このCDは1986年から始まった桜井明弘氏と山下政一氏の共演を記録した物である。(以下敬称略)
まずここで明記しておくべき事は、このCDは選曲、アレンジ、曲順からジャケットまで山下の独断で制作されたものであり、
桜井作品の真の姿は1998年4月現在制作中の桜井のソロアルバムにおいて明らかにされるであろうということである。
ここに収録された14曲の内訳は、1992〜94年に多重録音で制作された10曲(まず桜井の歌とギターを録音し、
山下が自由にオーバー・ダヴィングをした)、1996年のコンサートのライブ録音から2曲、
桜井が毎月出演している荻窪Goodmanで山下がゲストでベースを弾いている1998年のライブ録音から1曲
(山下もGoodmanで毎月ソロ・ライブをやっている)、そして中間部に唐突に挿入される山下の
ブルース、である。
二人の出会いは桜井のいた職場に山下が赴任してきた86年に遡る。桜井はフォーク、山下はジャズと音楽の志向は
異なっていたが、1960年代に早川義夫のいたジャックスの
「ジャックスの世界」と言うレコードに夢中になった経験
は一致していた。早速二人の共演が断続的に始まり、お互いに相手の音楽的包容力の大きさを気に入ったあげく
現在まで音楽的交流が続いているらしい。つまり、桜井がどんな曲を演奏しても山下は嬉々として伴奏するし、
山下が伴奏の域を超えて前衛的即興演奏に入っていっても桜井は悠々とそれを受け入れていく。
ここで聴けるライブ録音の「制服」「花が咲いて」での山下のアコーステック・ベース・ギターはベースの役割を捨て、
即興のオブリガート・メロディを歌に叩き付けている。
「屋上」は早川義夫の近作だが、桜井の歌はこの奇跡のような名曲を見事に歌い上げ聞き手の胸に昔見た映画のシーン
のような光景を再現させることに成功している。
多重録音による曲では桜井の声が微妙な陰影を持って歌詞の意味を伝えているのがよく解る。
豊田勇造の「エレクトリックシティ」はオリジナルのアレンジにほぼ忠実なバックだが山下のフレットレスベースが
歌に合わせて吠えるのがおもしろい。豊田のもう一曲「泰ちゃん」はリズムは
シャッフルに変わりスイングするベースにのって現代の神話が丁寧に語られる。
桜井のオリジナルは諧謔的なワルツ「憂い」から幻想的な「桜の花の満開の下」までバラエティに富んでいる。
「二人に」は桜井の友人の結婚祝いにと作ったと言うことだが、幸せいっぱいの歌詞に対しギターソロは疑問を
呈すかのように戸惑い不吉な感じを与えるというのは考え過ぎか?
唯一山下のボーカルが聴ける「激しい恋はもうたくさん」
は彼の十代の頃のギター・ヒーロー、マイク・ブルームフィールドが「フィルモアの奇跡」で演奏した曲だ。
意外にも初期のジョニー・ウィンターの影響が現れているのが興味深い。
桜井明弘〜山下政一のコラボレーションはこれからも予測できない方向に進んでいくに違いない。刮目して今後を
見守っていきたいものだ。 1998.4.
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