夢の本

 悪夢というのは過去に属する出来事をいい、蓋然性未来の出来事は白昼夢というのだそうだ。それなら両端から悪夢と白昼夢に蝕まれて次第にその存在が危ぶまれていくのが現在なのかなと短絡的に考えてしまう。過去から追われ未来を背負い、いつかその境さえ失われ、現実か虚構か識別できぬままに「今を生きるのだ」等と息巻いて夢の中であくせくしているのかも知れない。そう思うと今更あくせしてもはじまるまいと開き直ってしまう。‥‥‥とにかく生きている事に違いはあるまいとその辺りで安心している。
ーーーイヤ果たして本当に生きているのだろうか。
 夜見る夢をそのまま書き記した作家がいた。『死の棘』が映画化されてそっちの方で有名になった島尾敏雄である。誰でも知ってる夢ならではの展開は読むものに親しみを感じさせる。夢について彼は語るー「夢はもはや、私にとっては、生活のかなりの部分に食い入ってしまっていると言えるのです。時がたてば、目覚めていた時の経験と、夢の中の経験を、どちらがどう、と区別することが余計なことのようにさえ思えます。夢は無責任なものじゃないかと言われそうな気がしますが、私は必ずしもそうは思えない。夢の中の経験の、あの、でたらめと、冷たさと、そしてその場限りの気品のようなものは、実は、目覚めている時の、秩序と、熱っぽさと、因縁ごとを、批判しているのだと、私には思われて仕方がありません。私は夢を追い出したくないのです。」
 成る程、夢って奴は日常のオムニバスで生活に寄り添ってくる。若しかしたら、そうだったかも知れないパラレルワールドとのバイパスなのかも知れない。

『記夢志』冥草社  『夢日記』河出書房新社  『夢屑』講談社