　　ベルリンへの誘い（いざない）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１）出会い

話は３０年ほどさかのぼり、サラリーマン時代のこと。

　仕事の途中にサボリ、レコードを見に立ち寄った大阪の心斎橋ヤマハで奇妙なスピーカーを見つけた。

そのスピーカーは箱ではなく、１ｍ四方の板の真ん中に直径２０ｃｍほどのスピーカーが一個取り付けてあり

立ててあるだけ、まるで衝立のようだ。

女性ボーカルが鳴っているのだが、素晴らしい実在感で唇が見えている。

きれいな音、優しい音、元気な音、繊細な音、太い音・・・・いろいろと音を評価する言葉はあるが、そんな

ことより大事なのは実在感で、この音には今までに体験したことのない素晴らしい実在感がある。

サッカーのベッカムが日本で有名になったころ、”ＳＩＥＭＥＮＳ”と描いたユニホームでプレイしていた。あの

シーメンス社製（ドイツ）のスピーカーで、コアキシャル一本６万円。理想を言えば４本ほしいので、板も含めて

３０万円は用意しないといけない。給料１５万円の私にはとうてい買える代物ではない。

帰宅して自分の装置をならしてみたが、あまりにも惨めで電源を引っこ抜き封印してしまった。

努力とか我慢などしたことがなく、イキアタリバッタリで生きてきた。独身時代なら親をだましてでも金を都合

したろうに、２年ほど前に結婚して少しは考え直したのかもしれない。

勤めていた会社の社長がまた趣味人で、

　　　「スピーカーはなにがええねん」

と聞かれたときに正直に言ってしまい。一週間後に現物を見せられたときは、片思いの女性をとられたようで

さすがに落ち込んだ。それでもあきらめきれず悶々とした日々を過ごすことになる。

　シーメンスと出会って１０年、会社を辞め女房とレディースのブティックを開店した。これが予想を上回り

繁盛し、もう大丈夫と思えるころ、残しておいた虎の子の退職金を握り締め、はじめてオーディオショップ、

ルーツサウンドのドアを押したのです。

この店は一種異様で”イラッシャイ”なんて声は聞こえない。怖そうなオッサンが”ジロッ”と睨むだけだ。

並んでいる商品は非常に高価で１００万円を超えるものもごろごろある。

しかしここで怯んでいては今までの我慢の甲斐がない。

　　　「あのう～・・・シーメンス、コアキシャルあります？」

強面のオッサン（布施氏）の顔がすこしほころんだように見えた。

　　　「取り寄せやったらできるよ」

　　　「ヨ・ヨンパツ欲しいんです。それからバッフル板も・・・・」

オッ・オッサン笑った、案外かわいいやん。

待つこと一ヶ月、あこがれ続けたシーメンスがやっときた、一本が不良品だったので取り替えてもらい、

弱みにつけこみロゴマークを手に入れたのはうれしかった。これで究極のサウンドが聴けると思ったのは

浅はかで、出てきた音はゴチゴチのペッタンコ。アンプを替えたり、スピーカーに小細工したり、音楽を

楽しむどころか七転八倒だ。

見るに見かねて、布施さんが同じシーメンスを鳴らしている大阪の開業医の遠藤氏を紹介してくれた。

遠藤氏のシーメンスは片側３発で組んであり、他社のツイーター（高域用スピーカー）を足している。

もちろんプロの布施さん推薦なのだからいい音なのだが、私が惚れこんだ音とは違う。あの音は幻

だったのだろうか。

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　　　　　　　　　　　　　　CONTINUES
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