食い込んでくるような,しっとりとした落ち着いた響きで始まる。一時期,CMでこの曲が使われていたことがあるが,そこでの深刻で大げさな雰囲気は皆無である。スケールの大きさよりは,静かで憂いに満ちた落ち着きが曲全体を覆っている。続く第2楽章のワルツでも甘さを控えた奥ゆかしさを感じさせる。第3楽章はもともとエレジーということで落ち着いた音楽なのだが,悲しみよりも誠実さを感じさせてくれる。第4楽章はフィナーレということで,流れるような動きが出てくるが,それでも外面的な華やかさを求める部分はなく,非常に落ち着きがある。特に,要所で出てくるチェロ・パートの響きが印象的である。というようなわけで,全編に渡り,落ち着いた空気を持った大人の演奏となっている。これはキタエンコの指揮の雰囲気そのものである。

キタエンコについては,古典派から現代曲までいろいろなレパートリーを聞いてみたい指揮者ではあるが,今回の録音を聞いて,まず何よりも,OEKの音楽監督に就任した井上道義とともに,室内オーケストラによるショスタコーヴィチを極めて欲しいと思った。数年前に初めてOEKを指揮した時のショスタコーヴィチの交響曲第9番の演奏も強く印象に残っているが,この録音なども可能ならば是非CD化して欲しいと思う。

●録音
2006年5月16日に行われたOEK第201回定期公演Mと翌5月17日に行われたOEK第202回定期公演PHのライブ録音である。2日続けて違ったプログラムの定期公演が行われるのは非常に珍しいことだが,この時がキタエンコのOEKプリンシパル・ゲスト・コンダクター就任記念公演だった。チャイコフスキーの2曲が5月16日,ショスタコーヴィチが5月17日の演奏である。コンサート・マスターはどちらもサイモン・ブレンディスだった。なお,曲のあとの拍手については,最後の弦楽セレナードの後にだけ収録されている。ショスタコーヴィチには,トロンボーン,チューバも入るためエキストラ奏者が加わっている。l(2007/06/04)