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 アルバム好評発売中

まりの初のソロアルバム

「Marie De Trois Personnes
〜3人のマリー〜」/神近まり

好評発売中!




 WEB写真展

特別に写真展をWEB上で
ついに復活!

展示された写真の一部を
見れるように作りました。

会場はこちら
(こちらはまだ準備中)



 
人のマリーって誰?

そもそも、写真と音楽のコラボレーション展をやろうとなったきっかけは、

写真家の中村直美ちゃんが私の曲を聴いて、
ユトリロという画家を思い浮かべた事から始まった。

ある日彼女が、
「mariちゃんの曲で写真展をやらせて欲しい。
そして、mariちゃんに写真のモデルになって欲しい。
そしてさらにその写真展でかけるBGM用のCDを作って欲しい。」

と私に言ってくれた事から始まったのだ。

既存の曲を
各写真に対してのBGMになるようにアレンジする。
そして、私の曲をイメージして撮影される写真。

曲と写真が互いに同じイメージとして重なるように作る所が今回の目的だ。



「3人のマリー」というコンセプトは直美ちゃんと考えたのだが、
モンマルトルの街を描く画家モーリス・ユトリロに関係した、3人の女性をコンセプトにしていたのだ。

3人のマリーという女性は、直美ちゃんと色々調べて
ちゃんとそれぞれに人物設定がある。
架空の人物もいるが、なかには実在していた人物をモチーフとしていたりもする。



一人は実在したユトリロのお母さん、
「マリー・クレモンティーヌ・ヴァラドン(シュザンヌ・ヴァラドン)」



そしてもう一人は実在した人物、
”美しきガブリエル”と呼ばれた、
モンマルトルにある「ベル・ガブリエル酒場」の女主人
「マリー・ヴィジェ」

ユトリロが恋していた女性だ。これが1880年以降の話だ。


そしてもう一人は、
歌うたいの女の子
「マリー・アヴリル」だ。

彼女は現代をひたむきに生きる歌うたいの女性。


ということは、この
3人の女性が生きた時代は違う。

時代を超えても共通しているのは、舞台はフランスの同じ街というのが写真展のコンセプトだ。


その1870年あたりから現代まで、3人の時代をずっと通して見ているのは、誰か。

アルバムの8曲目にある、8
.「鏡に映るのは」という曲に出て来る人形なのだ。
(この曲だけが、写真展のために新しく作曲された曲だったのだ。)

だから、アルバムも実は3つのブロックに分かれているのだ。

Marie Vizier
   (マリー・ヴィジェ)

一人は実在した人物、
”美しきガブリエル”と呼ばれた、
モンマルトルにある「ベル・ガブリエル酒場」の女主人
「マリー・ヴィジェ」

彼女は夜毎集まってくる芸術家たちに
その店で素敵な歌を聞かせる
フランスの画家達のマドンナ的存在の女性だったのだ。

モンマルトルの街を描く画家ユトリロも、
彼女を愛し、彼女の歌を聴きに
「ベル・ガブリエル」へ、夜な夜な通ったという。

それらのことは、ユトリロの略歴にも掲載されている。

1.「自動人形Gabriel Version」は、
まさにその彼女をモチーフにアレンジしたのである。

そして、2.「朝露の物語」という曲をイメージして、
”ヴィジェは過去に恋人を亡くし今もその恋人を想っている”と
いう設定を直美ちゃんが付け足して、
この写真展の物語は展開されている。

3.「海原の僕と空の果て」で、
ヨーロッパの波止場をイメージしたまま、
ヴァラドンの世界へシフトしていく。
Valadon Marie - Clementine
  (ヴァラドン・マリー=クレモンティーヌ)

二人目のマリーも実在したユトリロのお母さん、
「マリー・クレモンティーヌ・ヴァラドン(シュザンヌ・ヴァラドン)」
彼女は、資料によって名前の表示が色々ある。

そして彼女自身も森の絵を多く描いた画家であり、
ユトリロの母親でもあるのだ。

ロートレック、ルノワールを始め、
多くのフランスの画家が彼女を愛したそうだ。

彼女は、ルノワールの恋人であった時期もあり、
ルノワールの絵のモデルもしていた事がある。

そして、母親よりも女としての人生を大事にしたという。

ロートレックとのロマンスに溺れ、波乱万丈な愛に生きた女性。

4.「三日月」
5.「溺れる体」
などは、そんな彼女のイメージと重ねられた。
Marie Avril
   (マリー・アヴリル)

6.「雨〜傘をさして歩こう〜」をきっかけに現代へと時代がシフトする。

田舎から上京し、昼は花売りをしながらも、
夜は店で歌を歌うという生活。
一人前の歌うたいになるという夢を叶えるために
ひたむきに頑張る女の子という設定で、
直美ちゃんが作った架空の3人めのマリー、

「マリー・アヴリル」
の世界へ。

彼女をきっかけに現代の時代へ戻ってくるのだ。

もちろんこのコは、
7.「月に雫を(歌うたいのブルース)」
イメージして直美ちゃんが作った人物。

でも半分は架空で、半分は私自身のイメージもあるそうだ。


そして、最後の曲
9.「一期一会」は、
イメージの半分は私だというアヴリルという女のこから、
”神近まり”にシフト。

レコーディングしてくれたミュージシャン、
関わってくれたスタッフの方々、直美ちゃん
アルバムを聴いてくれた方、
全ての人へのメッセージを込めて
完全に”神近まり”として写真展の会場で流れた曲なのだ。




写真展でもこの3人のマリーを演じてモデルになったが、
全部結局は、神近まりが演じてる3人のマリーだ。

つまりアルバムの中の3人のマリーも、
全てマリーは、結局のところは神近まりって事なのだ。
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