無伴奏チェロ作品集〜コダーイ、カサド、イザイ
コダーイ/無伴奏チェロ・ソナタ op.8
カサド/無伴奏チェロ組曲
イザイ/無伴奏チェロ・ソナタ ハ短調 op.28
●演奏
ルドヴィート・カンタ(Vc)
●TRITON DICC-26076
●録音 2002年1月30〜2月1日根上町総合文化会館音楽ホール(TANTO)

OEK首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんは,すでにチェロの代表的な名曲を集めたアルバムを出していますが,それに続く2枚目のソロ・アルバムは,ピアノ伴奏なしの正真正銘の”ソロ”アルバムになりました。

演奏されている曲は,いずれも20世紀の作品で,渋く,歯ごたえのある曲ばかりです。実は,カンタさんのアルバムが発売された2002年6月にマリオ・ブルネロさんも”無伴奏チェロの曲”ばかりを集めたCD(その名も”アローン”)を出しています。カンタさんのCDに収録されている3曲中2曲がダブっているのですが,こういうのは一種ブームのような感じでダブルことが時々あります。

今回カンタさんが演奏している曲は,リサイタルなどでも取り上げてきた曲で,私もコダーイの曲の生演奏を聴いたことがあります。全体として自然体で落ち着きがあるのは,いつものカンタさんのリサイタルの時と同じですが,この録音の方にも自然な息づかいが聞こえるようなライブ的な雰囲気が漂っています。曲の流れが自然に収録されているのが何よりも良い点です。音自体は,リアルで明確なのですが,あまりにも生々し過ぎることもなく,とてもバランスの良いものになっています。この演奏は,根上町のタントで収録されていますが,会場の条件の良さを反映しているのかもしれません。

コダーイの曲は,昔から「超難曲」として知られている曲です。カンタさんの演奏は,汗をかいてやっと弾いているという感じではなく,淡々と弾いている感じです。その一方,難技巧の曲なんだなぁということもよくわかる演奏です。3楽章の高音部が続出する部分など,聴いていると手に汗を握るような感じがします。大げさではないけれども,内側には常に激しい気迫がこもっており,チェロの大曲を聴く醍醐味を味わうことができます。ただ,3楽章については,私はもっとスマートな感じの演奏の方が好みです。出だしはなかなか躍動感があるのですが,全体にかなりギクシャクした感じの演奏です。我が家にあるヨーヨー・マの演奏はスピード感たっぷりにグイグイと押してくるのですが,カンタさんの演奏は,それに比べるとちょっと落ち着いた雰囲気があります(演奏時間を比較するとカンタさんが11:26でヨーヨー・マ盤は9:31となっています)。2楽章の東洋的な歌では,カンタさんの渋い音色が存分に楽しめます。この旋律は,日本の民謡のような感じにも聞こえます。じっくり聞かせる歌い回しの巧さも見事です。生で聴いたときよりもさらにこなれた演奏になっていたと思います。

カサドの無伴奏チェロ組曲は,バッハのものとは違い,3楽章構成です。カサドはスペイン出身のチェロ奏者でカザルスの弟子ですが,この曲は,「スペイン風=明るい・情熱」という一般的なイメージよりはもっと暗いイメージが漂っています。ギラギラとした昼のスペインではなく,夏の夜のスペインといった感じでしょうか?この辺は,特に3楽章のフラメンコに特によく現れています。チェロという楽器には相応しい雰囲気があります。カンタさんの派手過ぎず秘めた情熱をたたえた音色は,そういうムードにはピッタリです。

イザイの無伴奏チェロ・ソナタは,カサドの曲よりも,さらに強くバッハの影響が感じられます。最初の2楽章など20世紀版バッハという感じがします。3〜4楽章になると,だんだんと,不思議な雰囲気になります。特に3楽章には,非常に深い雰囲気が漂っています。

どの曲も,チェロの技巧を駆使した難曲で,しかも,逃げも隠れもできない,たった1人での演奏ということで恐らく,こういうプログラムのリサイタルを行なうのは,体力的にも難しいのではないか,と思います。美しいメロディをシンプルに歌わせるような曲ではなく,かなり複雑な曲ばかりを集めているので,気軽に聞き流せない雰囲気はあるのですが,その分,聞けば聞くほど味が出てくるようになるといえそうです。このCDは,レコード芸術,音楽の友,音楽現代などいろいろな雑誌の特集でも取り上げられており,その評価も高かったのですが,カンタさんの新しい挑戦を示すCDとして記念碑的な録音となったと思います。

追記:CDのジャケットの写真もカンタさん自身が撮影したものです。建物を撮影したセピア色の写真ですが,演奏のくすんだ雰囲気と非常に良くあっています。隅から隅まで,カンタさんのこだわりが溢れているといえます。(2002/08/13)