エッセイ




                  初めてのコンサート(その2)


 私の席は後ろの方の席なので、予め持ってきたオペラグラスを用意して、

会場の入り口で渡されたコンサートのチラシやプログラムを見ながら、

今か、今かと開演を待ちました。

 ステージの中央には演奏用の椅子と足台がポツンと置かれ、演奏者の登場を待っています。

 しばらくすると、

ホワイエで軽食や飲み物を摂りながらおしゃべりしていた人たちが、

ホールに入って来てあっという間に席が埋まってしまい、開演時間が近い事がわかりました。

 そして、午後7時…。

いよいよコンサートの開演です。

ホール内の照明が落とされ、荘村清志がギターをもって現れました。

 すらっとした長身にロングヘアーは、テレビやレコードジャケットの写真で見たそのままでした。

 プログラムは、アルベニス、グラナドス、ターレガといったスペイン物が中心で、

他にバッハの「リュート組曲」が演奏されたと思います。

今はピアソラやクレンジャンス、ディアンスといった現代音楽のプログラムが多いようですが、

当時はスペイン物が主流で、ヴィラ・ロボスなどはかなり前衛的な音楽でした。

レコードや、テレビやFM放送の音楽番組でしか聴いたことがなかった名曲が、

今、私の目の前で演奏されている(しかも有名な演奏家によって)のです。

私は夢中になってオペラグラスを覗き込み、ワクワクしながら聴き入っていました。

プログラムが順調に進み、「アストゥーリアス」の演奏が半ばを過ぎた時、

ふと、隣の人が私の視界に入ってきました。

その人は大学生くらいの男の人で、やはりオペラグラスを覗き込みながら、

荘村清志の演奏に合わせて右手のアルペジオのしぐさをしているのです。

「えっ?この人って、この曲が弾けるって事?」と、

初心者の私にとってそれはとても考えられない事であり、

「こういう勉強の仕方もあるのか」と驚いた事でもありました。

そして、「私もいつかはこういう曲を弾くようになるのだろうか?弾けるようになるのだろうか?

もしかしたら、私には一生縁が無いかも知れない…」などと、

いろいろ考えを巡らせながら、美しいギターの音に耳を傾けていました。

開演から2時間近く経過し、全ての曲の演奏が終わり、

アンコールで「アルハンブラの思い出」が演奏されました。

アルハンブラ宮殿の噴水をイメージしたと言われるトレモロは粒が揃っており、

私は「名曲アルバム」の映像を想像しながら演奏に聴き入っていました。

それにしても約2時間もの間、

たった一人で何曲もの曲を演奏し聴衆を引き付けてしまうプロの演奏家とは、何ともすごいものです。

そのすごさとコンサート・ホールの華やかな雰囲気に私はすっかり魅了されてしまい、

「働くようになったら、月に一度は仕事の帰りにお洒落をしてコンサートを聴きに来よう」と、

思うようになりました。

そして、「やっぱり一度はスペインに行かなくては…」と、

遥か遠いギターの故郷にも憧れを抱きつつ、家路につきました。

 こうして私にとっての初めてのコンサートは、

人生の目標を見つけると言う思いも寄らない形になって無事に終ったのでした。






             
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