ZEPファンがチェックするバンド達

 

レイジ・アゲインスト・マシーンやレッド・ホット・チリ・ペッパーズなどといった、強力なグルーヴを伴ったヘヴィ・ロック勢の音楽性や、オアシスのスタンディング・オン・ザ・ショルダー・オブ・ジャイアンツの冒頭曲に見られるギター・リフの魔力。そこいらに散見されるレッド・ツェッペリンという記号。これが最近とみに目立つようになった。あるいは少し前でいってもキングダム・カムやバッドランズ、リヴィング・カラー、ザ・カルトなどはそれぞれレッド・ツェッペリンのサウンド・スタイルを踏襲していると言われたりしていたのを思い出す(ドレッド・ツェッペリンなんてイロモノっぽいバンドもいたなぁ。あ、まだやってるのか?)。1980年の解散からかなりの年月が経つのにレッド・ツェッペリンのサウンドを踏襲するグループは、それ以降も数多く存在してきた。その中でもここ最近の流れでいえば、やはりレイジなどに代表されるサウンドに注目したい。レイジらがレッド・ツェッペリン後期の自己流ファンクともいうべきものを意識していることはサウンドを聴けば明白だろう。レッド・ツェッペリンが提示した、白人バンドにおける最高峰のグルーヴ(黒人音楽におけるグルーヴの圧倒的な存在感を踏まえながら、それとは別のベクトルで極まったロック・バンドならではのグルーヴ)というものは今尚刺激的なのだ。HMVより転載http://www.hmv.co.jp/

 

AC/DC  Mu Dexオーストラリア出身です。メンバーの死亡や脱退という不幸を乗り越え、いまだに絶大なる人気を誇っています。アンガスヤングは、そろそろ学生服からビジネススーツに変える事はないのでしょうか?「ジョジョの奇妙な冒険」で「エシデシ」とかいう怪物が出たけど、作者の苦労がしのばれます。

アレクシス・コーナー イギリスにおけるブルースの父です。無名時代のロバートがお世話になりました。一緒にレコーディングをしたこともあります。彼の追悼コンサートにはペイジとロバートが参加しました。

アバ 4人の歌の上手なグループです。彼らのスタジオで「インスルー・ジ・アウト・ドア」のレコーディングを行いました。その後のツアーでアバがライヴに参加しようとしたら取り巻き連中が阻止したそうです。了見の狭いやつが取り巻いていたようです。

Aerosmith  AERODYNAMICS Mu Dex  70年代を代表するメタル・バンド。ルックスを見ての通りもともとストーンズあたりの影響が強かったが独自のハード・ロックを築き上げた。しばらく沈静していたがランDMCのプロモで復活。カラオケで歌うとけっこう難しい。90年のモンスターズ・オブ・ロックフェスでジミーとジャムる。

Alice Cooper  Mu Dex 顔の化粧がケバイ。歌舞伎の影響を受けたそうですが・・・。詞も屈折しています。

The Animals II  60年代前半のイギリスのR&Bブームの中で最も音楽的にも商業的にも成功したバンドのひとつでしょう。黒っぽいヴォーカルがなかなかいいですね。

Albert King 初期のZEPにて、エンディングでメンバーの紹介に彼のHunterが選ばれていた。

ADDICTED TO NOISE ライヴ、ビデオ、などの情報はここでチェック。

バッドランズ

バットホール・サーファーズ ジョン・ポール・ジョーンズがプロデュース

ベン・E・キング 「スタンド・バイ・ミー」はあまりに有名。アルバム「コーダ」で彼のWE'RE GONNA GROOVE ウィアー・ゴナ・グルーヴが使用された.。ZEPのライヴでも彼の曲が歌われました。86年にジョーンジーと、ロバートは彼のライヴに参加しました。ジョーンジーは彼のアルバムの制作に関わりました。

ブライアン・イーノ ナーヴ・ネットにジョン・ポール・ジョーンズ客演

Bad Company  Mu Dex スワン・ソングからデビュー。シンプルなハード・ロックでメチャクチャかっこいいな〜と当時高校生の私は思いました。バドカンのライヴによくペイジやプラントが参加していました。

THE BAND  ボブ・ディランのバックバンドのイメージしかなかったのですが、いつのまにか大人気バンドに成長していました。音はアメリカっぽいのですが、5人中4人はカナダ人だそうで。

The Beatles  Mu Dex 高2の時の彼氏がファンでした。ポール・マッカートニーは「カンボジア難民救済コンサート」を主催。ロバート、ジョーンズ、ボーナムが参加しました。パーティーでボーナムがジョージ・ハリスンをプールに投げこんだのは有名な話です。プラントはレノンの思想の影響を受けてました。

Black Sabbath  Mu Dex おどろおどろしいイメージが強い。オジーが蝙蝠食べたとか・・・。しかし、正統派ブリティッシュ・ハード・ロックです。

B.B. King's Worldblues Web Site!」tunes.com 50年代になると白人の間にマニアが出てくると、白人向けのツアーを組まなければやっていけなくなるという事体が起こりましたが、キングは黒人、白人問わず多くのファンを獲得し、多くのミュージシャンに影響を与えました。私は「BBキングが語るブルースの歴史」というビデオを持ってます。

Jon Bon Jovi 80年代を代表するバンド。リッチー・サラボナとの仲はどうなってるのでしょうか。ジョンのヴォーカルとそれをサポートするハーモニーが絡み合うという、メロディー重視のバンドです。90年にジミーが彼らのギグに参加。共演しました。

BO DIDDLEY  シカゴ出身のブルースマン。しかしロックンロール歌手のシャープなイメージを体現しました。ベリーと共に活躍。

Blondie - The Official Blondie Web Site 金髪のお姉さんたちで作ったバンドだよな?昔は金髪の人が歩いていたら間違いなく白人だったけど、今は顔を見るとそのほとんどが立派な東洋人コテコテの日本人です。子どもの時は白人を見ると「アメリカ人」と思ってました。

BOB DYLAN.COM  60年代の社会における影響はものすごく、ゼップも彼のファーストアルバムの曲「死にかけて」を取り上げました。私はアルバム「ディザイア」を生物の先生に売りつけたことがあります。その中でとりあげられた「ハリケーン」カーター釈放されて良かったです。

Brian Jones Fan Club  晩年あれほど才能豊かだったブライアンは、ストーンズでほとんど仕事もできない状態で、気の毒にスタジオの隅でうずくまっていたらしい。それで彼をサポートするスタジオ・ミュージシャンが必要だったわけで。ジョーンジーが活躍したのも、その辺の事情は否めませんね。

Buddy Holly Web Page  50年代のテキサス出身。たった一度のイギリス・ツアーで生み出した2本のギターとベース、ドラムというコンパクトなサウンドと結びつき、ビート・ブームのきっかけの一つとなりました。59年飛行機事故で亡くなりました。

Buffalo springfield  ウエストコースト・ロック プラントはこのバンドが大のお気に入りであった。

Bert Jansch 1965年ペイジは彼を訪ねて行きヤードバーズへの参加要請を受けるべきか相談した。結局その時は加入せず、ベックを推薦した。

Bukka White プラントの歌い方にただならぬ影響を与えたデルタブルースの3人衆の一人。(ジョンソン、サンハウス)

Blind Willie jonhson ジミーは彼の曲のスライドギター奏法を伝承した。「イン・マイ・タイム・オブ・ダイング」「ノーバディズ・ファウルト・バット・マイン」歌ってます。

Beatmaks-Web めんたいロックはここでチェックしてね。

CLUB BEACH BOYS ウイルソン3兄弟を中心に結成され、父親のコネで音楽業界に華々しくデビュー。サーフィン・ミュージックを全世界に広めましたが、実生活は爽やかなイメージからは意外なほどZEPに負けないくらい屈折した日々だったようですね。ジミーは86年にビーチボーイズと共演しました。

Brian Wilson/welcome to 無頼庵 ご存知ビーチ・ボーイズの長男です。65年からプロデュース業に専念。「ペット・サウンズ」という評価の高いアルバムをつくりました。しかし、ドラッグに溺れて仕事にも支障をきたすようになりました。このごろ復活したようですね。いやーめでたい。

Buddy Holly Web Page テキサス出身。クリケッツというバンドで一躍ロックンロールのスターに。もめごとがあって脱退してソロ活動に入りましたが、再結成をしてまもなく飛行機事故で亡くなりました。ブル-ズ、カントリーを合わせたような曲に影響を受けたミュージシャンはZEPを始め、たくさんいます。

BLUES World ブルースマニアはここをチェック。

ザ・カルト 子どもの頃、セックス・ピストルズの影響を受け、パンクバンドを結成しました。83年にデビュー
し、すぐに解散しました。

Chuck Berry  CHUCK BERRY  Mu Dex ギター一本でコンサート会場に現われ、地元のありあわせのバンドでライヴを行ない。現金を鞄につめてさっさと帰っていくベリーに、ペイジはいたく感心したそうです。

Cream  Mu Dex 以前、テレビでドラムの上手い小学1年生の男の子が紹介されてました。親父のバンドでドラムをいっぱしに叩いていたけど、確かに上手い。好きなドラマーは?の質問にさらっと「ジンジャー・ベイカー」と答えたのでした。ジャック・ブルース、エリック・クラプトンと凄い面子。

Char  ツェッペリンのファンだそうです。「気絶するほど悩ましい」というヒット曲がありましたが、私は「そんなら気絶してみろ」と思ってました。

Chris Spedding chris spedding web site guitar ジャズ・ロックからロックン・ロール、ポップ・ミュージックまで幅広いジャンルで活躍した天才的なギタリストです。ニューヨークでのライブ録音でジミー・ヘンドリックス、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ロバート・フリップ、ポール・コゾフなどの演奏をそっくりに再現しています。

CSN&Y ライヴで彼らの曲を取り上げました。74年に彼等のライヴに参加しました。

ディアマンダ・ギャラス ジョン・ポール・ジョーンズがプロデュース

デイヴ・エドモンズ スワンソングと契約しました。78年ロバートがライヴで共演しています。

Deep Purple Mu Dex 高校時代、圧倒的に人気があった。バンドをやってる友達も文化祭ではパープルやってました。あの時のリードギターのM君はセミプロのギタリスト、K君はプロのドラマーやってます。(M君,早くPC買いなさい).コージー・パウエルはプラントのソロアルバムに参加しました。76年のパープルのライヴに酔っ払ったボンゾが乱入し、マイクを取り上げてアルバムの宣伝をした挙句トミー・ボーリンをけなしたそうで・・・申し訳ない。(^^;)

Dave Edmunds Mu Dex 60年代ラヴ・スカルプチャーで活動後、ソロに。スワンソングからアルバムを出しました。

DAVID BOWIE & ILLUSTRATION 今は死語となったグラム・ロックの旗手でした。昔は化粧がケバくていやだったけど、化粧をやめたら「美形だったんだ・・・・」と評価がグンとアップしました。「戦メリ」で得意のパントマイムも披露。顔に大きな蛾が這い回るシーンを見て「俳優さんって本当に大変だな」と社会人の私は思いました。

THE DR FEELGOOD TRIBUTE PAGE lこのバンドのおかげで「パブ・ロック」というジャンルが広がりました。70年後半大人気でしたが、77年にはウイルコ・ジョンソンが早くも脱退しました。ヴォーカルのブリローは癌で亡くなりました。

The Dead Musician Directory

The Doors Collectors Magazine ZEPといえば、「ウイスキー・ア・ゴーゴー」での大騒ぎが有名ですが、ここで出演中のドアーズがプロデューサーのポール・ロスチャイルドにスカウトされ、デビューしました。モリソンとプラントはセックス・シンボルとして並び称される時代がありました。

Elvis Presley  Elvis Home Page Mu Dex ゼップのメンバー、特にプラントにとっては永遠のアイドル、神様的存在です。1974年5月、プレスリーの家を訪ねたこともありました。妙に気に入られてプレゼントをいっぱいもらったらしい。

クラプトン イズ グッド ERIC CLAPTON SLOWHAND GAREN  HOT-LEギターの神様はジョージ・ハリスンの夫人パティを取ってしまいました。ジョージはパティのことを「サムシング」で歌いました。エリックはパティのことを「レイラ」で歌いました。いいなあ、もてる女は。中学生ながら世の中、平等じゃないことに、私は気付いていたのです。ロニー・レーン・アームズ・コンサートではペイジとベックとギタープレイを披露してくれました。

Blue Avenue:エルトンHP エルトンジョン全盛期の時、福岡公演の前、立派なグランドピアノを用意するように言われた主催者は、KBC九州朝日放送の立派なピアノを提供したのです。ところがそのピアノにクレームが・・・「ピアノがピカピカ過ぎる」。泣く泣くつやを消して会場に運んだそうです。そのピアノ、今でもあるのかなあ。

ELVIS COSTELLO HOMEPAGE  最近カーラジオから流れる曲を聴いて、コステロの新曲かと思ったらミスチルという日本のバンドの曲でした。

Eddie cochran  「SOMETHIN’ ELSE」が ZEPのメドレーに加えられています。「サマー・タイム・ブルース」が有名です。

エルビスプレスリー 「ジミーページが若い頃迫力とエネルギーに圧倒され必ず自分の物にしてやると誓った。」

イーグルス 「ホテル・カリフォルニア」。この大成功のプレッシャー?のせいか発表まで3年を要したラストアルバムの『ロング・ラン』は、評判は良くなかったに、売れたけど。ティモシーの歌う「言い出せなくて」が有名だけど、ドン・ヘンリーが歌ってる曲は名曲揃い。彼らの最初のNo.1ヒットは「呪われた夜」ではなくて、サードアルバムの「我が愛の至上」なんだよね。
良い曲ではあるけれど、けっこう意外な気がする。

 

Free  Mu Dex 60年代後半頑張っておりました。ブルースの黒っぽさから離反しつつも、白人の痛みを重いリズムで表現した。フリー聴いてると通だぜって感じでした。

The Firm  Mu Dex ペイジが解散後、結成したバンドです。ヴォーカルはポール・ロジャース(元バッド・カンパニー)、ベースはトニー・フランクリン(ロイ・ハーパーのバック)、ドラムはクリス・スレイド(元マンフレッド・マンズ・アース・バンド)。ペイジは「ポールは器械体操の選手のように精密だった。ロバートはアクロバットのようだったよ。」と言ったことがあります。

FLEETWOOD MAC  「ブラック・マジック・ウーマン」はサンタナのオリジナルじゃなくてフリートウッド・マックの曲だったって知ってました?軽快で心地よい西海岸って感じのバンドですが、もともとはブルース・ロックでシカゴに行って本場のブルースマンとセッションまでしてたって。オドロキ〜。

Grand Funk Railroad  Mu Dex ツェッペリンの前座をしたら、ツェッペリンを食ったのでクビになり、ツェッペリンはその後前座を置かずに長々とライヴをするようになった、と読んだ事がありますが、私はその話は信じていません。

Guns N' Roses  Mu Dex 80年代、ロサンゼルスにあらわれた暴走族のアイドル。独自のへヴィ・メタル/パンクとしっかり若い子の気持ちを掴みました。

Great White  Mu Dex 「Great Zeppelin」というトリビュート・アルバム出してます。

GRATEFUL DEAD * PLUS * Official  「安楽死」という恐ろしげな名前のバンド。66年、花のサンフランシスコで結成されたのだ。しかし、フラワームーブメントらしくサイケデリック・サウンドできめてるのです。

Garnet Mimms ザ バンド オブ ジョイの頃からプラントのお気に入りR&BナンバーのAs Long As I Have YouをZEPで歌っています。

 

Humble Pie  Mu Dex ピーター・フランプトンがライヴ盤でバカ売れする前に加入していたバンド。スティーヴ・マリオットもいた。実力、ルックス兼ね備えたバンドとして期待されたが、可愛くないロッカーの呪いか、パッとしませんでした。

Howlin' Wolf  Mu Dex  「レモンソング」のおおもとのチェスター・バーネット作「キリング・フロア」を歌っています。「ハウ・メニー・モア・イヤーズ(タイムスじゃないの?)」を歌っています。

ジェットハリスとトニー・ミーハン (曲/ダイアモンズ)ジミーの仕事の初ヒットとなる

Iggy Pop  へヴィ・メタの元祖。メタリックでへヴィな音とグラマラスなイメージで一世を風靡しました。歌詞も反体制色の強い内容でした。

Official Iron Maiden Site  「鉄の蝶」というネーミング自体ZEPを思い起こさせるものですね。ジュダースプリスト等と共にブリティッシュ・ヘビメタバンドとして頑張ってます。

Internet Beatles List 海外のビートルズのサイトはこれでチェック。

PAGE FULL OF JIMI  THE OFFICIAL JIMI HENDRIX Mu Dex ジミ・ヘンがアメリカ南部でツアーした時のこと。車で移動中、運転手が白人なのをすごく気にして、しまいには「自分が運転する」と言い出したそうです。すでにスターになっているのにですよ。南部の人種差別の凄まじさを垣間見る思いがします。

Joe Perry  Mu Dex エアロのギタリストです。

Jeff Beck  Mu Dex 「ブルーウインド」はカッコよかった。ヤードバーズ同窓生ですが、ペイジが「T」を持って来て「幻惑されて」を聴かせてボンゾを自慢した時は、涙を流して悔しがったそうです。

John Lennon's Bagism Web Page  オノ・ヨーコさん本当はキーボードできないって本当でしょうか。コンサートではあつかってたよなー。正直言ってライヴで歌は歌ってほしくなかった。

Unofficial JJ Cale Home Page  午前2時に深夜ラジオから聞こえるJJケールは都会的なアダルトロックという雰囲気をかもしてました。自分でレコードかけるよりも偶然聴くほうがはっとして気持ちいい曲です。

Johnny Burnette トレインケプトアローリンはこのトリオから始まりました。ZEP初期のオープニングナンバーとしても知られています。

Jake Holmes カフェアゴーゴーで偶然出会ったペイジはこのLSDのバッドトリップがお気に入りでヤードバーズのステージにとりいれていた。

Joan Baez ペイジはヤードバーズを引き継いだ時、バエズみたいな曲をするバンドも頭にあったのです。しかし、プラント&ボーナムの加入でそんな考えはブッ飛びました。しかし彼女の「ベイブ・アイム・ゴナ・リーブ・ユー」をレコーディングしましたね。

John lee hooker ZEPの「HOW MANY MORE TIMES」や「WHOLE LOTTA LOVE」のメドレーに「BOOGIE CHILLUM」が加えられています。1917年ミシシッピ出身で、デトロイト・ブルーズの大看板として、国際的にも成功しました。

KISS CASTLE yumic  日本で始めて紹介された時は、歌舞伎のクマドリからヒントを得たバンドが流行していると聞きました。その風貌からパンクのようなギンギンかと思えば意外にメロディアスです。時は流れてKISSも今やロックのスタンダードになりました。

Kingdom Come  Mu Dex ロッキンオンの記者がインタビューでZEPとの類似点を指摘して怒りを買い、編集からも怒られたといったこともあった。そのくらい真似してます。

The Kinks Web Site キンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」のレコーディングに当時スタジオ・ミュージシャンだったペイジが参加したのだけど、ペイジがリードギターを演奏したという噂が出てメンバーが怒ったのです。真相はどうなっているのでしょう?

Kansas joe and menphis minnie メンフィス・ミニーは女性の代表的なブルース・ミュージシャン。夫のカンサス・ジョーと「レヴィー・ブレイク」を録音しました。デルタ地帯の、洪水が起ころうものならあっという間に流される土地を居住区に住まわされたため、「洪水」をテーマにした曲はけっこう見かけます。

リヴィング・カラー 83年結成。ミック・ジャガーがヴァーノンを「プリミティブ・クール」にゲストに迎えました。
それがきっかけでレコードデビュー。ストーンズの「スティール・ホィールズ」にも参加。ガンズと共演したりました。

Lenny Kravitz  Mu Dex アメリカでは黒人は以前はロックのレコードが作れなかったって。ナイル・ロジャースが言ってた、「モータウン系の音じゃないとダメだったんだ。それでシックでやってたけど、結局プロデューサーになった。」レニー・クラビッツやリヴィング・カラーの存在は大きい。

Lou Reed  ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンからポップ・アートの巨匠アンディ・ウオーホールのバック・アップを受けてヴェルヴェット・アンダーグラウンドのメンバーとしてデビュー。都会生活の退廃と狂気を詩的に歌い、多くのアーティストに影響を与えました。

Leadbelly レッド・ベリーはデルタ・ブルースの優れたミュージシャンではありますが、すごい犯罪歴の持ち主でもあります。だから「ギャロウズ・ポール」を歌うのも納得がいきますね。LED ZEPPELIN Vにて収録されています。

 LITTLE RICHARD 彼の曲をアレンジしてオープニングやエンディングに使っていた。 優れたブルース・マンである。チャック・ベリーのビデオにもご出演なさっておりましたが、とにかく元気がいい。見てるだけで疲れたのは私だけだろうか。

Little Buster & The Soul Brothers

Muddy Waters  Mu Dex ウイリー・ディクソンがつくって、ツェッペリンがパクッた「ユー・ニード・ラヴ」「ユー・シュック・ミー」を歌っています。マディといえば「ローリング・ストーンズ」が有名。

Mott the Hoople  Mu Dex イアン・ハンターが中心メンバーだった。グラムロックなんかも取り入れましたがステージはワイルドだったそうです。それで、バイオレンス・ロックなんて呼び名ができたそうです。ミック・ロンソン、癌で亡くなったんですね。

Marc Bolan/TREXTACY  リンゴスターのアイドルだったT・REX。イージーアクションのEPレコードを買いに、汽車で2駅かけて行きました。この後、どのこの手のバンドもマークボランを追い越せません。毎日聞くと飽きますが、たまに街で聞くと瞬間に引き込まれます。

オアシス 90年代を代表するバンド。ビートルズの影響を受けています。

Otis Rush  Mu Dex ZEPはかなり忠実にカバーをしたのは彼のI Can’tQuit You ,Baby です。モンタレーまで演奏しています。 

Otis Redding  モンタレーでその姿を見ることができます。67年の12月に飛行機事故で亡くなってしまいます。「ドック・オブ・ザ・ベイ」がヒットしたのはそのあとだったかな?とにかく惜しまれる天才的なミュージシャンです。

小野正利 ( Run to the 小野正利 )小野正利さんはロバートプラントの声が出る日本人として騒がれました。勿論ZEPの影響を受けています。

パフ・ダディ ジミー・ペイジ がインターネットにてセッションを敢行

THE PRIORY OF BRION   POBERT PLANTが率いるバンド。主に英国内の小さなクラブをツアー

The Pretty Things  Mu Dex スワンソングから飛び出したバンド。今はどこへ行ったやら

a patti smith babelogue あなたはパティースミスとパティースマイスを間違えたことありませんか?ある人は中古レコード屋で、ジャケットにスマイスの丸顔のアップが載ってるのにスミスと思いこんで買いました。キース・リチャードと間違えたならまだわかるけどねえ。(パティがキースと間違えられたのは実話です)

Pink Floyd Links Page  メンバーだったシド・バレットに訪れた狂気。70年代のピンクフロイドの曲作りに大きく影響していました。私はそのころのフロイドをいちばんよく聴いていました。「あなたがここにいてほしい」が印象的です。

   QUEEN 初期のころはZEPコピーだと英国のマスコミからずいぶん叩かれましたが、その後しっかり自分達の音を確立しました。「オペラ座の夜」が有名ですが「クイーン2」が傑作だと
ファンの間では言われています。それにしてもフレディの死が惜しまれます。

REM ジョン・ポール・ジョーンズの活動でオートマティック・フォー・ザ・ピープルをに客演

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ 強力なグルーヴを伴ったヘヴィ・ロック勢

レイジ・アゲインスト・マシーン レッド・ツェッペリン 後期の自己流ファンクともいうべきものを意識していることはサウンドを聴けば明白

The Rolling Stones  Rolling Stone Network Mu Dex  私はツェッペリンの次にストーンズが好きです。特にミック・テイラーのいた頃がいいですね。「メイン・ストリートのならず者」が特に好きです。ブライアンがいた頃にレコーディングした「シーズ・ア・レインボー」。ストリングスのアレンジはジョーンジーでした。

Rush  Mu DexZEPの影響を受けてバンドを作りました。カナダのハードプログレバンドと言われました。80年代そのハードな音と、現実社会に向けられた詩で人気は絶大でしたが、次第に音がポップになりました。やはり時代の流れには逆らえないのでしょうか。

Rod Stewart&Faces/MUSIC CAFE  フェイセズといえば、ロン・ウッドがいたり、山内テツがいたりのバンドです。ウッディはスタジオに篭っている間に彼女とペイジがどこかに逃げてしまったにもかかわらず、全然気にしてなかったという心の広い人です。

Robert Johnson 私はジョンソンへの思い入れが強くて、数行では語れない。リンク先で勉強してね。「レモンソング」はジョンソンの詞からパクってます。アメリカ深南部のブルースマン,37年に毒殺されます。プラントは南部に行った際、ジョンソンの生きた足跡を探したことがあります。

THE ORIGINALS OF ROCK AND ROLL ロックンロールの偉大なミュージシャン達です。ロバートは50年代のロックンロールが大好きです。

Ronnie Wood ペイジと仲良しでよく一緒にセッションしていました。ストーンズに入ってずいぶん経つのに未だに「新入り」のイメージが強いのが不思議です。

Roy Harper 「ハッツ・オフ・ロイ・ハーパー」という曲があるぐらいZEPと関わりが深い人。彼のアルバムにもペイジやプラントが参加してます。

レスポール ギブソンの名器 地味ちゃんのお気に入りとあまりに有名

Sandy Denny  Mu Dex 「フェアポート・コンベンション」というフォーク・ロック・グループのボーカル。「限りなき戦い」でプラントと絡む。30歳で事故でなくなったそうです。

Santana 60年代後半から長く活躍している凄いバンド。初期の3枚が好きですが・・・。私の同僚が博多の街中でバッタリ見かけたそうです。サインを貰ったそうですが「ちいせえ男だった」と言ってます。ペイジは ライヴに参加したことがあります。

Soundgarden  Mu Dex キムとヒロ・ヤマモトが中心になり,シアトルで84年結成しました。ハードロックバンドとして高い評価を得ましたが97年突然解散しました。

Sonny Boy WilliamsonU  Mu Dex プラントがイギリスツアー中のサニー・ボーイの楽屋に入り込み、彼のハーモニカを失敬したというのは有名な話。そのツアーで当時セッションマンだったペイジ他のミュージシャンとセッションしてます。彼はロバート・ジョンソン毒殺の目撃者でもあります。「ブリング・イット・オン・ホーム」

Simon & Garfunkel Home Page  私はツェッペリンを聴くようになるまでは、おとなしくS&Gを聴いていました。「59番街橋の歌」の断片が「ハートブレーカー」に使われました。

Spencer Davis Group スティーブ・ウインウッドを輩出したバンドです。バーミンガムのクラブ・シーンで活躍していたスペンサー・デイビスを中心に結成されアイランドレーベルから65年デビュー。69年には解散しました。

THE LOVING SPOONFUL ジョン・セバスチャンとザル・ヤノフスキーニュー・ヨークで結成し65年にデビュー.68年ジョン・セバスチャンがグループを離れ、自然消滅しました。

Status QUO  60年代後半はサイケデリック調でヒットしたが、その後パッとせず、70年代にはブルース・ブギ・バンドとして成功しました。次第にメンバー同士は仲が悪くなったけど,人気は続いていましたとさ。

Marc Bolan/TREXTACY 67年結成当時はフォーク・ロックっぽい音をやっていましたが、ミッキー・フィンが加入する事によってエレクトリック・サウンドを追求するようになりました。グラムロックの旗手としてセンセーションを巻き起こしました。1977年マーク・ボランは交通事故で亡くなりました。昔「エースをねらえ」という漫画がありましたが、やたらとTレックスが登場してました。ファンなのですね。(^^)

10cc/SHEET MUSICビートルズ、ビーチボーイズなどのサウンドを70年代の音にうまく消化させていると言われています。ピリッとしたユーモアのセンスは当時のバンドではピカ一でした。

友川かずき なんと公式HPの管理人さんはZEPの理解者で、カーレンジャーファンなのでした。極限を追求した日本のフォークのカリスマとZEPに共通性はともかくとしても、こだわりという点では横綱同士です。

the ultimate band listZEPをはじめ、あらゆるミュージシャンの検索ができます。

Van Halen  Mu Dex 80年代を代表するバンドでしょう。かつてのロックにつきものの反社会、不健康なイメージはない。元気がいいし、オリンピックの歌だって歌うぞ。アメリカの三波春男さん、トワエモアさんと呼ばせて下さい。(謎)

Velvet Underground ルー・リードを輩出したバンドです。アンディー・ウォーホールのバックアップでアンダー・グラウンド・グループとして活躍。その後の音楽シーンに大きな影響を与えました。デビュー・アルバムのバナナはおいしそうです。

ホワイト・スネイク  デヴィッド・カヴァーデイルとのプロジェクトでカヴァーデイル・ペイジを編成し、アルバム カヴァーデイル・ペイジを1993年に発表

Willie Dixon  Mu Dex 「胸いっぱいの愛を」は「ユー・ニード・ラヴ」のパクリであるとディクソンから告訴されたが和解。ディクソンの影響は大きく、他にも「君から離れられない」「ユー・シュック・ミー」を取り上げている。ゆうは岡山市の「キングズビスケット」(ブルースマニアならピンとくるはず)というレコード店でディクソンのCD全集買いました。

The Who THE HYPERTEXT WHO Mu Dex LED ZEPPELINの名づけ親としてもしられ、数々の伝説と奇行を残しました。非常に海外では評価が高く日本ではマニアのためのバンドになってるようです。キース・ムーンはメンバーと仲がよく、たまにライヴに参加してました。

Whitesnake  Mu Dex このバンドが出来たときはハードロックバンドの入れ替えが激しく、誰がどのバンドに行くのかが、ミュージックライフやプレーヤーで毎度語られてました。

The Wilko Johnson Official Website Wilko Johnson

 

The Yardbirds  Yardbirds (hist of EC) Mu Dex 言わずと知れたクラプトン、ベック、ペイジを輩出したバンド。クリス・ドレジャは解散後、写真家になり、ゼップのファースト・アルバムの写真を撮ってくれました。ヤードバーズ最後のマネージャーはピーター・グラントでした。

 

山岸潤史 ソーバッドレビュー解散コンサートのがらがら声の「おおきにブルース」が、耳から未だに離れません。彼がジミーページの影響を受けながら、独自の解釈をしたからこそあの存在感が今もあるのでしょう。スタイルは違うものの、テクニックや迫力はベックやページに負けてません。

 

 
 
 

参考 

伊藤 秀世/ライナーノーツ/P-VINE

渋谷陽一/ベスト・アルバム・セレクション/新潮文庫

アラン・クレイソン/エッセンシャルガイド/キネマ旬報

デイビス・ルイス/LED−ZEPPELIN/JICC

菅/松井/LEDZEPPELIN/TOKYO FM出版


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