第7章 31ストリートツアー

何本も歯が抜け落ちた 黒い顔で
俺 土方しか出来へん言うて 泣いとった
 ええやん 自分独り生きていったら
 何が文句あんの
 薬やっても 体売っても
             「新開地」山田ほおぼう

      

 「一緒にやらへん?」誘ったのは僕の方「それも面白いナ」彼もすぐのってきた。初めて言葉を交わして1時間も経っていない。それから二人は互いのライブ予定に相手の名前を書き加えたーー音楽性は求めないという条件付きで。何しろ僕は彼の唄を聞いた事がない。それは彼にしたところで同様。音楽の話しをした訳でもない。家賃の事、保険料の事、嫁さんの事、子供の事と凡そ生活臭い話しばかりに互いの好奇心が向けられた。気が合うというのはこういう事をいうのかな等と独り善がりな解釈をする。とにかく二人とも妙に浮かれていた。
 その日彼が名刺代わりに渡した一枚のビラ"山田ほおぼうー石投げられても唄う!31ストリートツアー"先ずこいつに惹かれた。ビラには日程がぎっしり書き込まれている。誰に頼まれた訳でもなく、勝手に唄いに行くのだ。「自分の歳の数だけストリートコンサートしたら何か掴めるかも知れない」ーそんな言葉にも惹かれた。とにかく、ライブ以外でも時間が許す限り同行しようと思った。ツアーの最初と最後で、どれほどの変化が彼に起こるのか見届けてみたい。
 初日の明石公園ー子供達の遊び場で唄いはじめる。初めて聞く彼の唄は風に運ばれていった。遠巻きに自転車をとめる親子連れーー呆気無く終わる。
 それから何日かの大学構内でのツアー‥‥昼休み学生がホヶッとしているベンチの前に譜面台を持っていって唄う。僕は二つの大学に参加したけれど、学生の反応には失望させられた。
拍手もないが野次さえ飛ばない。遠くの方でたむろしている。そちらを向けば逃げ出してしまいそうである。目前のベンチの学生にしても突然の災難に巻き込まれたふうで、逃げ出そうにもきっかけがつかめず、じっとして通り過ぎるのを我慢している。身を小さくこわばらせ、鞄を引き寄せ、視線を合わすまいと、平静を装おうと努めているのがよく分かる。
 唄い終わる度に、この無視を決め込んだ世代とのギャップが話題となった。ーーーこれじゃ石を投げられるより始末が悪いナ‥‥彼もこのようなタイトルを銘打った以上なんらかのリアクションを求めていた筈だ。このままで終わってしまうのではやりきれない。不完全燃焼だという思いが、次第に僕の内に広がっていく。もはや彼一人の問題ではなかった。
 そして最終日、釜ヶ崎の三角公園へと向かった。ーーー若い日恐いもの見たさで訪れた町、人間の本性だけが横行する町、ここで唄って石を投げられた奴も多い。今でもそうである事を願う。新今宮までの電車の中で、"石を投げられに行くのだ"と妙な決意をしていた。石を投げられなければ、このツアーは終わらないのだとも思った。
 三角公園に着く。彼は唄い終えてビラを配っていた。「気イ入れてやって下さい」一言アドバイスを受け唄い出す。途端に「やめんかい!!」罵声が飛ぶ。刺青を見せて「16犯やで。分かっとんのか」を繰り返すおっさんの一挙一動に足が震えた。唄いながら自分の詩の甘さが浮き上がってくる。ここでは風来坊を気取る事も出来ない。30分程唄った。途中、いろんな人が話しかけてきた。
 「兄ちゃんどっからや」「宝塚です」「まだ駆け出しやのう」はい‥‥「もっとキレイにせなあかんで」えっ!‥‥「島倉千代子やってんか」「出来ません」「もっとみんなが知っとう唄唄ってや。ここは大衆の広場やで」ごもっともですーー
 次々と譜面台に置いていってくれた百円玉と缶ジュースを握りしめ、「頑張りや」の声を背に僕達は西成を後にした。「石投げられんでよかったなあ」‥‥心地よいけだるさの中でひとつのツアーが終わった。