エッセイ





          〜イギリス館コンサートの思い出(終)〜





 
リハーサルが終ると本番までの間はそれぞれ個人練習をしたり、昼食を摂ったりしながら過します。

横浜に遊びに来た人がもしかしたらついでに立ち寄るかも知れない事を期待して、

プログラムを扉の外に貼り付けたりして少しはアピールもしていたようです。

 私が初めてこのコンサートに参加した時に演奏したのは、ソルの「魔笛の主題による変奏曲」でした。

リハーサルが終ったあともできるだけ練習をと思って適当な場所を探したのですが、

あいにく必ずどこかに人がいる状態で一人になれる場所が見つからず、

しかたがなく階段の踊り場で音を出していたら、

他の部屋で行う俳句のサークルに参加しに来たという年配の女性が話し掛けて来ました。

(ここで弾いちゃまずかったかな…)と思っていたら、「あなた、その曲弾くの?」と聴かれたので、

「そうです」と答えたら、「じゃ、私、聴きに行こう!!」と、とても楽しそうに言われたのです。

開演時間を聞かれたので一応答えはしたものの、

私の出番は(確か)プログラムの後半だったので正確な時間は何とも言えないし、

聴きに来てくれるのは嬉しいけれどサークル活動はどうするんだろう?と、いらぬ心配をしたり、

「そんな、期待されても…」と思いながらも練習を続けていました。

 

 そんな事をしているうちに開演30分前になり、お客様がチラホラと会場に入り始めます。

私は演奏会用の衣装に着替え身なりを整えて、ギリギリまで曲のチェックをして開演を待ちます。

 そして、午後1時。開演です。演奏者のレベルは様々で、楽譜を見ながらエチュードを演奏する人、

クラシック・ギターの名曲を演奏する人、ご夫婦で二重奏をする人、他楽器とのアンサンブルをする人等、

内容はバラエティーに富んでいます。はじめはお客様の入りがいま一つでしたが、

会が進むにつれて人の入りも良くなって行き、

休憩が入る頃には満席になっていて椅子を追加するほどした。

 私も出番が近づいてきたので楽器を取りに控え室に行き、身なりをチェックしてサロンに向かいました。

楽器を手にして黒いロング・スカートの裾を引きずりながら階段を降りると、

何とも言えない優雅な気分になります。

かつて総領事婦人も優雅にこの階段を降りていたのかと想像してしまいます。

それに本番前の日常生活では感じる事の出来ない何とも言えない緊張感が沸いてきます。

演奏直前の至福の時です。

 
 サロンに入ると後部で空いている椅子に座って出番を待ちます。

司会者に名前と演奏曲目を紹介されると客席の中央を通って正面の演奏スペースまで進み、

礼をして演奏を始めます。

初めて演奏した時は慣れない場所に加えて「魔笛の変奏曲」という、

クラシック・ギターにとってバイブルとも言える名曲を持ってきてしまったという事もあって、

「コケる所はコケる」と言うまったく期待を裏切らない演奏をしたように思います。

 演奏が終って退場する時に客席に先般の年配の女性が混じっているのに気がつきました。

聞けば時々サークルを抜け出して私の出番がまだかまだかと、

コンサートの様子をうかがっていたようなのです。

なので、肝心のサークルの方は今回はあまり集中できなかったそうで、

そこまでして聴いてくださったのかと思うと、

あんなお粗末な演奏で本当に「申しわけなかったなぁ」と反省しきりでした。

それでもその女性は「とてもよかった」と言って嬉しそうに帰って行かれたので、

ありがたい思いと、それに加えてこういうコンサートではどういう人が聴いているかわからないので、

常にしっかり練習しておかないといけないと、という思いを持ちました、

これを期に演奏の厳しさも少しわかったような気がしました。

思えば野村先生からの「コケたら次はないと思え!!」という言葉は、

このあたりから言われるようになったような気がします。

 

イギリス館のコンサートでは「魔笛…」の他に、

アルベニスの「マジョルカ」やターレガの「アラビア風奇想曲」

トローバの「トリーハ」「トゥレガーノ」等を演奏したように思います。

ちょうどコンクールに挑戦していた頃だったのでスペイン物が多く、

いいリハーサルをさせていただいたと言うところです。

何度かコンサートを重ねるうちにクラシックだけではなく、

フラメンコ・ギターを演奏する人も加わって、随分と盛り上がったこともありました。

また、イギリス館に出会ったことで古い建築物に興味を持つきっかけにもなりました。

 
たまに旅行に行った時など古い建物があったりすると必ず見学に行き、

広間があったりすると「ここでコンサートをやってみたら…」なんて事を考えたりするようになりました。

広いサロンにはレースのカーテンが引いてあり天気のいい日は柔らかな陽が差し込んで、

その中で音楽を奏でるのは本当に気持ちがいいものです。



そしていつしか、小規模でいいから自分でサロン・コンサートを催すことができたらいいなぁと、

将来の夢を抱くようにもなりました。
(おわり)







                         メニューへ




                          topへ