第9章 JUN

 初めて出会った道南の冬、僕は失恋のどん底で、彼は高熱にうなされて二人共鬱々とした日々を送っていた。時を盗んではアトリエでギターを弾き、ひとときの安らぎを分かち合った。登山家でライダー、そして旅人の彼は素朴で純情な九州男児‥‥素直な声は天性の美しさを持っていた。
 再会は翌年の知床の夏、僕の気分は上り調子、彼は失恋のどん底で専ら聞き手に回った僕は、当たって砕けろと彼をけしかける迄に無責任な明るさを振る舞った。彼の失意から来る女々しさには堪えられなかった。(後に失恋をネタに詩を作り、いつまでも唄っている自分の方がよっぽど女々しいなと思い当たったけれど‥‥)
 東京に帰った彼から、暫くして何本かのテープが送られてきた。上馬のライブハウスで唄い始めた彼の素直な彼女へのメッセージはメロディーを伴って美しいフォークソングに仕立て上げられていた。その頃大阪・神戸のライブハウスのオーディションに落ち続けていた僕は、かなりの羨望を持って天性のボーカルに聞き入った。
 彼女との仲が好転したという本当に嬉しそうな手紙を受け取った時、彼の思いの深さを初めて知った気がする。同時にプラトニックラブなるものを振り回して、そのイメージだけを愛しセンチメンタリズムに酔っていた自分を見つけた。それほど深く人を愛した事等僕にはなかったのだと知らされた。唄にすれば確かに美しい物語り‥‥でもその詩はいつも独り善がりだ。
 「結婚する」という言葉を受け取った時、いつしか彼はひとまわりもふたまわりも強くなっていた。生活という現実に根を張り、一人の女性を10年間思い続けた彼の前に、励まし或いは説教めいた事を云っていた自分が崩れていった。
 本当に参っている時、そんな姿は誰にも見せまい。新しい何か胸を張れる何かを掴んだ時、誰かに会おう。ーーーそんな強がりの友人観が僕にはある。若しかしたら信頼等は本当には知らないのかも知れない。強い時弱い時のそれぞれから素直な心情を送ってくる彼は、決して甘えている訳ではなく、友情って奴をよく心得ている。
 「みずくさいよ」この日何度も彼が口にした言葉ーーーそう、とことん付き合うって事が僕には出来ない。
ずーっと見送ってくれた彼とそれから彼女に手を振り、「お幸せに」を放り投げて、西も東も分からない夜の池袋に飛び出す。精一杯のポーズだった。

      君のラブソング
 思いを寄せた日々から たくさんの唄が届いた
 聞かせておやり彼女に こんなに愛していたんだ
     今はもう唄えなくなった唄達に 夢を預けなくてよかった
     だっていつまでも君は思い出の中 こうして歩き出す事もなかった

 ときめきがずいぶん遠くにあって また繋がるなんて素敵だね
 巡り逢いはいつも不思議なもの でもそれは決して魔法なんかじゃない
     今はもう唄えなくなった唄達に 思いを全部詰め込んだ
     唄うたび彼女が微笑んでいた 唄うたび君は強くなった

 聞かせておやり彼女に こんなに愛しているんだ