ブラームス:交響曲第1番 金聖響/オーケストラ・アンサンブル金沢

ブラームス/交響曲第1番ハ短調,op.68
金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2007年4月19〜21日 石川県立音楽堂コンサートホール ※4月21日のみライブ録音

●発売/Avex-classics AVCL-25180(2007年11月21日発売)   \2000(税抜)

金聖響とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)によるベートーヴェンの交響曲全曲シリーズが,現在進行中であるが,これは2003年に始まって,まだ完結していない。かなり長期的なプロジェクトになりつつあるが,それとは別にブラームスの交響曲を中心とした4回のチクルスが2007年から2008年にかけて行われている。このチクルスの第1回として2007年4月に演奏されたのがこの交響曲第1番である。今回のCDには,全集に発展することは書かれていないが,毎回,演奏会のたびに録音を行っていたので全集に発展することは間違いないだろう。

金聖響さんのベートーヴェン・シリーズは,弦楽器のヴィブラートを抑制し,全体的にすっきりとしたキレのよい音楽を聞かせる”現代楽器による古楽奏法”で演奏されているのが大きな特徴である。このブラームスには,古楽奏法という感じはないが,すっきりとした歌わせ方という点では,共通する部分がある。何よりも,全曲のクライマックスで,集中力に満ちた若々しい激しさを聞かせてくる点では変わりがない。

50名程度の室内オーケストラ編成によるブラームスは,まだ珍しいが,ブラームス時代のオーケストラの編成は実際はこれぐらいだったということである。恐らく,金聖響さんがOEKでこのシリーズを行おうと考えたのも,オーケストラのサイズがオリジナルに近いという点もあったのではないだろうか。演奏にも奇を衒った部分は少なく,そういう面を含め「原典に忠実」な演奏と言える。

このオリジナルに忠実という点は,楽器の配置にも現れている。今回のCDには,楽器の配置図及びセッション参加メンバーが書いてあるのが素晴らしいが,それを再現すると次のとおりである。コントラバスが下手側に来る,古典的な対向配置ということになる。

      Hrn Cl Fg
    Cb   Fl Ob  Timp
     Vc      Va   Tp
  Vn1  指揮者   Vn2 Tb

ちなみに,ライブ録音が行われた2007年4月21日の定期公演の日のコンサートマスターは,サイモン・ブレンディスさんで管楽器の各トップ奏者は,オーボエ:加納律子さん,フルート:岡本えり子さん,クラリネット:遠藤文江さん,ファゴット:柳浦慎史さん,ホルン:金星眞さん。そして,両端楽章で大活躍するティンパニは渡邉昭夫さんだった。

その他,第1ヴァイオリンは増強していないが,それ以外の弦楽器では定員+2名の増強が行われている。この「コントラバス4名」体制は,岩城さんが行ったブラームス・シリーズでも同様だった。

演奏の方は,正統的で自然な音楽を目指すという点で岩城さんと共通する部分もあるが,より周到で熱気と冷静さとがバランスよくブレンドされている感じがする。音楽の流れの良さだけではなく,曲全体の持つがっちりとしたたたずまいが颯爽と立ち上っているのが大変魅力的である。曲全体としては,第1楽章でがっちりとした密度の高さ,第2楽章と第3楽章で穏やかでしなかやかな流れの良さを聞かせ,第4楽章が全体のクライマックスになるという構成が感じられる。

第1楽章の冒頭から渡邉さんのティンパニの音が強烈で,大変がっちりとした雰囲気で始まる。定期公演では,バロック・ティンパニを使っていたが,この録音でもその音がクリアに収録されている。金聖響さんのCDでは,ベートーヴェンの「英雄」交響曲の録音の第2楽章でのティンパニが大変印象的だが,その部分と共通するような有無を言わせぬ運命の力のようなものを感じさせてくる出だしである。速くもなく遅くもなくというびくともしないテンポ設定は,大変骨太で,全曲の方向性をしっかりと決めている。

主部に入ってもゴツゴツした感じが続くが,この辺は弦楽器の少なさを反映しているようである。弦楽器の音は静かな部分を中心にスーッとまっすぐ伸びていくようなクールな光沢を持った音となっており,全体の硬質な雰囲気とマッチしている。ダイナミックに弦がうねるような感じは少ないが,その分,各楽器のソリスティックな音の動きがくっきりとわかり,あいまいさのない見通しの良い演奏となっている。テンポ設定は,ここでも慌てることのないしっかりとしたものだが,停滞するところはない。呈示部の繰り返しは行われている。

展開部では各楽器の音がクリアにかつ重層的に重なってくるような盛り上がり見せる。小細工をしているような感じが皆無で,スパっと切り込んでくるような聞き応えがある。逆にコーダの部分の透明感のある響きは室内オーケストラならではである。宗教曲を聞くような崇高さがある。来るべき第4楽章のクライマックスの伏線となるような立派な第1楽章となっている。

中間の2つの楽章では,対照的に自然に音楽が流れるようなしなやかさがある。第2楽章ではOEKの管楽器奏者たちの室内楽を思わせる音のやり取りが聞き物である。今回のトップ奏者は,上述のとおりだが,この中では特に加納さんのオーボエの音の瑞々しい伸びやかさが印象的である。その後に続く弦楽器の響きもヴィブラートがほとんどなく,清潔な美しさに満ちている。楽章の最後は,金星さんの堂々としたホルンの後,コンサート・マスターのブレンディスさんの繊細なヴァイオリンでたっぷりと締めくくられる。この透明感に満ちた静かな音の重なり合いを堪能できる楽章である。

第3楽章の方は,遠藤さんの暖かみのあるクラリネットの音で始まる。この楽章も2楽章同様,室内楽的な音の絡み合いが聞きものだが,よりスピード感があり,第4楽章への準備となるような幸福感が感じられる。

第4楽章も,前半を中心にソリスティックな部分が続く,最初のティンパニの渡邉さんによる乾坤一擲の一撃,弦楽器のピツィカートの意味深さ,それをさらに強調するコントラ・ファゴット...と曲の輪郭がくっきりと描かれていく。そして,アルペンホルンの部分に繋がる。金星さんのホルンのヒロイックな演奏は千両役者の登場のような貫禄がある。それを岡本さんのヴィブラートの少ない芯の強さを持ったフルートが受けた後,トロンボーンのコラールが大変バランスの良い和音を聞かせる。その後,第1主題が出てくる瞬間はこの曲を聞く醍醐味の一つである。ここでのヴァイオリンの音はとても端正でセンスの良さを感させてくれる。

という感じで,この曲は,演奏者の顔が分かると聞いていて大変楽しめる。定期公演の演奏を再確認するようについつい実況中継をしたくなる。このようなOEKの各奏者たちの自発的な音のやりとりをじっくり楽しんだ後,クライマックスとなる。この部分では,スケールの大きさと若々しい盛り上がりを十分に感じさせてくる。弦楽器のキビキビとした音の動き,要所で切り込んでくるトランペットの強い音など曲の終わりに近づくにつれて熱を帯びてくる高揚感と充実感が素晴らしい。特にコーダで,テンポをあげようとする弦楽器の壮絶と言っても良いような強い音,そしてティンパニの強打が印象的である。かなり速いスピードで充実した響きのコラールが演奏された後,その勢いを維持したままの爽快なエンディングとなる。

そして,最後の音でおやっと思わせてくれる。この音は,力任せにフォルテのまま終わるのではなく,スーッと音が減衰していくように終わるが,この残響が何とも美しい。演奏後に爽やかな香りが残るような不思議な感覚がある。ただし,この解釈には,賛否両論あるだろう。初めて聞いた人にとっては,変な例えだが,最後の最後に来て,不意に「膝かっくん」をされ,思わずやられた!と叫んでしまうという感じを持つかもしれない。

そのことも含め,この演奏は,正統的だけれどもとても周到に準備されて演奏されている演奏となっている。このコンビによるブラームス・シリーズの第1弾に相応しく,大変完成度の高い演奏となっている。

●録音
2007年4月19〜21日に石川県立音楽堂コンサートホールで収録。セッション録音と定期公演のライブ音源を混ぜて使用している。拍手はすべてカットされている。この方針は,第2番以降も続くのではないかと思われる。コンサートマスター,第1奏者等は,上述のとおりである。録音はとても鮮明で,指揮者の息の音も時折入っているようである。

参考ページ:第219回定期公演(2007年4月21日)

OEKは岩城宏之ともこの曲の録音を残しているが,それと演奏時間の比較を行ってみた。
  第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 合計
今回の録音 15:43 8:29 4:39 16:05 44:56
岩城/OEK(2005) 12:03 8:15 4:31 15:58 40:47
岩城/バンベルクSO(1968) 13:27 8:37 4:38 16:04 42:46
参考までに岩城指揮バンベルク交響楽団の録音のデータも載せてみた。岩城の方は,どちらも第1楽章の繰り返しを行っていない。ちなみに1968年の時の岩城の年齢は,36歳であり,現在の金とほぼ同年代である。(2007/12/24)