交響詩「比羅夫ユーカラ」(北征の史)-曲想-
六世紀、大和朝廷は阿部比羅夫に蝦夷(アイヌ族)討伐を命じた。
比羅夫は二年間にわたり蝦夷を平定し、後志国(しりべしのくに)に郡役所を設けた。
最近まで、国鉄函館本線にその名を残していた後志群の比羅夫駅はその軍役所の所在地であったことを物語る。
私はその名称からヒントを得、滅亡の一路を辿ったアイヌの哀詩とした。
ユーカラはアイヌの叙事詩である。
曲は180の軍船をつらね、日本海を北上する水軍の漕航に始まる。これは完結することのなく遠い女性の歌声を
残して消える。哀愁を帯びた歌声は暗いマンドセロのモティブと交錯し、荒涼に閉ざされたアイヌのいとなみを語る。
やがて、その中からやや明るい響きを持ったギターのリズムが曲調を変える。そして次第に明るさを増し、アイヌの
祭事や勇壮な狩の時を表す。ひとしきり賑やかに、あるいは勇壮に昴まるが、又、力を失い、不安な変化が曲想を一変させる。
この部分は生地を守ろうとするアイヌ族の征服者への反抗である。アイヌの反抗は比羅夫北征以来1000年に渉り繰り返されたが、
それは流血以前に屈服することが多かったという。しかし、天明年間(1870年)に起こったいわゆる”アイヌの大乱”は守るも攻めるも峻烈をきわめたが、
更にそれを紛糾させたのはロシアの介入である。(曲中、低音部に現れる帝政時代のロシア国歌のライトモティーフが現れては消える)。
その激しい戦乱を最後とし、アイヌは反抗を諦めたのである。永遠の帰順である。その戦乱が鎮まると、曲の始め現れた北征の主題が
前より華々しく勇ましく奏され終結を思わせるが、突如断ち切られ、再び遠い女声が残り、アイヌの悲哀を語り淋しく悲しげに消え去る。
鈴木 静一 記(1970)